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飲まない、飲めない人もお酒「文化」を楽しんでもらう。 アサヒビールのこれから

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人口減少や高齢化で市場が縮小しているというのはどの業界でも聞く話だ。そのなかでビール会社はアルコール飲料を扱っており、そこに健康志向や嗜好の多様化も加わる。また、コロナ禍で落ち込んだ需要からの回復もまだ道半ばであることから、さぞかし既存市場を守ることに汲々としていると思いきや、意外にもアサヒビールは新たな市場を見つけ、その開拓を進めているという。果たしてどこに国内で未開拓の市場があり、どうやって業界を盛り上げようと考えているのか。2025年度の事業方針から読み解いていく。

「楽しい体験」が市場を広げていく

現在、飲酒が認められる年齢に達した日本人は約9000万人。しかし、そのなかでビール会社や洋酒メーカーなど、お酒業界を支えるような「よく飲む」人というのは、たった2000万人しかいない。その2000万人が日本のお酒文化、呑兵衛文化を守っている。さらに話を進めると「たまに飲む」人は2000万人足らずで、残りの約5000万人は「飲ま(め)ない」という。ところが、アサヒビールはこの「飲ま(め)ない」人を含めた約7000万人を新たな市場と捉えている。

では、なぜアサヒビールがこの7000万人をターゲットになりえると思ったのだろうか。

アサヒビールの調査によれば、働いている人も学生も、立場は違えど20代になれば何かしら飲む機会があり、実際、95%の人がお酒を飲む経験をしている。しかし、その約半分の49%の人が「楽しめなかった」ことから、結果的にお酒から離れていき「たまに飲む」もしくは、「飲ま(め)ない」7000万人になったと考えている。ただ、初期のお酒体験で楽しい思いをしたい人が、そのままファンになっていることを考えれば、楽しさを演出することで、ファンを増やせるのではないかと考えたのだ。お酒へのエントリーの約80%が「飲食店」だったことから、そのお酒の入り口部分での楽しい経験。例えば、仲間同士の集まりや、はじめてのBAR体験といった楽しいシチュエーションを整えることができれば、お酒を飲ま(め)なくても楽しめるのではないか、飲酒文化の良さも伝わるのではないか、そして、業界をもっと盛り上げていけるのではないかと考えて開拓すべき市場と設定した。

考えてみると、かつてはアルハラが当たり前のようにあり、確かにその時の体験が酒の席を敬遠させ、お酒文化に対する好感度を下げることにつながっていた。そういったことも一つの理由として、アサヒビールは2020年に「スマートドリンキング(スマドリ)宣言」を行い、飲む人も飲まない人も楽しめる関係の啓もう活動をはじめ、吉本興業とのコラボレーションCMの効果もあって「スマドリ」の認知率はいまや50%を超えている。

こうした背景から、新たな市場に向けた微アルコール飲料やノンアルコールの「アサヒゼロ」などを発売して市場を獲りに行っており、2024年に発売されたアサヒゼロと既存の「ドライゼロ」を含めたノンアルコールビールは、前年比129%のヒット商品となっている。社員の多くがいわゆる酒飲みであり「よく飲む」社員の割合は71%に及ぶアサヒビールの社員がよく、お酒を飲まない、飲めない人の気持ちがわかったなと思ったが、そこは諦めていたようで、2022年に電通デジタルと組んでスマドリ株式会社を発足。アサヒビールの社員が苦手(?)とする市場の把握に努め、誰もが楽しめるシチュエーションについて掘り下げている。

ビール党にはキンキンに冷えた「スーパードライ」

一方で、これまで市場を支えてもらっていた「よく飲む」市場に対しては、これまでと同様、社員自らがその知見と個人的な関心の高さで攻勢を強める。その中心にあるのは「ビール」。2026年10月の酒税法改正でビールと発泡酒、かつての新ジャンルの税率が同じとなるため、ビール回帰に拍車がかかると予想されているからだ。

それはアサヒビールに限らずキリンビールやサントリー、サッポロビールという大手各社もビール市場を強化していることからもよくわかる。例えば、キリンビールでは「キリン一番搾り」や「晴れ風」が、サントリーでは「サントリー生ビール」が、サッポロでも「サッポロ生ビール黒ラベル」を中心に力を入れており、各社の業績も好調だ。そのなかで迎え撃つ側のアサヒビールが注力するのが、2027年に発売40周年を迎える「スーパードライ」。

長くビール業界のトップに君臨しているブランドだが、24年度の実績を見ると7334万ケースと前年に比べて微かながらもいまだに増えている。25年度こそ4月に値上げを行うため7190万ケースと低く見積もっているものの、「あくまで堅い数字」と松山一雄アサヒビール社長が述べるとおり鼻息は荒い。

そのスーパードライ戦略の発信もまた、お酒へのエントリーの約80%を占める「飲食店」から行われる。ビールの旨さがもっとも際立つシチュエーションといえば、暑いなかでキンキンに冷えたビールを飲むこと。炭酸の刺激が増し、キレが際立つというのがその理由だが、そのもっとも旨いと感じるシチュエーションを飲食店の協力のもと創出しようと考えた。

具体的には、アサヒビールが定めた基準を満たした高品質の樽生ビールを4度未満で提供するというもの。希望する認定店には、特別につくった熱伝導率の高い冷えやすいアルミ素材のタンブラーやジョッキを提供する。

この最高の環境を整えた「スーパーコールド認定店」を本年度中に5000店舗にすることを目指すと、マーケティング本部長の梶浦瑞穂氏はいう。なかなか飲食店に行く機会がなく、家庭でキンキンに冷えたスーパードライを楽しみたい方のためには、5月20日に数量限定ながら冷やすとラベルに描かれている通称「辛口カーブ」が青色に変わる「示温インキ デザイン缶」が発売される。長期の天気予報をみても今年の夏は全国的に暑くなるとのことから、このキンキンに冷えたスーパードライが話題になるのもそう遠い日ではなさそうだ。

「示温インキ デザイン缶」冷やすと青色に変わる

 

さらに、ビールでは4月に新商品「ザ・ビタリスト」が発売される。スタンダードビールとしては7年ぶりの新ブランドとなるこのビールの特長は「苦み」。ドライのキレに対して、苦みを前面に出して今年度200万ケースを目指している。昨今、飲みやすさを追い求めてきたビール業界にとって逆張りを行ったように思われるが、ビールをこよなく愛する(週に350ml缶を6本以上飲む)層が求める味わいの約6割が「苦み」となっており、ある意味、ビール好きによる、ビール好きのためのビールと言える。「よく飲む」派が大半を占めるアサヒの社員もさぞかし喜んでいるのではないだろうか。

4月に発売される新商品「ザ・ビタリスト」

 

ビール党以外には、昨年大ヒットとなった「未来のレモンサワー」が再び、3月より順次発売されることが決まっている。飲む人も飲まない人も、誰もが楽しめるシチュエーションをつくることが市場拡大にもお酒の文化の維持にも欠かせないと考えるアサヒビール。それはまた世の中が求めていることでもある。