トランプ 大統領がカナダとメキシコに25%の関税をかける大統領令に署名した。中国には10%だ。
これに先立ち、バイデン氏は1月初頭、日本製鉄によるUSスチール買収を阻止することを正式に発表した。バイデン氏は昨年秋の大統領選を見据え、以前から買収に否定的な姿勢を示してきたが、この買収は米国の代表的な鉄鋼企業を外国の支配下に置くもので、米国の国家安全保障やサプライチェーンにリスクをもたらす恐れがあり、USスチールを保護することは米国の大統領としての責務だとした。日本製鉄はバイデン氏を訴えるなどして、徹底抗戦の構えだが、これによって買収は極めて難しくなったと言えよう。
今回の買収はUSスチール従業員の雇用を守るなどの大義名分だが、同盟国である日本の鉄鋼企業による買収が安全保障上の理由で阻止されたことに、日本側だけでなく政権内やUSスチール側からも批判的な声が上がっている。今後はトランプ氏の判断に委ねられることになるが、トランプ氏も買収に強く反対する姿勢を示しており、それを覆すような決定を下すことは考えにくい。
では、なぜバイデン氏は政権末期になって、買収に反対する決断を下したのか
まず、米国しての国家としてのプライドがある。周知のとおり、米国は長年にわたって世界経済を牽引し、国際社会でリーダーシップを発揮してきた。特に冷戦後、米国は世界の総軍事力の半分以上を独占するなど超大国としての地位を確立し、諸外国に対して圧倒的な優位性を保ってきた。しかし、21世紀になって中国が経済的に台頭し、その優位性を脅かすような存在となるにつれ、米国は中国に対する警戒感を強めるようになった。また、米国の影響力は超大国と呼ばれた時代と比較して相対的に低下しており、諸外国に対して優位性を維持してきた米国は焦りを示し始め、それは非介入主義や貿易保護主義などからも明らかだろう。
第1次トランプ政権、バイデン政権は中国に対する貿易規制を先制的に仕掛けていき、米国市場から中国を排除する、切り離すような姿勢を鮮明にしているが、今回の買収でも中国への懸念が背景にあると考えられる。今回の買収を巡り、米国側には日本製鉄と中国との関係を危惧する懸念が強く示され、2024年4月には民主党の上院議員がシェロッド・ブラウン上院議員が、日本製鉄による中国事業を問題視する書簡をバイデン氏に送り、中国市場を優先することは日本製鉄の企業戦略であり、米国の労働者や経済、安全保障にとって好ましくないとした。日本製鉄は2024年7月、中国・宝山鋼鉄との合弁を解消し、事業から撤退すると発表するなど脱中国の動きを見せてきたが、米国には日本製鉄と中国との関係を危惧する声が根強く、それが結果として今回の買収阻止に影響を与えたと言えよう。中国との対立や競争が激しくなる中、米国としてはUSスチールという象徴的企業が買収されることは国家のプライドに関わる問題(中国に弱い米国は見せられない)であり、それは同盟国であっても許されないという意識が働いていると考えられる。
内政面の影響
また、内政面も影響していよう。バイデン氏は昨年秋の大統領選を戦うにあたり、買収に反対する姿勢を公約に掲げてきた。それにも関わらず、今になって買収を認めるような決断を下せば、バイデン政権の評価は地を這うようなものとなるだけでなく、民主党陣営の立場もいっそう厳しくなろう。昨年11月の大統領選はトランプ氏の圧勝というイメージが先行しているが、獲得票数ではトランプ氏が7730万票あまり、ハリス氏が7500万票あまりと圧勝と呼べる結果ではなかった。来年秋には中間選挙、3年後の秋には大統領選挙が行われることから、バイデン氏としては、少しでも民主党に有利な政治環境を残そうと意識していたと考えられる。
今回の問題を教訓に、日本は経済界を含め、米国が”自ら”が主導してきた自由貿易や市場経済といったものに”自ら”が背を向け始めている現実を強く認識する必要がある。そして、米国は今後長期にわたってその路線を突き進むことが予想され、世界の分断といったものは今後いっそう深刻なものとなるだろう。