飲料大手・アサヒグループの研究によって、ビールの製造工程で生成される副産物「ビール酵母細胞壁」が食糧の増産に貢献できる可能性が示された。”ビール酵母細胞壁を用いた農業資材”を扱う同グループの新事業会社、アサヒバイオサイクル株式会社の御影社長に聞く。
1910年からビール酵母を研究
ビール醸造に欠かせないビール酵母。麦汁に加わることでアルコールと炭酸ガスを生みだし、さらにビールの味や香りも作りだす、わずか5~10㎛(㎛=1000分の1mm)の微生物だ。
アサヒスーパードライでおなじみのアサヒグループは、1910年からビール酵母が持つ力に着目し、ビール作りを終えた酵母の再利用法について研究を行ってきた。
胃腸・栄養補給薬「エビオス錠」も研究成果のひとつで、ビール酵母はほかにも酵母エキス調味料や家畜飼料として利用されている。
1930年に発売を開始した胃腸・栄養補給薬「エビオス錠」
動物に効果があるのなら植物にも効果があるのでは?
あるとき、ビール酵母入りの飼料を使っていた酪農家から声が届いた。
「ビール酵母を使ったエサを食べた家畜は病気に強くなる」
研究者は思った。動物に効果があるのなら、植物にも効果があるのではないか──。研究者の予想は的中、ビール酵母を覆う外皮である「ビール酵母細胞壁」が、植物に大きな効果をもたらすことが判明する。
ビール酵母を卵に例えると、細胞の中身が必須アミノ酸やビタミンなどの栄養成分を含む黄身や白身で、βグルカンなどを含む細胞壁は殻にあたる。
ビール酵母細胞壁は水に溶けないため、そのままでは植物に吸収されづらいが、独自技術で細かく砕く(低分子化)と、水と混ざり合い吸収しやすくなる。これを植物の葉に散布したり、根を浸したりしたところ、植物本来の免疫力を高め、なおかつ成長を促進することがわかったのだ。
事業展開できると確信したアサヒグループは、2017年3月、ビール酵母細胞壁を使った肥料原体の製造販売を専門とする「アサヒバイオサイクル株式会社」(以下、同社)を設立。肥料会社を対象に肥料原料を卸し、この画期的な農業資材の普及を図ることにした。
▼ビール酵母細胞壁▼肥料会社は同社の農業資材原体を加工して肥料に。
植物の成長と免疫力をアップさせる画期的農業資材
なぜビール酵母細胞壁が植物の生長に効果的なのか。同社代表取締役社長の御影佳孝氏はこう説明する。
「ビール酵母細胞壁には、マイタケやシイタケなどキノコ類にも含まれるβグルカンという成分が含まれています。これはカビの構造とよく似ているのですが、植物の病気のほとんどはカビが原因なので、βグルカンが触れるとカビ(病気)に感染したと勘違いします。
すると、植物は命をつなぐために発根を促進する植物ホルモン・オーキシンを大量に合成し、一方で根の成長を阻害する植物ホルモンのサイトカイニンを抑制します。すると根が大きく広がり、多くの養分を吸収できるので、収穫量がアップします。
さらに、植物の免疫に関与するアゼライン酸の合成が活発になり、丈夫な植物に育つのです」
すでに、水稲、スナップエンドウ、トマトの栽培に活用している生産者もおり、根の張り方、葉の立ち具合、果実の大きさや収穫量で、その効果を実感しているそうだ。
しっかりとした根が張ったイネ。
また、ゴルフ場の芝にこの農業資材を使ってみたところ、散布からわずか10日間で芝の根が無数に広がり、地面にしっかり定着、プレーに適した芝になったその様子にスタッフが驚いたという。
芝の成長性の高さから農薬の使用量が抑えられるという。
ほかにも、近年、都市部で深刻化しているヒートアイランド現象を緩和させる取り組み”校庭の芝生化”にも貢献。食品由来であるビール酵母細胞壁を使って管理するので、芝の上で子どもたちが遊んでも安全・安心であると、好評を博している。
農作物に関していえば、植物自体が強くなることによって収穫量が増える利点は大きい。
「世界の人口は、2050年には90億人を超え、それに伴い、現在の約1.5倍の食糧が必要になるといわれています。
しかし、当社の農業資材を使えば、気候や土壌などの影響を受けづらく、安定した収穫量を確保できるようになります。
国内での実績を積んだ後は、海外への進出も考えており、世界的な食糧問題に貢献していきたいと考えています」(御影氏)
収穫量を増やしてCO2排出量を固定化
昨今、トランプ米大統領が脱退の方針を表明したパリ協定が注目を集めているように、地球温暖化などの気候変動は世界全体の関心事だ。
周知のとおり、CO2は地球温暖化の原因のひとつであり、もしも対策を講じず平均気温が約2.5℃上昇すると、食糧の需要に供給が追いつかなくなり、食糧価格が高騰すると予測されている。
日本でも各企業でCO2排出量の低減に向けた取り組みが行われているが、実はこの問題の解決にも、同社のビール酵母細胞壁由来の農業資材が貢献するのではないかと期待されている。
事実、アサヒグループの研究によって、同社農業資材を稲作で使用した際、収穫量当たりのCO2排出量を約29%減らせることが実証されている(2015年に国際LCA学会で発表)。
「われわれ企業は事業を行う以上、その規模に比例して必ずCO2を出すことになります。排出量をゼロにすることは難しいですが、植物のCO2吸収を促進して、トータルとして減少させることは可能です。
どういうことかというと、農作物をはじめ、植物は日光と水、そしてCO2で成長します。つまり、収穫量が増えるということは、多くのCO2を吸収しているということ。
経済活動で排出されたCO2を、間接的に吸収して相殺するという”カーボン・オフセット”の考え方です。
日本の水稲作付面積は約147万ヘクタール(2016年産/子実用、農林水産省)ですが、世界の農用地面積で見ると約1億6500万ヘクタール(2014年/永年作物地面積、FAO統計)にも及びます。
当社農業資材を使うことによって農作物の収穫量が増加することが報告されていますし、これだけの面積で導入したら、CO2排出量の大幅な削減を実現できるかもしれません」(御影氏)
まずは国内にて確実に技術を確立し、普及活動に力を入れるとのこと。もちろん、さらなる用途の展開も検証しながら、さまざまなシステムの提案も行っていき、2019年の売上高5億円を目指す。
持続可能な社会の実現を目指して
アサヒバイオサイクルは、アサヒグループの重点課題のひとつである「サステナビリティの向上を目指したESG(Environmental、Social、Governance)への取り組み強化」を実現させ、持続可能な社会への貢献も目指す。
この理念を体現させる裏付けとして、ビール酵母細胞壁を用いた農業資材が植物の成長や免疫力を向上させる効果の研究について、日本農芸化学会2016年度大会で発表。
さらに、研究成果や農業資材の開発が地球温暖化防止や循環型社会の実現に貢献するとして、「第25回地球環境大賞」農林水産大臣賞を受賞、その取り組みを第三者に評価されている。アサヒグループのESG実戦部隊として、そして人類の未来ため、今後の活躍が大いに期待される。
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アサヒバイオサイクル株式会社
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