ネットワークを構築する「Linux技術者」というSES業(IT技術者の特定派遣および請負事業)に特化し、起業10年目にして5つの子会社を抱える「ゼウス・エンタープライズ」。その企業理念は、「正社員」採用と「終身雇用」。いわゆる人材派遣企業とはまったく異なる雇用形態だ。この革新的な仕組みを構築した吉房社長とは、一体どんな人物なのか。
通常のSESとは一線を画す事業形態
「未経験者は現場で就労できない」というSES(System Engineering Servece)業界のセオリーを打ち破ったのが、吉房滋社長率いる人材派遣会社の「ゼウス・エンタープライズ」だ。大手人材派遣会社でキャリアを積み、子会社の社長まで務めた吉房社長が、それまでの経験を生かし2005年に開業した。
その事業内容は、通常のSESや特定派遣業とはまったく異なる。IT業界未経験者を「正社員雇用」し、先ずは2ヵ月間、徹底的にITエンジニアとしての研修を受けさせる。この独自の研修システムは実戦で使える実務域の技術の習得と、難関といわれる資格取得を短期間で可能とする。これにより、大手IT企業やメガバンクなど、通常であれば3~5年の実務経験を必要とするようなテクニカルな現場に人材を送り込むことに成功しているだけでなく、意識の高い人材と教育のクオリティーの高さから、この会社のスタッフを必要とする企業が順番待ちをしているほどだ。
その企業理念は、「雇用の促進と終身雇用(社会貢献)を基とし、豊かで文化的な生活を営む(利潤の追求)集団であり続ける」。なんと、社員の「終身雇用」を掲げているのだ。派遣形態をとる企業で、このような理念を掲げる企業はおそらく他に存在しない。従来のSES企業が成し得ない、日本の雇用を革新する事業形態は、一体どのように成り立っているのだろうか。
ネットワークOS「Linux」に特化するという選択
胸いっぱいに夢を抱えて起業した吉房社長だが、起業した2005年は、1993年から始まった就職氷河期、いわゆる「失われた10年(ロストジェネレーション)」が終わり、雇用は完全に売り手市場に。出来立てのちっぽけな「ゼウス・エンタープライズ」には、IT経験者の人材がまったくといっていいほど集まらず、行き詰まってしまう。その後、客寄せ的に研修所を作るも、全く効果なし。起業から1年、やけになって出した答えが「未経験者を育成し派遣する」という今思えば社運をかけた異例ともいえる決断だった。これには、「なんの技術者をどんな環境で育成するか?」という課題も付きまとった。
「本来であれば需要と派遣単価の高い”プログラマー”の育成を行いたかったのですが、現場は経験者しか受け付けない。そこで、今では人気職種となりましたが、当時はなり手が少なく人材不足で未経験者も受け入れてくれる”ネットワークエンジニア”に焦点を絞ったんです」(吉房社長)
2006年当時は、Unixという有償のOS(オペレーティングシステム)のエンジニアが主流だったが、Unix技術者を育成するためには一台数百万単位の設備投資が必要となる。当然、出来立ての会社にそんな余裕はない。そこで吉房社長は、無償のOS”Linux”に目をつけた。無償でありながら当時主流だったUnixとシステムの基礎が同じで、操作法も似ていたからだ。しかし、今でこそ基幹システムにおいては70%以上のシェアを占めるLinuxも、当時のシェアはたったの7%。導入決定にはかなりの勇気がいった。
「今でこそLinuxの専門会社としてお客様から高い評価をいただけるようになり、先見の明があったと言われるようになりましたが、2006年の研修所オープン当時は金もなければ受注の見込みもない。あれはどう考えても「やけ」。良く言って「苦肉の策」です。今考えるとよくここまで成長し存続できたものです」
吉房社長は「苦肉の策」というが、この究極の判断こそ、先を見通す力と大きな度量を物語っている。
未経験者を育成する高度な研修システム
研修所をオープンした2006年からしばらくは、戦後最長の経済成長のおかげで、常に市場は人手不足。資格がなくても現場に送り込むことができた。2008年には、起業から3年にして社員数も200人を超えた。上場直前期を迎え会社はまさに順風満帆。
しかし、2008年のリーマンショックで環境は一変。上場どころか会社存亡の危機に瀕した。そこからITの現場も一変。資格も経験もないエンジニアはまったくといっていいほど需要がなくなった。資格を取らせようと士気を高めたが、当時の研修所では年に1つ2つ取れればいいレベル。そんな伸び悩みの数年間が過ぎた。
2011年に講師陣を一新したところから、受講者の資格取得率は一気にアップする。今では、「LPIC(エルピック)&CCNA一発合格率95%」を誇る研修システムに昇華し、2012年には一般の人にも受講を行うITスクール「ゼウス・ラーニングパワー株式会社」という子会社にまで成長している。
ここでは、主にLinux技術者の育成に特化し、徹底的にシステムの構築・操作のための実習を主に行う。研修を受講した後は、1~3年分の実務経験を必要とする大企業の現場で、即戦力として通用する。また、資格合格率も高く、普通のエンジニアがなかなか取得できない難易度の高い資格を3つ (LPICレベル2、CCNA,ITIL)、たった2ヵ月で取得させてしまう。
加えて「エンジニアとはいえ、社会人の一部」という概念のもと、社会人としての基礎教育も徹底的に行われる。入社当日には代表自らが講師として「社会人基礎講習」を実施するほか、専門の講師によるお茶の入れ方、名刺交換の仕方、ビジネス文章の書き方などを含むマナー講習、毎朝の研修所の雑巾掛けなど、いまどきの企業にしては珍しい”しつけ”もしっかりしている。こうして2ヵ月の間にLinux技術者へと変貌を遂げた受講者たちは、大企業の現場に派遣され、実務をこなしているのだ。
こうした努力の結果、教育システムへの信頼度だけでなく、得意先からの社員に対する評判も極めて高い。
「うちの社員は実務だけでなく、勤務態度もまじめで定評があります。それも僕のまじめさのおかげかな」
おおらかに笑う吉房社長の誠実な人柄が、社風にも反映されているようだ。
社長がこだわる、社員の士気づくり
「我が社では、毎年5月に社員の士気を上げるために成績上位者40名を、クルーザーを貸しきっての査定表彰式に招待します。そこで毎年、優秀社員と最優秀社員を決めます。最優秀社員に選ばれれば、翌年の年収が100万円アップする。だから皆、本当にがんばります」と吉房社長。その社員の士気作りへのこだわりは半端ではない。
優秀社員を決めるための査定方法は独自に考案したのもので、上司の主観や感覚で行う一般的なものではなく、査定対象者に自己申告書を提出させて、その内容を全て数値化して行う。自己申告した内容を点数化、すなわち明朗査定することで、上司に好かれている、好かれていないに関わらず公平な査定を行うことができるのだ。「頑張った分がそのまま収入に変わる」システムを導入している。
また、社員が豊かな気持ちで働けるようにと年間で多くのイベントを行う。
「先に述べた査定表彰式のほかにも大新年会や運動会、納涼会など、年間を通して多くのイベントがあります。誕生会や歓迎会は毎月行います。歓迎会では私が材料から買いに行って作るんです。鶏のから揚げとパスタ、チャーハンあたりが人気かな。調理する環境が無い中で何十人分も作るのは大変だけど、社員が喜んで、モチベーションを上げてくれるのが何よりうれしい」
こういった社長の努力があるからこそ、社員も現場で高い実績を上げることができるのだろう。
ITエンジニアの将来について
ITエンジニア、特にSESで働く者には”40歳定年説”というものがある。ITバブルの頃には35歳定年とも言われていた。今では労働力不足により多少その年齢は上がったものの、それでも”40歳”以降のエンジニアは現場から追い出される可能性が少なくない。現場の下支えをしているエンジニアたちは、20代の頃から若い労働力を買われ、1つのシステムに長年関わるため、他の技術、知識、環境に触れないまま年を重ねて「時代遅れ」になってしまう人が多いのだ。
また、コンピューターと対峙する仕事のためにコミュニケーションが苦手になってしまう傾向にあるという。「10年間で175倍」というまさに日進月歩の成長速度のIT業界において、それはまさに命取り。しっかりとしたライフプランを考えていかないと、得意先から年上の扱いづらい存在と思われてしまい、不必要と判断されたらあっという間に若くて新しいエンジニアと交換されてしまうのだ。そのあり方はまさに現代版浦島太郎といっても過言ではない。
このような風潮をそのままにしていたら日本においてエンジニアのなり手がいなくなってしまい、ひいては日本経済の減退の原因となる、といった危惧を抱えている吉房社長は、エンジニア40歳定年説を覆していきたいと語る。
「IT分野に限らず経験と年齢に合った知識と技術の習得と、高度な資格取得を推奨しています。コミュニケーション能力を高め、ITエンジニアとして一生涯現場に残れるためには何が必要なのかを社員に伝え、教育し、本人にもそれを自覚させることが重要です。ここまでの10年間で、未経験者を現場に送り出すための教育はほぼ完成しました。これからの10年は、35歳くらい、経験年数にしたら10年くらいのエンジニアたちが次のステップに上がるための”中期教育”と、さらに40歳~50歳くらいのエンジニアには、一生涯現役で残るために、プロジェクトマネージャーなどの管理職的な役職につけるような”晩期教育”を完成させていきます」
SES業界の救世主ともいえる吉房社長の更なる躍進に期待したい。