地球温暖化防止のためにCO2排出削減が叫ばれるなか、ここ数年世界ではEV(電気自動車)がブームになっている。欧州や中国など、多くの国が2030~2040年にかけてガソリン車・ディーゼル車、さらにはハイブリッド車の販売禁止を発表しており、EVへのシフトを進めているのだ。 しかし、そんなトレンドも日本ではどこ吹く風。むしろ出遅れている印象すらある。トヨタやホンダなどを持つ自動車王国であるはずの日本は、なぜEV普及に消極的なのだろうか?
2040年にはガソリン・ディーゼル車は絶滅危惧種に
ここ数年で、多くの国がガソリン車・ディーゼル車、つまり内燃機関(エンジン)を載せた既存車の販売禁止を表明している。2017年、イギリス、フランスはガソリン・ディーゼル車の国内販売を2040年に全面禁止すると発表(後にイギリスは5年前倒しすることを表明)、事実上「EVしか認めない」の宣告で、呼応するかのように中国やインドなどもEV普及策を表明している。
2018年には欧州の自動車大国・ドイツの連邦議会からも英仏と同様の決議案が提出。アメリカ・カリフォルニア州でも従来のZEV(Zero Emission Vehicle=CO2排出ゼロ自動車)規制が強化され、主要メーカーに対し販売総数の16%をZEVにせよと義務化し、コロラドやニューヨークなどアメリカの他州にも波及する勢いだ。
これらは、もちろん地球温暖化を心配しCO2削減に動く民意、つまりSDGs(世界で掲げられる持続可能な開発目標)の流れを受けもの。ただし特に欧州で“前のめり感”が強いのは、2015年9月に発覚したドイツ・フォルクスワーゲンによるディーゼル排ガス不正事件が多分に影響しているからだ。欧州では多大な発言力を誇る消費者団体や環境NGOがこれを指弾。同年12月には「パリ協定」(気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定)が発効する流れの中で、支持率アップを目論む政権与党や不買運動を恐れる自動車メーカーがこぞってEV積極推進へと舵を切ったのである。
世界トレンドに反してEV化に消極的な日本
一方、日本政府や日本自動車工業会(JAMA)などが、「2030年までにEVの割合を50%まで高めよう」といった目標を掲げたという話は聞かない。
日本は、自動車生産(1位:中国2780万台、2位:アメリカ約1130万台、3位:日本約970万台。2018年JAMA調べ )、四輪車保有数(1位:アメリカ約2億7600万台、2位:中国2億1600万台、3位:日本7800万台。2017年JAMA調べ)ともに世界3位で、しかもトヨタ・ホンダ・日産・マツダなど世界ブランドがひしめき、世界最高峰の低燃費のエンジン搭載車を量産する自動車王国だ。だがEVでも世界をリードしているという印象はない。それどころか世界の潮流に対し出遅れ感すら拭えない。それはなぜか。
正直トヨタ、ホンダにとってEVは利益にならない
日本がEVシフトに振り切らない大きな要因として、“ものづくりニッポンの性(さが)”と指摘する向きも。自動車メーカーにとってのキモは「エンジン」で、金のなる木。だが独自開発には長い期間と巨費が必須で母国の高度な技術・産業基盤という背景も絶対条件でもちろん特許の塊。ベンチャーなどの新規参入は不可能で、世界で通用する高性能エンジンを独自開発・量産できるメーカーは日米欧の30社ほどに限られる。生産台数世界トップの中国ですら、国際競争力のあるエンジンの独自開発は難しく、日米欧からの輸入かライセンス生産に頼っているのが実情だ。
日本の自動車メーカーは1970年代の石油ショックを契機に省エネでクリーンなエンジンの開発に注力し世界の最高峰となり、これをバネにさらに低燃費なハイブリッド車(HV)の開発へとシフトした。1997年トヨタが世界初の量産型HV「プリウス」を、1999年にはホンダが「インサイト」をそれぞれ販売する。その後発展形のプラグイン・ハイブリッド車(PHV)へと進化し成功を収めている。また並行する形で燃料電池車(FCV)の開発にも余念がなく、2002年にトヨタが事実上世界初の市販型PHV(リース販売)「FCHV」を、ホンダもほぼ同時に「FCX」をリリース。
このように日本の自動車業界のツートップは伝統的なエンジンを進化させHV→PHV、そしてFCVの二段構えで「低燃費・低CO2車」を追求し、世界最高水準を維持してきた。
ただしこの間EVに載せるリチウムイオン電池も大きな進化を遂げるのだが、前述した背景を考えれば、これまでトヨタ、ホンダがEVに積極的にならなかった理由が見えてくる。金のなる木となるハイブリッド車のエンジン回りの開発には多大なる“手間・暇・コスト”を費やしており、これをまずは回収するのが先決なのだ。
一方EVは早い話リチウムイオン電池とモーターを組み合わせれば製造できる代物で、部品は市中から簡単に調達可能な上、性能に大差はない。いわゆる「コモディティ化」(高付加価値製品の低価格化・平準化)で、トヨタやホンダにとってEV市場は桃源郷どころか、ベンチャーまでもが参入し熾烈な戦いを展開、皆が疲弊するレッドオーシャンと映っている可能性も。もちろん手塩にかけて来たHVやPHV、FCVの足を自ら引っ張る格好にもなりかねない。これは大いなる矛盾、利益相反だ。
しかもトヨタ、ホンダは日本の自動車産業を支える二枚看板で、その自動車産業は“モノづくりニッポン”の筆頭かつ外貨の稼ぎ頭。もちろん関連する国民の数も圧倒的。彼らにメリットのない政策を「永田町」や「霞が関」がそもそも出すわけがない。これが“日本がEV普及に消極的に見える”大きな理由のひとつと言っていいだろう。
とはいうものの、日本はEV開発後進国か? というと、それは全くの逆で、実は世界の最先端を走っている。2009年に三菱自動車が世界で初めて大容量リチウムイオン電池搭載の「アイ・ミーブ」を量産化し、続く2010年には日産が「日産リーフ」をリリース、累計販売台数40万台を果たしている。ただし日産、三菱両社は経営難の状況でトヨタ、ホンダと競ってHV、PHV、FCVを開発する余力がなかったから、その分EVに注力、という事情も。
トヨタは次世代型電池EV量産化で主導権奪取を狙う
こうした背景から、トヨタ、ホンダ両社はこれまでEVにはあまり積極的でなかったわけで、ある意味「せっかく開発したHV、PHVでもう少し稼ぎ、並行してリチウムイオン電池よりも高性能な次世代型二次電池『全固体電池』を独自開発、量産化にメドをつけこれを『金のなる木』として徐々にEVへとソフトランディングしていこう」との戦略を立てていたのでは、とも言われている。
だが冒頭でも述べたように、EVブームが想定よりも早く訪れる雲行きとなり、これを敏感に捉えたトヨタは、徐々にEVシフトへと舵を切っている。2017年に全固体電池の本格開発に着手、さらに翌2018年には豊田章男社長が「トヨタは自動車を造る会社からモビリティ・カンパニーへとモデルチェンジする」と宣言。一部では「内燃機関(エンジン)開発からの決別の決意では」とも受け取られている。また2020年の東京五輪に全固体電池を載せたEVを“出動”させ、2020年代の早い段階で同電池の量産化にメドをつけるという。
ただし、各国の性急な“EV普及化宣言”が果たして本当に達成できるかは今のところ未知数だ。今回はスペースの関係で割愛するが、現行の電力需給状況での対応や、既存の自動車産業が持つ裾野の極めて広い産業構造への悪影響(エンジン関連産業や燃料関連、自動車整備業などは大打撃)、さらにはトータルに考えてEVは本当に“地球にやさしい”のか? といった問題もあり、課題は山積みなのだ。
かつて“テレビ王国”として君臨したソニー。1990年代後半に平面ブラウン管「スーパーフラットトリニトロン」を使ったVEGA(ベガ)で隆盛を極めたが、2000年代に入り液晶が台頭、この分野に乗り遅れソニーは赤字に転落した。しかも液晶ディスプレイのコモディティ化によって、テレビメーカーは軒並み経営悪化に。果たして自動車産業も同じ轍を踏むのだろうか。