ワクチン入手で経済回復を急ぐ日本と、感染対策で時間を稼ぐ香港

2020.10.19

経済

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香港政府が実施した無料のPCR検査

香港政府が実施した無料のPCR検査 写真:香港政府新聞処

世界中にまん延した新型コロナウイルスは本格的な冬を前に欧米で再び感染拡大、行動制限をかける地域も出ている。近い将来の終息は見込めず、ワクチン完成が唯一の拠り所という状況だ。ワクチンの開発競争は世界中で活発化しており、実用化はアメリカの最も早い開発プロジェクトで年内にいけるかどうかというところ。

2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)を経験した香港は、その経験を生かして新型コロナ対策でも感染を抑え込んでいるが、実はワクチンに関しては他国と差はない。SARSの原因となるSARSコロナウイルスは約半年で姿を消し、世界中に感染が広がらなかったためSARS用のワクチンが完成することはなかったのだ。香港は一体どのようなワクチン政策をとっているのか?

ワクチン確保は日本の経済力を発揮

日本政府は9月30日、国内外で開発が進んでいる新型コロナウイルスのワクチンの接種について全国民を無料とすることを明らかにした。そのために2020年度の補正予算で6700億円超の予備費を充てる方針だ。

ワクチンは資金力が豊富なメガファーマ、メガファーマには入らないが技術力が高い製薬会社、バイオテクノロジー企業、大学などがしのぎを削る。日本では塩野義製薬や第一三共、大阪大学発のバイオ企業アンジェスなどが開発に着手。世界を見れば、メガファーマで世界第2位の売上を誇る米ファイザー、イギリス第2の製薬会社アストラゼネカなどが先行している。

日本政府は7月31日にファイザーと2021年6月までに6000万人分のワクチン供給で基本合意し、8月7日にアストラゼネカと2021年初頭より1億2000万回のワクチン供給の基本合意書を締結した。

また、日本は世界保健機関(WHO)が主導する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンを共同購入して分配する枠組みの「COVAX」にも参加する。156の国・地域が参加し、世界人口の64%をカバーするものだが、アメリカ、ロシアは参加を表明していない。2021年末までに20億回分の確保を目指すとしている。

これらの一連の動きは世界第3位のGDP(国内総生産)を誇る日本の経済力を表すものとも言えるが、世界を相手にマスクの調達で苦戦したことがいい教訓になった可能性がある。

日本に生まれて運が良かったと親に感謝するしかないが、接種する順位はまだ確定していない。2020年9月25日に開かれた新型コロナウイルス感染症対策分科会には、ワクチン接種についての中間とりまとめ案が出されている。それによると優先順位は、「新型コロナウイルスに携わる医療従事者(救急隊員、保険師などを含む)」、「高齢者及び基礎疾患を有する者」としている。高齢者及び基礎疾患者が集団で居住している施設にいる従事者についても考慮するほか、妊婦は国内外の科学的知見などを踏まえて検討するとしている。

ワクチン開発で遅れる香港は、感染拡大予防に注力

SARSの経験を生かして対策をとっている香港は、第1波、2波を経て感染拡大が抑えられていることから、ワクチンの確保に関して香港人は関心が薄い印象というのが実情だ。

実際、10月17日現在の感染者数 は5242人、死亡は105人とSARSの経験を生かして感染拡大を最小限にとどめている。それは、一時期は最も厳しい措置としては、公衆の場で集まるのは最大で2人まで、飲食は終日店内での飲食禁止(テイクアウトは認める)などで、ある程度、経済的犠牲を払ってでも感染拡大を抑えるという方針を取ったことが功を奏した面がある。

香港の人口は約750万人と市場規模としては小さいため大規模な製薬会社はないものの、SARS以降の感染症の知見と経験を生かして香港大学がワクチン開発を行っている。ただ、大学の財政力には限界があり、研究開発競争において先行しているとは言い難いのが実情だ。一方で、1年間、歳入がなくても翌年度の予算を編成することができるほどの財政余剰金を抱える香港は、PCR検査の充実を図り、できるだけ検査をしていくことで感染拡大を防ぐ方針を取っている(なお香港ではPCR検査とは言わず、ただ新型肺炎の検査と呼ぶ)。

香港政府は9月1日から14日間、全香港市民を対象に任意での無料検査を実施。これは中国政府や企業の力も借りて行ったものだが、一日の検査数は日本製の機械を導入するなどして一時期、最大で50万件という、日本では考えられないような検査態勢 を整えた(日本では一日最大7万件程度)。

ただ、2019年からの逃亡犯条例改正案や香港国家安全維持法の一件で、香港政府と市民の信頼関係が崩れており、検査をすればDNA情報が中国本土に送られるという懸念が高まった。その結果、検査は全人口の32%にあたる178万人しか受けなかった(32人が感染していることも判明)。68%分の検査分が余ったこともあり、9月26日から10月15日までは感染する確率が高い飲食業界で働いている人を対象にした検査を実施する。

香港のワクチンは2022年頭でようやく人口の7割をカバー

香港の財政基盤が良いといっても、それは香港内で回すときの話で、ワクチン確保という国際間での交渉と競争になると財政力があるとは言えず、日本のように製薬会社と個別契約はしていない。そのため、香港政府は9月4日にCOVAXの枠組みに参加することを表明した。

COVAXによると、どこの製薬会社のワクチンとなるのかは未定だが、まず人口の35%分の量を確保。2021年第2四半期に入手できるだろうとした。そして、2021年末から2022年頭に全人口の60~70%をカバーできるとしており、ワクチン接種に関しては明らかに日本より時間がかかる。

中国が独自に開発を進めているワクチンの提供を受ける可能性もある。ワクチンに関しては、世界的にも急いで開発したものは副作用の懸念から「打たない、打ちたくない」という声が上がっているが、中国製のワクチン提供が実現した場合は、接種をする人が少ない可能性は十分にある。

接種の優先順位については食物及衞生局の陳肇始局長は記者会見で「医療関係者、長期疾患を持つ人、60歳以上の老人、老人ホームの入居者などになると思う」とコメントしているが、この辺は疫学的見地からどの国・地域も大差はないだろう。料金はPCR検査が無料であることから、最低限の価格を設定するものとみられる。

こう見ると、日本は経済と感染拡大防止の両立を掲げており、経済側にウェイトを置いているが、香港はその逆だ。財政力でワクチンを確保し経済を動かす日本と、多少の経済を犠牲にしつつもPCR検査や水際対策を徹底的に行うことでワクチン確保のハンデを補おうという香港。国や地域、国民や市民にとってどちらがいいのかがわかるのは、もう少し先になりそうだ。