本社機能の移転、淡路島をリゾート化して地域も働き方も豊かに【パソナ南部靖之×佐藤尊徳】

写真:十河 英三郎(南部代表)

本社機能の移転、淡路島をリゾート化して地域も働き方も豊かに【パソナ南部靖之×佐藤尊徳】

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総合人材サービス大手のパソナグループが2024年5月末までに主な本社機能を東京から兵庫県・淡路島へ移転する。予定する人数は約1200人。この大胆な施策に対して、世間では「東京一極集中の解消」、「アフターコロナの新しい働き方」といった好意的なものから「島流し」「リスキー」といった否定的なものまで賛否両論を呼んだ。南部靖之代表の真意はどのようなものなのか。これからの時代の働き方や、会社として取り組んでいきたいことを尊徳編集長が聞いた。

パソナグループ 代表

南部靖之 なんぶやすゆき

1952年1月5日生兵庫県神戸市出身。1976年3月関西大学工学部卒業。1976年2月、「家庭の主婦の再就職を応援したい」という思いから、大学卒業の1ヶ月前に起業。人材派遣システムをスタート。以来“雇用創造”をミッションとし、新たな就労や雇用のあり方を社会に提案、そのための雇用インフラを構築し続けている。

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本社移転の構想はコロナ禍以前から

左:政経電論編集長 佐藤尊徳 右:パソナグループ代表南部靖之

尊徳 そもそも、パソナグループの淡路島への本社機能の移転はいつから考えていたのですか。元からそういう考えがあったのか、それとも新型コロナウイルスによっていろんなことが変化した結果なのでしょうか?

南部 本社機能の移転というのは淡路島で地方創生事業を始めた12年前から考えていました。その頃はリーマン・ショックが起きて、その後には東日本大震災原発事故もあったので、そういったことが起きるたびに経済の東京一極集中は問題だと感じていて、いろんな場所で考えを発表していました。今回、決断したのはやっぱり新型コロナウイルスの影響です。

尊徳 コロナ禍が無かったら決断はしていなかったかもしれないということですか?

南部 その可能性はすごく高いです。“本社機能の移転”と口で言うのは簡単だったんですが、コロナがなければ実行できたかどうかわからない。一応、5年前からイノベーションチームという部署を作って、東京での大地震か富士山の噴火かテロかはわからないけど、リスクが発生して経済がどーんと落ち込んだときにいつでも動けるような仕組み作りに取り組んではいました。まさか、リスクがウイルスだとはこれっぽっちも思っていませんでしたね。

今は1人感染者が出るとワンフロア、4~5人だとそのビルを閉めなければならないんです。そういう事態に直面してBCPを考えたら移転という決断ができました。

ビジネス・コンティニュイティ・プランの略。災害やテロといったリスクが発生した際に企業が中核業務を持続させるために事前に定めた事業継続計画。

尊徳 淡路島への移転はどういう形で進めるのですか。社員が全員移り住むのか、個別の希望によって移住するかしないかが変わるのか。いま現在考えている「移転」とはどういうものですか?

南部 本社機能の移転といってもすべてではなく一部を移そうと考えています。パソナグループの社員は今2万人ぐらいいて、東京本社には4600人ぐらいがいます。営業部隊は業務の性格上、動かすのが難しいですが、顧客に直接対峙する機会が特に無いバックオフィスは東京になくてもいいから淡路島へ移そうと。それが1200人ぐらい。時期については9月に発表したばかりだからこれからですね。私を含めて役員はすでに向こうへ行っていますし、役員会議も経営会議も淡路島でやっています。

パソナグループがオフィスを置く「淡路夢舞台」 ©Awaji Yumebutai All rights reserved.

尊徳 一部機能の移転というだけで、東京にいる社員全員が淡路島へ行きますよっていうイメージじゃないってことですね。社員の反応はどうですか?

南部 世間では「島流し」とかいう人もいますけど、すごく誤解していますね。5年ほど前から新入社員の研修は淡路島でやっていますし、2017年からは入社式もするようになりました。ですから社員たちは淡路島になじみ深いし、親しみもある。自然豊かで食べ物もおいしいから“リゾート”という感覚を持っています。

尊徳 自ら向こうに行きたいという社員もいますか?

南部 もちろん。僕の想定では希望者は独身者が多いと思っていたんです。でも、実際には家族連れも多くて、これは驚きました。結婚して子どもが生まれるから向こうで育てたいとか、自然豊かな環境だから子どものアトピーやアレルギーを治すために行きたいとかね。今回異動のない営業部隊の者の中にも「誰か代わってくれませんか」という者もいます。

リモートだけじゃない。これからの新しい働き方とは

尊徳 コロナ禍をきっかけにリモートワークという働き方も増えています。本社機能の移転ではなく、リモートという手段もあったのでは?

南部 リモートはすごく便利で、私も大賛成です。ただし、デメリットもものすごくあると思います。大きくは3つあって、1つ目は精神とフィジカルへの影響。ずっと自宅にこもってパソコンに張り付いて仕事をするわけですから、健康面で影響がないわけがない。

2つ目はマネジメント。会社は社員の健康面も考えてマネジメントする必要がありますから、リモートだと働く場所も環境もバラバラで、社員管理が果たしてできるのかという懸念です。

最後は人材育成です。人間味のあるリーダー人材をどのように育成していくか。対面しながら喜怒哀楽といった相手の感情を汲んで対応するという機会がなくなってしまうわけです。将来的に人間味の失われた組織になってしまうかもしれないという懸念があります。これが1年限定とか非常事態のみとかなら、やむを得ないと思いますけどね。

こうした理由から、リモートワークだけでなく、淡路島という五感が磨かれる場所に、ある程度まとまった機能を移す必要があると考えました。

人間味の失われた組織になるリスク

尊徳 GMOインターネットの熊谷社長は今年1月に、真っ先に全社リモートにしました。でも、熊谷社長は「僕らは別にオフィスがいらないとは思っていない」と言っているんです。今までのコミュニケーションの貯金があるからリモートができたけど、やっぱり組織体だから定期的に集まるべきだし、そういう場所は必要だから、逆に今は少し出勤するように戻しているんだそうです。

僕も思いますけど、リモートでは要件の効率化はできるんだけど、やっぱり大事な情報が入ってこないですね。一見無駄な雑談とかからヒントをもらったり、情報をもらったりするような商売をしていると本当に感じます。

南部 リモートでできることには限界がありますね。体感としては一日に2~3時間くらい。3時間以上やるべきじゃない。それ以上やると弊害がいっぱい出てきますよ。やっぱりどこかで集まって、しっかりとマネジメントしながら一人ひとりのワークライフバランスを作っていくことが大事だと思います。

それと、これまでワークライフバランスというと一般的には残業時間を無くすといった“時間の管理”が主でしたが、そこから一歩進んで半農半Xのような、時間だけではなく場所や職種を組み合わせながら働くスタイルを社員たちに提案していきたいと考えています。それを私はハイブリッドワークと呼んでいます。例えば、平日は淡路島で働き週末は東京で過ごす、月水金は農業をして火木はオフィスワークをする、午前中は趣味に没頭して自分の世界を広げて午後から仕事をするとか。

これまでのベルトコンベアのように朝9時に出勤して、17時や19時まで働くような仕事のあり方を見直す時が来ていると思っていて、淡路島なら新しい働き方ができると考えています。

半農半X

自分や家族が食べる分の食料は自給自足でまかない、残った時間を自分のやりたいことに費やす生き方。

ハイブリッドワーク

在宅勤務と出社の組み合わせのみならず、育児、介護、芸術、スポーツなど異なる要素を仕事と組み合わせることで生まれる新しい働き方のこと。

インフラを整え淡路島を高級リゾート地にしたい

尊徳 単に本社機能を移すということだけではなく、新しい働き方も見据えた移転ということですが、そのための環境は整っていますか。

南部 淡路に限らず、地方創生のために東京から地方へ移る場合の問題点は大きく2つあります。ひとつは保育所や幼稚園、学校などの福祉施設や教育施設の充実。実際に小さな子どもがいる家族連れの社員のために幼稚園を作らないといけない。

もうひとつは通信網です。携帯の電波が途切れるから、5Gなど最新の通信網を早急に整備してもらう必要があります。こういうのは1社でできるものではなく、県や市と共に官民併せて作らないといけません。

尊徳 今回は移り住む人数も相当な数ですしね。

南部 システム作りから全部やらないとだめです。移住のための準備委員会を作ったんですよ。独身寮は用意したのですが住居も足りないので、2021年5月ごろまでに約400室の確保を目指しています。ワンルームもファミリータイプも揃えていきます。オフィスも足りないので、それも建てないといけません。

われわれは12年前から淡路島で事業を展開しているので、島民の皆さんとはリレーションシップもあるし、どこにどういう課題があるのかもわかりますけど、やっぱり一部とはいえ本社を動かすのは至難の業だということを感じました。淡路島は東京よりはるかに家賃も安いし、生活費も安く済む。だからみんな安くつくねと言っているけど違うんですよ。

尊徳 ランニングコスト(維持費)は減ってもイニシャルコスト(初期費用)はかかりますからね。

南部 最初の5年ぐらいは「エライこっちゃ」となるでしょう(笑)。住居などのほかには交通網の整備もあります。電車がないからバスを利用するしかないんですが1~2時間に1本しか来ない。それで20時頃には終わってしまうんです。仕方がないから自分たちでバスを走らせています。

ほかにも社員が車を購入したり、カーリースを利用したら補助金を出すようにしました。さらに高級車や電気自動車を購入する人には補助金を高くするようにしました。というのも、僕の方針は淡路島を地中海のような高級リゾート地にすること。世界中から富裕層が集まって、文化を楽しみ、食を楽しみ、地元が豊かになるようにしたい。だから、排気ガスをバンバンだす車ではなく、高級車やエコカーが増えて欲しいんですよ。淡路島は景色もいいですから海岸沿いの道なんかを走ると最高ですよ。

淡路島を食・文化を楽しめるリゾート地に

尊徳 地元の人たちの雇用も生まれますか。

南部 今までも島の方を中心にいろんな採用はしてきています。これから淡路島をもっと活性化できれば、いま東京や大阪で働いている人たちが島に戻ってくる。それが一番期待されているだろうし、そういう仕組みを私も考えていかないといけないと思っています。

コロナ禍が変えた価値基準。今後取り組みたいのは食糧危機

尊徳 これから淡路島は変わっていくでしょうね。ひとつのケーススタディを作ると、ほかにもいろいろやってくれる人たちが出てくるだろうし。コロナ禍によって南部さんだけじゃなく、みんなの価値基準もすごく変わったと思います。それは必ずしも幸せな出来事ではないけど、これをプラスに転じる発想みたいなのは本社機能移転以外にもありますか。

南部 今回のコロナ禍で思ったのは農業。これを真剣にやらなければいけないと思いました。中国をはじめ世界中で貿易が滞ったし、アメリカでも食品加工工場が閉鎖したところもありました。日本では幸いあまり影響はありませんでしたけど、食料の問題というのは大きいなと思いました。

尊徳 日本はカロリーベースの食料自給率が4割以下で、後は海外の輸入に頼っていますからね。諸外国と比較しても低い水準です。

南部 淡路島は食料自給率100%超なので心配ないのですが、会社としては日本全体の食料危機に取り組んでいきたいと思っています。

淡路島は食料自給率100%

もうひとつは社内の話ですけどデジタル化が進みました。社員向けのオンライン診療はすごく便利で、みんな利用しています。

ほかにはインサイドセールスによる営業の効率化ですね。今まで営業はクライアントのところに行かないとできないと思っていましたが、インサイドセールスによって淡路島から人材サービスやBPOサービスの営業ができるようになりました。

インサイドセールス

マーケティング・営業プロセスの一環。成約の可能性が高まるまで電話やメールなどで非対面の長期的な関係育成を行い、受注に結びつける。内勤型営業

また、私自身も講演会をオンラインで行うようになりました。今までは一会場150人ぐらいのキャパで各地を回らないといけなかったのが、オンラインなら一度に何人でも集めることができるので、効率的になりましたね。

尊徳 コロナ禍のようなことが起きると当たり前だったことがガラッと変わるところはありますからね。そこで既成概念に縛られず発想の転換ができるかどうかが大事ですね。

南部 発想の転換をせざるを得ない状況に陥ったから、やれたことだと思います。弊社の社員も、コロナ以前は私がいくら本社移転の必要性を言っても反応は鈍かったけど、コロナ禍の中で発表したから、みんなそれならって感じで動き始めました。

地方創生のためには東京一極集中は問題だから、東京から脱出しようと思っていても、コロナ禍の時期を逃したらなかなか出来なかったかもしれない。新型コロナウイルスは生活の在り方だけでなく、社会の在り方も変えました。会社もリモートワークのような働き方だけを変えるのではなく、仕組みそのものを変える時期に来ているのかもしれません。本社移転はそのための一歩ですよ。