日本の国益最大化における憲法9条の役割

2021.6.14

社会

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日本の国益最大化における憲法9条の役割

自衛隊のイラク派遣(2004年1月)写真:片野田斉/アフロ

憲法改正の国民投票の利便性を高めること等を定めた改正国民投票法が、法案提出から3年の時を経て成立した。憲法改正をめぐる議論は緊急事態状条項や合区解消、教育充実など論点がいくつかあり、特に憲法9条についてはいつも護憲派と改憲派で激しく対立する。日本は憲法9条を改正すべきだろうか。否、国益最大化のためには憲法9条を改正すべきではない。

アメリカのジレンマを利用してきた日本

憲法9条は日本国憲法の3原則「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」の、「平和主義」を規定した条文である。戦争放棄を謳った憲法9条があるために、第2次世界大戦後の日本の安全保障政策は主権国家として例外的なものだったが、21世紀に入り、次第に“普通の国家”としての安全保障政策を実施できるように転換してきた、と言われることが多い。しかし、戦後日本の安全保障政策を精査すると、柔軟で一貫性のある政策を実施してきている。

戦後日本の安全保障政策の核心は、日米同盟を崩壊させないギリギリの最小防衛貢献ラインを見つけることである。憲法9条は、この目的を成就するために極めて有益な“道具”である。国益最大化のために、この便利な道具を手放すべきではない。

1949年10月に中華人民共和国が成立して以降、日本は東アジアで唯一、アメリカが同盟国として頼ることができる国になった。しかしながら、アメリカは元敵国の日本に対して、共産主義陣営に寝返るかもしれないという大きな不信感を抱いており、日本再軍備には危険が伴うと考えていた。したがって、アメリカは日本再軍備よりも、占領後も日本に軍事基地を存続し、米軍駐留の継続を要求し、獲得したのである。

朝鮮戦争勃発後の1950年8月に7万5000人規模の警察予備隊が設置されたが、アメリカは、駐留米軍の負担軽減のために、保安隊(1952年10月に警察予備隊が改組されたもの。後の陸上自衛隊)を35万人規模に拡大するよう要求していた。しかし同時に、アメリカの管理を抜け、日本が恣意的に際限なく再軍備を進めることも阻止しなければならない、というジレンマに陥っていた。

このようなアメリカのジレンマを最大限に利用し、日本は戦後一貫して、安全保障の根幹である日米同盟を維持しながら、自国の希少な資源を最大限節約できる境界線をみつける政策を実施してきた。そして日本に対する急速な再軍備要請圧力に対抗する最強の道具が憲法9条である。

冷戦終結後の安全保障政策の連続性

1989年の冷戦終結後、日米同盟は国際的な危機対応型に再編され、日本には自衛隊の海外派遣等、より多くの役割が期待されるようになった。憲法9条とのかかわりで特に大きな問題になったのは、小泉純一郎政権によるインド洋およびイラクへの自衛隊派遣である。

2001年10月、テロ対策特別措置法が制定され、翌11月、海上自衛隊の艦船3隻がインド洋に向けて出航した。小泉首相は、それまでの消極的な日本の安全保障政策を大転換させたかのように見える。しかし、2001年10月5日、テロ特措法案提出の趣旨説明に関する質疑応答のなかで小泉首相は「テロ対策特別措置法は、憲法第9条に抵触しない範囲内において、憲法の前文および第98条の国際協調主義の精神に沿ってわが国が実施し得る活動」だとしている。憲法9条の存在によって、小泉首相の一見大胆な動きも、抑制されたものになっていた。

また、イラク戦争初期にあった自衛隊の海外派遣は憲法違反だという声に対して、2003年12月9日の記者会見上、小泉首相は「憲法をよく読んでいただきたい」と述べ、9条ではなく、前文の一部を読み上げた。

「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

これに続き、小泉首相は「まさに日本国として、日本国民として、この憲法の理念に沿った活動が国際社会から求められているんだと私は思っております」と述べた。

この小泉首相の会見は2つの点で重要である。一つ、小泉首相は自衛隊のイラク派遣を正当化するために憲法9条の改正や解釈変更を避けた。二つ、アメリカからのより大きな国際的軍事貢献を迫られた小泉首相は、憲法9条には手を触れずに憲法前文を使った。こうすることで、日本政府は派遣された自衛隊の活動を制限することができ、アメリカからのさらなる貢献圧力をかわす一助となった。

米ブッシュ大統領のテロとの戦いに対する積極的支援を表明することで、日米同盟の絆を強めたが、盲目的にアメリカに追従したわけではない。憲法9条を温存しながら憲法前文を使って正当化した自衛隊の限定的海外派遣こそ、日米同盟を崩壊させないギリギリの最小防衛貢献ラインだった。

アメリカと距離感を保つための憲法9条

日本の安全保障にとって日米同盟が根幹であり、日米同盟の運営こそ、日本の国益最大化の鍵を握ることとなる。むやみに“真の独立”を唱え、日米同盟を破棄すべきだ、という論は愚の骨頂である。

利用できるものは何でも利用するのが国際政治の鉄則。アメリカも同様に考えている。したがって、日米同盟に利用価値がある限り、アメリカから見捨てられないように防衛貢献度を高めていかざるを得ない。

しかし、アメリカの行動にやたらと巻き込まれないように距離を置くことも必要である。この距離感を保つ上で、アメリカが作った憲法9条の利用価値は高い。まさに日本の至宝である。絶対に手放すべきではない。