10月4日午前、菅内閣が総辞職し、同日午後、岸田文雄自民党総裁は衆参両院で第100代首相に指名された。夕方に岸田内閣が発足する。政権の要となる自民党幹事長には、総裁選で岸田文雄氏の陣営幹部を務めた甘利明税制調査会長を起用。政府のスポークスマンであり、政権内の調整役を担う官房長官には松野博一元文部科学相を充てる。自民党役員や閣僚には若手を積極登用。総選挙を目前に控え、政府・与党のイメージ刷新をアピールする狙いだが、経験の浅い顔ぶれで政策を実現していけるか、実力が問われる。
党役員には若手を積極採用
自民党役員人事では、幹事長に次ぐ重要ポジションとなる総務会長に、今回の総裁選で若手の取りまとめ役として存在感を示した福田達夫氏を抜擢した。福田氏は祖父の赳夫、父の康夫両氏が首相を務めた政治の名門出身だが、2012年初当選で当選回数は3回にとどまる。岸田氏が総裁選で掲げた「党役員に中堅若手を積極的に登用」との公約を象徴するサプライズ人事だが、総務会長は党内で意見が割れた際などのとりまとめ役で、通常は派閥領袖クラスが務めるだけに、調整力を疑問視する声がある。
政調会長には安倍晋三元首相が全面的に支援し、総裁選で健闘した高市早苗氏を起用。高市氏は安倍政権以来、2度目の就任となった。総裁選の決選投票で争った河野太郎氏は広報本部長に起用。岸田氏は河野氏の発信力に期待するとしているが、安倍政権では外相や防衛相、ワクチン担当相などの要職を歴任しているだけに“冷遇”との見方が強い。
このほか、選挙対策委員長には遠藤利明元五輪相、組織運動本部長には小渕優子元経済産業相、国会対策委員長に高木毅元復興相を充てる。いずれも閣僚経験のある実力者を並べたイメージだが、甘利幹事長や小渕氏は政治とカネの問題で閣僚辞任に追い込まれた経緯があり、さっそく野党は追及の構えを見せている。安倍・菅両政権で副総理兼財務相として政権の重しを担った麻生太郎氏は党の副総裁に起用する。
閣僚には見慣れない顔ぶれ、13人が初入閣
自民党役員は国民にとって見覚えのある顔ぶれが多いが、閣僚名簿の方は逆に見慣れない顔が並ぶ。今後、政府の“顔”となる松野官房長官は安倍政権で約1年、文部科学相を務めたが、知名度が高いとは言い難い。岸田首相をはじめとして政権中枢に世襲政治家が多いなか、松野官房長官は一般家庭生まれ。早大卒業後、ライオン株式会社勤務を経て、松下政経塾に入って政治家への道を開いた。1996年に自民党千葉県連の候補者公募に合格。同年の衆院選に千葉3区から立候補して落選し、2000年に衆院選で初当選した。当選7回。
今回の組閣では岸田氏が当初、安倍元首相の側近である萩生田光一経済産業相(前文部科学相)の起用を検討したが、“安倍カラー”が強すぎることや、当選回数が5回と少ないことから異論が上がって撤回。代替案として浮上したのが松野氏だという。松野氏は安倍元首相の出身母体である細田派の事務総長を務めるが、安倍氏とは一定の距離を置いているとされる。萩生田氏に比べて特定の政治家の色は見られないが、主要閣僚としての実力も未知数。特に官房長官は一日に2回の記者会見をこなさなければならないため、発信力と安定感を発揮できるかどうかで政権の命運が左右される。
岸田内閣が直面する最大の課題は新型コロナウイルス対応だが、対策を主導する厚生労働相には後藤茂之元法務副大臣、経済再生相に山際大志郎元経済産業副大臣、ワクチン担当相に堀内詔子環境副大臣を充てる。後藤氏は党側でコロナ対策にあたっているほか、3氏とも副大臣を経験しているものの、入閣は初めて。直近は新規感染者数が落ち着いてきているとはいえ、初入閣で“未知のウイルス”との戦いに臨むこととなる。
このほかの重要閣僚のうち、財務相には麻生氏の義弟にあたる鈴木俊一元五輪担当相、総務相に金子恭之元国交副大臣を充て、茂木敏充外相と岸信夫防衛相は留任させた。官房長官に取り沙汰された萩生田氏は経済産業相に横滑りさせ、総裁選で競った野田聖子氏を少子化担当相に起用。新設する経済安保担当相には当選3回の小林鷹之元防衛政務官を抜擢した。
最年少はデジタル担当相に起用する牧島かれん氏で44歳。46歳の小林経済安保担当相と同じ当選3回で、衆院で5回、参院で3回が目安とされる大臣の適齢期には届かない。両氏をはじめとする初入閣は20人のうち半数を超える13人で、有権者から見れば新鮮に映る可能性がある。岸田氏がかねて公言してきた「老壮青のバランス」に配慮した人事であり、党内の重鎮や各派閥に配慮してバランスよくポストを配分しているように見える。
自民党役員[役職・名前・年齢・当選回数・選挙区・派閥]
- 総裁 岸田文雄(64)衆⑨・広島1 岸田派
- 副総裁 麻生太郎(81)衆⑬・福岡8 麻生派
- 幹事長 甘利明(72)衆⑫・神奈川13 麻生派
- 総務会長 福田達夫(54)衆③・群馬4 細田派
- 政務調査会長 高市早苗(60)衆⑧・奈良2 無派閥
- 選挙対策委員長 遠藤利明(71)衆⑧・山形1 無派閥・谷垣グループ
- 組織運動本部長 小渕優子(47)衆⑦・群馬5 竹下派
- 広報本部長 河野太郎(58)衆⑧・神奈川15 麻生派
- 国会対策委員長 高木毅(65)衆⑦・福井2 細田派
内閣
- 首相 岸田文雄(64)衆⑨・広島1 岸田派会長
- 総務大臣 金子恭之=初(60)衆⑦・熊本4 岸田派
- 法務大臣 古川禎久=初(56)衆⑥・宮崎3 無派
- 財務大臣 鈴木俊一(68)衆⑨・岩手2 麻生派
- 外務大臣 茂木敏充=再(65)衆⑨・栃木5 竹下派
- 文部科学大臣 末松信介=初(65)参③・兵庫 細田派
- 厚生労働大臣 後藤茂之=初(65)衆⑥・長野4 無派
- 農林水産大臣 金子原二郎=初(77)参②(衆⑤)・長崎 岸田派
- 経済産業大臣 萩生田光一(58)衆⑤・東京24 細田派
- 国土交通大臣 斉藤鉄夫(69)衆⑨・比例中国 公明党
- 環境大臣 山口壮=初(67)衆⑥・兵庫12 二階派
- 防衛大臣 岸信夫=再(62)衆③(参②)・山口2 細田派
- 官房長官 松野博一(59)衆⑦・千葉3 細田派
- 復興大臣 西銘恒三郎=初(67)衆⑤・沖縄4 竹下派
- 国家公安委員長 二之湯智=初(77)参③・京都 竹下派
- 少子化担当・地方創生・男女共同参画 野田聖子(61)衆⑨・岐阜1 無派閥
- 経済再生担当 山際大志郎=初(53)衆⑤・神奈川18 麻生派
- デジタル担当 牧島かれん=初(44)衆③・神奈川17 麻生派
- 経済安全保障担当 小林鷹之=初(46)衆③・千葉2 二階派
- ワクチン担当・五輪担当 堀内詔子=初(55)衆③・山梨2 岸田派
- 万博担当 若宮健嗣=初(60)衆④・東京5 竹下派
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- 官房副長官(政務) 木原誠二(51)衆④ 東京20 岸田派
- 官房副長官(政務) 磯崎仁彦(64)参② 香川 岸田派
- 官房副長官(事務) 栗生俊一(62)元警察庁長官
政策を推進する力はあるか
一方、この顔ぶれで岸田首相が掲げる政策を本当に推進していけるかは未知数な部分が多い。安倍政権や菅政権では各派閥への配慮より実力主義で一本釣りすることが多く、菅政権の発足時の初入閣は5人にとどまったが、今回はその2倍以上。ポストに対して実力や調整力が足りず、優秀な官僚を使いこなせない大臣も出てくるだろう。初入閣組の中には早速、週刊誌の見出しを騒がせる政治家もいるに違いない。
政権幹部の頭にあるのは、まず、どうやって目の前に控える衆院総選挙を勝ち抜くか、だろう。岸田首相は10月14日に解散し、19日告示、31日投開票というスケジュールを描いているとされる。ただ、衆院選が終わればすぐに2022年度予算編成が大詰めを迎え、年明けには通常国会が始まる。
若い、経験の浅い顔ぶれでどのように政府を率い、国会を乗り切っていくか。まずは船頭役となった岸田首相、甘利幹事長、松野官房長官の3人に注目したい。