なぜ若き女性首相は誕生し得たか フィンランドの女性の政治参画の秘密

2021.11.25

政治

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なぜ若き女性首相は誕生し得たか フィンランドの女性の政治参画の秘密

写真:ロイター/アフロ

北欧は男女平等が進んでいる社会だとよく言われるが、フィンランドの政界では国会議員の女性割合が5割に近い。象徴的なのは世界最年少の34歳で首相となったサンナ・マリン氏の存在だ。また、隣国スウェーデンにも初の女性首相マグダレナ・アンデション氏が誕生したばかり(※)。フィンランドで女性の政治参画を促した背景には何があったのか、東海大学で北欧社会について研究する柴山由理子さんに伺った。

※就任間もなく、議会に予算案を否決されたとによって連立政権が解消されたことを受けいったん辞任を表明

東海大学 文化社会学部 北欧学科 講師

柴山 由理子 しばやま ゆりこ

比較政治学、フィンランド地域研究を専門とする。早稲田大学社会科学研究科博士後期課程を満期退学。フィンランドのデザイン企業Golla Oyの Vice President of Sales and Marketingを経て、現職に就く。

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連立政権5党の党首は全員女性

2019年、34歳で首相に就任し、世界を驚かせたフィンランドのサンナ・マリン首相。彼女が率いる内閣は、2021年12月で発足2年を迎える。日本では、首相の34歳という若さのみならず、発足当時の内閣閣僚19人中、12人が女性だったことも話題になった(現在は女性11人、男性8人)。連立政権5党の党首は全員女性で、マリン首相を含む4人は当時35歳以下だった。

左から、法務大臣のアンナ・マヤ・ヘンリクソン氏(スウェーデン語系国民党)、教育大臣のリー・アンダーソン氏(左派連合)、首相のサンナ・マリン氏、内務大臣のマリア・オヒサロ氏(緑の党)、科学・文化大臣のアンニカ・サーリッコ氏(中央党) 写真:フィンランド政府

一方、日本はというと、2021年3月に世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数」で、世界156カ国のうち120位という結果(フィンランドはアイスランドに次いで世界第2位)。特に政治参画、経済参画の分野での数値が低く、政治参画では147位、アジア太平洋地域の中でも下から3番目だった。

2021年10月4日に発足した第1次岸田内閣では、閣僚20人のうち女性は3人、平均年齢は岸田首相を含め61.8歳だった。女性閣僚の少なさは岸田政権に限ったことではなく、衆参ともに女性議員自体が少ない。

衆院選2021の候補者は1051人。政党内の男女候補者数をできる限り均等にするよう求める法律施行後、初の衆議院選挙となったが、女性の候補者は186人で、全体の17.7%にとどまり、当選者は45人で全体の(9・7%)となった。

フィンランドの政治体制

フィンランドは共和制、議会は一院制。国家元首は大統領で外交を担い軍の指揮を執る。任期は6年。政府のトップである首相は内閣を組織し内政を担う。任期は4年。近年、議院内閣制への制度改革が進み権限も内閣に移行している。

いかにして若き女性首相は誕生したか

「2019年4月に4年に一度の国政選挙が実施されて社会民主党が久しぶりに勝利を収め、社民党のアンッティ・リンネ氏が率いる5党連立政権が成立しました。それまでは、伝統的に農業従事者を支持基盤とし、地方に強い中央党が政権を握り、国民連合党や真のフィンランド人党と連立を組んでいましたが、これによってフィンランドの政治は中道右派から中道左派へと舵を切ったことになります。ただ、与党だった中央党も組閣ではそのまま内閣に残りました。

2019年11月、アンッティ・リンネ首相が郵政関連事業の混乱の責任を取り辞任したため、副党首だったサンナ・マリン氏が首相候補に躍り出ます。マリン氏は、2019年の選挙対策を担っており、リンネ首相が病気で休養していたときには、副党首を務めていたこともあったので、ここで首相候補になったことは自然な流れだったと言えると思います」(柴山さん)

若き首相が誕生したことについては、フィンランド国内ではどのように受け止められたのだろう。

「フィンランド国内でも2つの意味で好意的に受け止められていたと思います。一つは、フィンランドの政治に新しい風が吹き込むという期待感。もう一つは、この内閣誕生のニュースは世界中のメディアに取り上げられたので、北欧の小国が海外から注目されることを誇らしく思う気持ちです。

個人的にも新鮮だという感覚がありましたし、当然だというよりは、驚きを持ったと思います。というのは、サンナ・マリン首相には、これといった強力な後ろ盾がいたわけではなく、党内の実力者の誰かが目をかけていたという話も聞いたことがありません。ヘルシンキの有力紙『ヘルシンギン・サノマット』の政治記者に、マリン首相の人柄を訊ねたことがあるのですが、そのときも『群れずに自立している人』と答えていたのが印象的でした」

内閣発足から2年が経とうとしているが、現政権への評価はどうか。

「マリン首相人気に支えられていると言ってもいいかもしれませんね。現政権のコロナ対策への評価は高く、2021年6月に行われた、通常は与党に厳しい地方議会選挙でも、マリン首相率いる社民党の得票率は変わりませんでした。ちょうどその頃、官邸での朝食費を公費で支払ったなどのスキャンダルも出ましたが、キリッと受け答えて大きな問題にはならなかったようです」

フィンランドでは地方政治家は兼業が当たり前

2021年6月の地方選挙では、立候補者は全人口550万人中3万5627人で、その約4割が女性だった。興味深いのは立候補者の内訳が、教師や学生、バスの運転手、郵便局の職員、自営業などの一般市民だということだ。

「フィンランドの地方政治においては、政治家はほとんどが兼業です。たいていは自分の仕事がほかにあって、自分たちの住んでいる地域をより良くしたいから政治に参加しているのです。政治家の報酬は高くありません。会議手当が主で、自治体の規模によっても額は違いますが、1回3千円〜3万円くらいまでで、決して大きな額ではありません」

フィンランドの自治体の政治は、市民生活とかなり近いところにあるようだ。それは議会の規模も関係している。

「規模感も小さいですからね。人口によって最低の議員数が決められているのですが、地方議会でいうと、一番議席数が多いのは、人口65万人のヘルシンキで85議席、都市の大きな自治体だと60人〜70人、中規模の都市だと40人〜50人の議員数で、最小議席数は13人です。中規模都市だと、大学の一クラスの人数とほぼ同じくらいですね」

ちなみに日本で議員数が最も少ない自治体は鳥取県の35人、最も多いのは東京都の124人だ。

マリン首相も、大学在学中に南西部の都市タンペレの市議会議長などを務め、そのキャリアを地方政治から始めた。この一般市民の政治への参加のしやすさが、確かに女性の政治参画につながっているとは言えそうだ。しかし、その歴史は、他国とは少し事情が異なっているという。

「フィンランドの女性参政の歴史には、何か大きな変革があったわけではないんです。例えば、ノルウェーでは各政党がクオータ制(※)を導入し、スウェーデンではほとんどの政党が比例代表の候補者名簿において男女候補者交互方式を自主的に採用した結果、女性議員の割合がぐっと増えています。

北欧諸国にはそうした、女性の政治参画が画期的に進められた“ある起点”があるのですが、フィンランドにはそういったきっかけはなく、徐々に伸びているといった感じなんですね」

※クオータ制:議会における男女間格差を是正することを目的に、候補者の一定数を女性に割り当てること

1917年に当時のロシアから独立したフィンランドは、1906年に独立機運の高まりのなかで議会改革を行い、翌1907年に初の議会選挙を行った。その際に男性も女性も共に参政権を得ている。

「1907年の選挙では、比例代表制の200議席一院制で、これは現在も変わっていませんが、1907年の時点ですでに19人女性政治家が当選しています。そこから、戦後までは20人〜30人で推移していて、60年代以降、35人〜60人前後と増えていったという感じですね。60年代以降順調に伸びているのは、女性の労働参加が進んでいったためと、ちょうどその頃になされた福祉国家建設の担い手が女性政治家だったということもあるでしょう」

女性政治家の福祉国家建設への寄与

1960年代から行われた福祉国家の建設には、中央党の家族政策と、各党の女性議員の増加が大きな役割を果たしていると柴山さんは指摘する。

長年スウェーデン、ロシアの支配下にあったフィンランドは、もともと富裕層が少なく、独立自営の農民が多数で格差があまりなかった。長らく農村社会が続いたため、農民を支持基盤とする中央党の勢力が大きかった。また、領土をめぐって歴史的に緊張関係にある隣国ソ連(ロシア)への警戒心があり、他の北欧諸国では福祉国家建設への大きな役割を果たした社民党がそこまで支持を伸ばさなかったことが特徴的だという。

「1960年代~1970年代中頃までの間、フィンランドでは福祉国家が形作られていきますが、それは中央党と社会民主党の拮抗のなかでなされていったものです。都市に支持基盤のある社民党は、所得に応じてサービスを受けられるような政策を推しましたが、これは主な賃金労働者である“男性”に有利とも取られかねません。一方、中央党は、すべての人々にサービスを充実させたい一律給付の方向性を打ち出し、そこで活躍したのが女性の議員たちでした」

加えて、農村社会の次に訪れた工業社会の時代が短かったこともフィンランド独自の社会背景として挙げられるという。

「フィンランドでは、1960年代に第2次産業が第1次産業を上回るのですが、そのほぼ同時期からITなど第3次産業が強くなっていきます。工業社会では、男性が外で働き、女性が家を守るといった男女分業を強める傾向があり、日本やスウェーデンではそうした社会構造がうまくいっていた時期もありました。でもフィンランドの場合は、工業社会が長続きせず、すぐにポスト工業社会に移行したことで、そうした構造に縛られずにすんだのかもしれません」

そして、ポスト工業社会に移行するなかでなされたのが、福祉国家の建設だった。社会進出した女性たちが福祉、教育、医療の現場に入っていき、こうした女性たちの声が政治に反映されて、福祉産業が公共サービスとして整えられていく。保育、教育、医療が家庭から切り離されたことによって、女性たちはより安心して社会で働くことができるようになっていった。

「女性たちの声が政治に反映された実感があり、女性の候補者が増え、投票率も増え、政治家も増えるという好循環があったのでしょう。でも、当時のフィンランドは、第二次大戦の敗戦国として高額の賠償金もあり、決して余裕のある社会ではありませんでした。共産圏にはならずには済みましたが、領土の一部を失いましたし、とにかく女性を含め納税者が必要だったというのもあるのです」

女性政治家に求められるもの

2007年以降、フィンランドの女性議員の比率は4割以上を維持し、現在では国会議員の約47%が女性だが、まだまだ課題もあるという。

「1960、70年代に医療や教育の分野で女性議員が果たした役割が大きかったので、福祉政策にかかわる教育、社会保健大臣に女性が多いです。反対に、場合によっては国際社会での対外的な交渉を求められる外務大臣、防衛大臣は、男性が多い。大臣ポストに性別役割分担の傾向が存在しています。こうした偏りへの指摘は国内からもあり、問題意識は持っているようです」

それでも女性大臣が実績よりもアイコン的に起用される日本の現状からすると、格段に進歩的な課題ではある。

「今の社会政策の主な担い手は、家族政策などを推してきた中央党党首アンニカ・サーリッコ氏と、家族問題・社会サービス大臣は社民党のクリスタ・キウル氏、どちらも30代後半〜40代の実力ある女性たちですよ」

そんな頼もしい女性たちが活躍するフィンランドには、かつて国民から「ムーミンママ」と呼ばれ、親しまれた女性大統領がいた。2000年〜12年の2期を務めた、フィンランド初の女性大統領、社民党のタルヤ・ハロネン氏だ。

フィンランド初の女性大統領(在任2000年3月1日~2012年3月1日)を務めたタルヤ・ハロネン氏(中央) 写真:フィンランド政府

「ハロネン氏は、フィンランドのつらい時代を知っている、堅実な政治家というイメージ。その安定感、安心感が『ムーミンママ』という愛称を生んだのでしょう。ジェンダーに対しては中立的でしたが、ハロネン氏が長く大統領を務めたことが、後進の女性政治家を育てる素地となったことは間違いありません」

それに対して現首相のマリン氏は、あらゆる意味で新しい時代の政治家であるといえそうだ。

「マリン氏も同じく社民党ですが、ハロネン氏がドイツのメルケル元首相のようなお母さん、安心感、といったイメージであるのに対し、マリン氏は新しい価値観で現れたモダンな政治家。彼女自身がレインボーファミリー(同性カップルの家庭)に生まれ育ったという背景もあります。メディアの使い方もうまいですし、自らもインスタグラムを駆使したりして、発信力がある。若者にも人気です」

女性政治家が体現するイメージ、求められるものもまた変わりつつあるということか。発足からまもなく2年が経つマリン内閣。雇用問題の解消やバイオ、循環型経済などの新産業への転換を打ち出しながら、精力的に課題に取り組んでいる。そんなマリン氏らフィンランドの女性議員たちの姿を、私たちの国はただ眩しく眺めているだけでなく、せめて追いかけているという実感ぐらいは持ちたいものだ。