3国の原子力潜水艦を共通化? 米英豪の対中国軍事同盟「AUKUS」が日本に与える意外な波紋

AUKUS協定に調印する英米豪の高官(2021年11月22日) 写真:APP/アフロ

政治

3国の原子力潜水艦を共通化? 米英豪の対中国軍事同盟「AUKUS」が日本に与える意外な波紋

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米英豪による対中国軍事同盟「AUKUS(オーカス)」により、オーストラリアも原子力潜水艦を導入することになった。南シナ海だけでなく南太平洋にも触手を伸ばす近年の中国の動きは憂慮すべきで、通常のディーゼルエンジン型では対応に不足が出るだろうというわけだ。その点、中国とは海を挟んで隣に位置する日本は原潜を保有していない。AUKUSを通してアメリカが日本に投げかけるメッセージに日本はどう応えるのか。

「長期間」「高速」「長距離」の三拍子が揃う原潜

2021年9月15日、バイデン米大統領はイギリス、オーストラリアと対中国軍事同盟「AUKUS(オーカス)」の結成を宣言、米英両国が軍事技術の中でも“秘中の秘”である原子力潜水艦をオーストラリアに供与するとのサプライズも飛び出し、あまりの前のめりぶりに世界中がびっくり。

オーストラリアは自国海軍が保有する通常動力型(ディーゼルエンジン型)潜水艦(SSK)のコリンズ級6隻の老朽化に伴い、フランスに次期SSKの開発を正式依頼していたが、近年、中国海軍の脅威が急激に高まってきたことに対応するためフランスとのSSK開発契約を急遽ご破算、より高性能な原潜の保有へと舵を切ることに。

なお「原子力潜水艦」には主に、

  • 攻撃型原潜(SSN):通常の潜水艦の原子力版で、魚雷や対艦ミサイル、巡航ミサイルで敵潜水艦・艦船や地上目標を攻撃
  • 戦略ミサイル原潜(SSBN):核ミサイル(潜水艦発射型弾道ミサイル/SLBM)のプラットフォームで、海中深く身を隠して核抑止力を担う。通常の戦闘には投入されない

の2種類あり、オーストラリアの件はSSNの方。

原潜保有国は現在、国連安保理の常任理事国の米英仏露中5カ国(=NPT:核拡散防止条約で核兵器保有が認められている国)とインドの計6カ国のみで、ほかにブラジルが建造にチャレンジ中。

原潜のエンジン(機関)となる小型原子炉の開発は極めて難しく、完全なる独自開発は米露仏の3カ国だけ。中国は一応自主開発だがベースは旧ソ連の技術で、インドはロシア、イギリスはアメリカ、ブラジルはフランスからとそれぞれ外国の支援を受けている。他の兵器と違い原潜が輸出入される例は非常にまれで、それ以前に維持管理に高度な技術と莫大な費用が必要なこともあり、現実問題、保有できる国はごくわずか。同時にSSNの保有はSSBNへと発展、核拡散の恐れも懸念されるので、安保理常任理事5カ国は他国への供与にことさら慎重。

原潜が一般的な通常動力型と比べて圧倒的に優位なのは、長期間、高速かつ長距離を潜航できるという点で、これを実現するのが、原潜に搭載する原子炉。内燃機関のディーゼルエンジンとは大きく異なり、稼働時に大気(酸素)は無用で莫大なエネルギーを発揮し、しかも十数年~30年核燃料の再装填が不要なため、理論上はこの間ずっと海中深く潜航が可能。同様に有り余る電力を使って、潜水艦にとって最高速力に近い30ノット(時速約55km)前後を維持しながらどこまでも潜水航行できる。ただ、現実問題として乗員の保健衛生面や艦内に詰め込める乗員用食料・消耗品に限度があるので、実際の潜航期間は1カ月半~3カ月と見られている。

3カ国共通の原潜が狙いか

オーストラリアが原潜保有を決意した理由は、拡大する中国海軍に対抗するためで、広大なインド太平洋地域を素早く遊弋(ゆうよく:軍艦が動き回ること)して、この地域で制海権を握る盟友・アメリカの第7艦隊を支援する形で東奔西走するイメージらしい。同様に、トンガやナウル、バヌアツなど島嶼諸国が散在する中部~南太平洋の“地域大国”を自負し、実際これら国々の安全保障にも責任を有するオーストラリアにとって、この地域に触手を伸ばす近年の中国の動きは非常に憂慮すべきもの。

計画ではSSNを8隻導入し1番艦の就役は早くて2030年代後半の見込みなので15年以上も先の話となる。導入コストは1000億豪ドル(約7.9兆円)と見積もられ、単純計算で1隻約1兆円の恐ろしく高価な軍艦となりそうだが、兵器の調達コストが当初よりも数倍に高騰するのは世の常。

余談だがオーストラリア本土~南シナ海はざっと4000kmでSSNの最高速力の目安となる30ノットならば丸3日で到達。対してSSKの長距離潜航の際の速力は3ノット前後のため、SSNの10倍、30日は優にかかってしまい、そもそもこれだけ日数がかかってしまうと無補給では無理。つまり中国海軍への対抗を目的とするならSSNが欠かせない。

導入されるSSNは新開発される模様で、もしかしたらイギリスが現在配備を進めるSSNアスチュート級や、同じくアメリカが配備中のバージニア級も2030年代に更新時期を迎えることから、これらも含めた“3カ国共通のSSN”を開発、単価の低下や同盟国間での兵器共通化によるメリットを模索しているのかもしれない。

米海軍のバージニア級攻撃型原子力潜水艦(U.S.Navy)

「防衛費倍増」の無言の圧力

オーストラリアの原潜保有のニュースを目の当たりにして「日本にとって準同盟国が原潜を保有しアメリカと共同で中国を牽制してくれれば安心だ」と、割と気軽に感じている向きも少なくないようだが、これには中国への牽制が込められているのはもちろん、日本にとっても強力な“メッセージ”をアメリカは発しているとの見方も。

要するに、「人口約2500万人、GDP約130兆円のオーストラリアが国防費約2.9兆円、対GDP比2%超も負担し、原潜まで保有してインド太平洋の安全保障に貢献しようと頑張っている。それに引き換え中国の目と鼻の先に位置する日本は、人口約1億2000万人、GDP約500兆円と世界第3位の経済大国を誇りながら、防衛費は約5.5兆円、同1%程度で明らかに努力不足。国を守る気概があるのか」と、アメリカが日本に無言の“圧力”をかけているという見方だ。事実バイデン政権の周辺からは「日本の防衛費を倍増すべき」との論調が日増しに強くなっているようなる気も。

さすがに「原潜を保有せよ」とは求めないだろうが、米製のF-35戦闘機やイージス・システム、ドローンなどのさらなる導入や潜水艦・護衛艦の追加配備を迫る可能性も。さらには、海上自衛隊の護衛艦「いずも」(事実上の軽空母)に米海兵隊のF-35B垂直離着陸戦闘機が常駐したり、あるいはオーストラリアの揚陸艦から航空自衛隊のF-35Bが発進したりするなど、AUKUSとの軍事的一体化の強化をより一層求めてくる可能性は極めて高い。

先の衆院選で自民党が公約に「GDP比2%以上も念頭に増額を目指す」と掲げたことは、これらの圧力を受けた結果か。日本がロシアを超える防衛費を?と首をかしげたくはなるが、資源・エネルギー、食糧、サイバー、パンデミック対策そして防衛力も含め、日本の安全保障はいよいよ“待ったなし”なのかもしれない。