2022年2月24日にロシアのプーチン大統領がウクライナへの全面侵攻を強行して2カ月が過ぎ、当初の予想に反しゼレンスキー大統領率いるウクライナの軍・国民の徹底抗戦でロシア軍は大苦戦し進撃は停滞。ウクライナの首都キーウの攻略は困難と悟ったのか、プーチン氏は3月下旬に「目標の第1段階を達成」と宣言し、ウクライナ南東部に戦力を集中しルガンスク・ドンバス両州の完全制圧を目指す作戦へと大幅変更。予断を許さない状況だが、あえて劣勢に立つプーチン政権を待ち受ける“着地点”のシナリオを大胆に占ってみる。
シナリオ① 現状のまま停戦
両軍が対峙する戦線を事実上の境界線として停戦するシナリオで、もっともあり得るパターンだろう。この場合、国連PKO部隊が間に入って両軍を引き離しながら展開し停戦を監視することも。この場合、かつての東西ドイツのようにウクライナが東西に分裂、先に一方的独立を宣言したルガンスク、ドンバス両州(親ロシア派が実権握る)と、新たに攻略しつつあるヘルソン州など南部地域も加え傀儡国家「東ウクライナ」を結成するかもしれない。
だが、停戦後も欧米側は猛烈な対ロ制裁の継続に加え軍拡競争を仕掛けてくること必至で、片やロシア側は極度の経済低迷のなかで軍備の大増強を強いられ、かつての冷戦末期の旧ソ連と酷似した状況に陥りかねない。その結末は明らかで、最終的に「東ウクライナ」は元の鞘に収まるしかない。
停戦はウクライナにとって絶好の時間稼ぎで、その間に欧米による大規模な軍事・経済援助で国力の立て直しが可能になる。欧米側は躊躇してきた戦車はもちろん、自走対空砲(いわゆる対空戦車)や大砲、自走砲、武装ドローン、ヘリコプター、長距離対空ミサイルといった大型兵器の供与に踏み切り、戦闘機の提供も時間の問題で、軍事顧問団の派遣もすでに実施と見るのが今や常識。
一方、停戦はプーチン氏にとっても魅力的だと考えられる。今回の侵攻作戦は、あくまでも「独立宣言したドンバス、ルガンスク両州がウクライナの攻撃を受けたため、両国と締結した相互防衛条約に基づきロシアは集団的自衛権を行使してウクライナに“特別軍事作戦”を行なう」が大義名分。しかもプーチン氏は「目標の第1段階を達成」と宣言したため、停戦に応じたとしてもメンツは保たれる。
しかもプーチン氏は3月中旬にロシアの情報機関FSB(連邦保安庁)の幹部を自宅軟禁したともいわれ、「作戦失敗は情報分析を誤ったFSBのせい」と責任転嫁、停戦を前にした地ならしも盤石にしている向きも。
シナリオ② さらに戦線拡大
「目標の第2段階」とばかりにプーチン氏は侵攻軍に進撃を命令、ウクライナ南部の沿岸づたいに西進し港湾都市オデーサを占領し、余勢を駆ってさらに西方のモルドバにも攻め入るというシナリオ。
ウクライナにとり今や事実上唯一の“海の玄関口”オデーサを含め同国の沿岸全域を占領してゼレンスキー政権を締め上げようというもの。
モルドバはウクライナと同様、旧ソ連邦国家でありながら親欧米・反ロを標榜、しかもモルドバ国内では親ロ派が「沿ドニエストル共和国」を名乗り一方的に独立宣言、彼らの防衛のためロシア軍部隊が駐留するなどウクライナと酷似した複雑な状況が。プーチン氏にとってモルドバの親欧米政権は何とも目障りで、この際一気に攻め込み少なくとも「沿ドニエストル共和国」まで進撃して連絡を図る、と考えても不思議ではない。
ただし、ロシア侵攻軍にとって伸び切った戦線の維持と補給路の確保が難問で、すでにウクライナ軍のドローンを駆使したロシア補給部隊への攻撃が戦果を挙げ、ロシア軍の進軍スピードが落ちているとの指摘も。また、「沿岸を制圧したのだから船舶で輸送すれば」と考えがちだが、ウクライナ軍にとって事前に機雷敷設や港湾施設の破壊、さらには港湾内であえて大型艦船を沈没させて船舶の入港を阻止するなど妨害策を講じるのが定石。加えて欧米から供与された地上発射型の対艦ミサイルや攻撃型ドローンでロシア艦船を狙い撃ちにする可能性も高い。
実際に2022年4月14日、ロシア海軍黒海艦隊の旗艦を務める大型艦「モスクワ」がウクライナ国産の対艦ミサイルで撃沈(ロシア側は事故による沈没と主張)。同艦は長距離対空ミサイルシステムを有し広範囲を防空していたため、「モスクワ」喪失後はロシア海軍がウクライナ沿岸接近は困難となったのはもちろん、ロシア侵攻部隊のさらなる西進も厳しいだろう。
加えて、北欧の中立国・スウェーデンとフィンランドがともに「中立」をかなぐり捨ててNATO加盟を表明、ロシアとの対決姿勢を露わにしたが、予想外の動きに危機感を募らせるプーチン氏は、もしかするとウクライナでの“作戦失敗”を糊塗するため、今度はフィンランド国境に大軍を配置、軍事衝突をあえて引き起こす可能性も。
いわゆる二正面作戦で軍事的には愚策中の愚策だが、第2次大戦時のドイツや日本など、これを採用して敗北する事例は歴史上少なくない。このように戦線拡大はロシア軍を疲弊させるだけでかえってプーチン氏は苦境に陥るだろう。
シナリオ③ 戦線を維持したまま長期消耗戦
侵攻軍の進撃を中止し現在の戦線を維持、地上部隊の損耗を抑えつつ、長距離砲や各種ミサイル、戦闘機による攻撃を続行、戦争の長期化でウクライナに消耗と疲弊を強要して同国民の厭戦(えんせん)気分を助長するというシナリオ。
ウクライナ・ロシア両国の停戦協議も断続的で、一進一退の戦いが延々と続くパターンだが、この場合ロシア側にとって戦費と将兵の消耗がズシンと重荷となり、時間がたてばたつほどプーチン氏にとって不利に働くだろう。
また、これに関連して、プーチン氏の再三の要請に屈する形で同盟国のベラルーシが嫌々ながら参戦したり、あるいは「ウクライナがロシア領内を攻撃した」と“自作自演”(いわゆる偽旗作戦)、ロシアが盟主の軍事同盟「集団安全保障条約」(CSTO)の加盟国であるベラルーシはもちろん、アルメニア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンに集団的自衛権に基づく派兵を強要したりするかも知れない。
加えて、長期戦に対応するためプーチン氏はこれまで「特別軍事作戦」と表明してきたウクライナ侵略を正式に「戦争」と表明(つまりウクライナに対し宣戦布告の可能性も)、これによって兵役可能な国民を大々的に徴兵して兵力不足を補う計画では、との見方も出始めている。
シナリオ④ プーチンの失脚・クーデター
NATOに対する個人的な怨念と「栄光の“ソ連帝国”の復活」を夢想するプーチン氏が強行した今回の全面侵攻作戦の失敗に対し、政権内部からも「大統領の暴走が国家を危険に晒した」「我々の資産が散逸した」との不平不満が巻き起こり、やがてプーチン政権は崩壊……というシナリオ。
すでに「作戦失敗の張本人」とプーチン氏から追及されていると言われるFSBや、無謀な作戦で一説には将軍クラスが10人近く戦死という不名誉を受け続けている軍部、さらには欧米から貿易停止や資産凍結の制裁により深刻な経済的ダメージを受けているオリガリヒ(新興財閥)の一部などが反旗を翻すことも容易に想像できる。
ただし、これらが数カ月以内に起こるとは考えにくい。プーチン氏の政権基盤は盤石で、しかも彼自身が旧KGB(国家保安委員会)出身でいわば元スパイ。諜報活動や裏工作、監視活動は得意中の得意で、政権内部どころか国民全体に密告制度も張りめぐらせており、個々人が疑心暗鬼の状況下で政権転覆や軍部クーデターなどは至難の業だろう。
それでもウクライナでの戦闘が長期化し、将兵の死者が数万人に達したり(すでに戦死者2万人以上との説も)、欧米の制裁で国民の生活がさらに困窮したりすれば「プーチン失脚」は現実のものになるかもしれない。
いずれもにせよ、ウクライナとの戦闘が終結するか否かはプーチン氏次第だが、当初はモスクワの赤の広場で第2次大戦の対ドイツ戦戦勝記念日を祝して毎年華々しく軍事パレードを挙行する5月9日までに、「ウクライナに対する“特別軍事作戦”大勝利」とアピールできる戦利品、つまりは“落としどころ”をプーチン氏が探しているのでは、と見られていたが、最近では「戦勝記念日にはとらわれない」という、戦争長期化を覚悟したような意見をプーチン政権は表明するなど、ますます混迷を深めている。