インド太平洋地域への関与を強めるイギリス 「英連邦」をどう使う?

2022.5.9

社会

2コメント
アジア太平洋地域への関与を強めるイギリス 「英連邦」をどう使う?

3月の英連邦記念日にメッセージを送る英女王(2021年) 写真:ロイター/アフロ

2019年にブレグジットとしてEUからの脱退を果たしたイギリスは、古くは大英帝国として多くの植民地を増やし、19~20世紀初頭をピークに世界の覇権を握った。第1次世界大戦を機に植民地体制は衰退するが、その後、自治権を有する「英連邦」「イギリス連邦」へと形を変え、そのレガシーは今も生きている。中国・ロシア問題など国際情勢が激しく変わるなか、その「英連邦」が新たな展開を見せつつあるという。

総人口24億人、GDP11兆ドルの実力

2021年11月30日、カリブ海に浮かぶ人口約29万人の小さな島国バルバドスが、「イギリス・エリザベス2世女王を元首とするのをやめるが、引き続き英連邦には残る」と宣言。君主制から共和制(主に国民の選挙で選ばれた大統領が元首)への移行の宣言で、バルバドスの国民にとっては、かつて宗主国のイギリスが植民地経営の一環として労働力となる奴隷をアフリカから当地に強制的に連れて来た、という悲惨な過去との訣別の象徴でもあったのだろう。

日本の主要メディアも大きく取り上げたが、「独立国なのに今まで他国の女王が国家元首だったの?」「バルバドスはイギリスの植民地なの?」「そもそも英連邦って何?」と疑問は多いと思う。

英連邦の正式名は「Commonwealth of Nations」で略称は「コモンウェルス」。要するにイギリスを筆頭にかつての英植民地などの緩やかな国家連合のこと。コモンウェルスとはそもそも「共通善」という哲学用語で、「同じ志を持つ者たちの集合体にとっての善」という意味。日本ではこれを意訳し「連邦」とするがニュアンス的には「連合体」「コミュニティ」に近い。

かつて世界中に植民地を持ち「太陽の沈まぬ帝国」を自負した超大国・大英帝国のいわばレガシーで、“本家”のイギリスを求心力に、オーストラリアやカナダ、ニュージーランド、インド、ナイジェリア、シンガポール、南アフリカ共和国といった旧英植民地の“分家”などが計54カ国加盟、世界の独立国の実に4つに一つの計算になる。総人口は24億人超で全世界約77億人のほぼ3分の1。GDPは11兆ドル超で、アメリカの約21兆ドル、EUの約18兆ドル(イギリスを含む)、中国の約15兆ドル(いずれも2020年)に次ぐ巨大市場。

当初はオーストラリアやカナダなど白人主体の植民地に独立を認める代わりに、英国王(女王)を引き続き元首として忠誠を誓い連合体として強く連携する体制だったが(1931年採択のウエストミンスター憲章)、第2次大戦終結直後の1947年に最大の植民地でしかも非白人が主体のインドが独立するのを機に、英国王を元首としない共和国でも英連邦内に残留できるなど一気にハードルを低くした。

その結果、現在では3つの国家体制が混在。

  1. 「英連邦王国」:英国王を元首として崇める“古き良き大英帝国”の伝統を維持、オーストラリア、カナダなど
  2. 君主制を廃した「共和国」:インド、パキスタン、ナイジェリアなど
  3. 英国王ではなく独自の君主を元首とする「王国」:ブルネイ、トンガなど

加えて近年は英植民地でない国家にも門戸を広げ、旧ポルトガル領のモザンビーク(1995年加入)や旧ベルギー領のルワンダ(2009年加入)も参画、国際組織としての人気は上々だ。

組織の狙いは、議会制民主主義や基本的人権の尊重、法の支配、司法の独立、機会均等などイギリスが伝統的に重んじる価値観の順守と積極的追求で、EUのような経済同盟やNATOのような軍事条約とは違う。過去には人種隔離政策(アパルトヘイト)を掲げる南アフリカ共和国や強権政治を進めるジンバブエなどが資格停止や脱退を余儀なくされている(その後復帰)。ちなみに、大半が旧英植民地のため共通語は必然的に英語だが、日本も理論上は加入できる。

イギリスにとっての本質は「人脈」と「情報」

加入するメリットは何と言っても大英帝国のブランド力で、中小国にとっては特にその“箔づけ”は絶大。実利として、例えばイギリスやカナダ、オーストラリアなど先進国のメンバーから[ヒト・モノ・カネ・サービス・情報]など有形・無形の支援を身内のよしみとして受けられる点が大きい。

法律や行政サービスなどの国家運営の基盤はもちろん、保健衛生・医療、科学技術、文化・芸術、環境対策、社会問題分野での協力やメンバー国間での市民権取得や移住、ワーキングホリデーなど人の移動に関する特典、各種免許・資格などの互換性、経済・貿易・税制面での優遇など利点は数多い。

しかしイギリスにとっての英連邦の本質は「人脈」と「情報」。旧植民地の優秀な人材をケンブリッジやオックスフォードなど世界最高水準の大学に特待生として招聘、帰国後彼らは間違いなく本国の政治家や高級官僚、軍幹部、大実業家など支配階級となるはずで、これはイギリスの世界戦略にとって強力な武器となる。また、こうした人脈を背景として数世紀にわたり植民地を拠点に世界中に張りめぐらせた「ヒューミント(人を介した情報)」のネットワークは絶大。映画『007』ではないが、世界に冠たるイギリスの諜報能力(スパイ活動力)の源泉がここにある。

2019年にEUからの脱退を果たしたイギリスは、これまであまり積極的に利用してこなかった「英連邦」というユニークな国際機構を奇貨としてとらえ、すでに経済・安全保障同盟へのバージョンアップも画策。特に安全保障に関しては、これまで緩慢だった「5カ国防衛取極」(英、豪、ニュージーランド、マレーシア、シンガポールの英連邦5カ国が加盟する軍事同盟)の活動を活発化させたほか、英連邦の定例会議でも防衛協力の話題が目立つようになってきているという。もちろん今回のロシアによるウクライナ侵攻でもイギリスはこの枠組みをフル活用、ロシアへの制裁に否定的なインドに対しても「英連邦仲間」という特別な関係でアプローチ、新たに防衛協力を締結するなど懐柔策を図っている。

アメリカが掲げる対中包囲網に賛同しインド太平洋地域への関与を急激に強めるイギリス。今後中国やロシアに対し「英連邦」というカードをどのように切っていくのか注視したい。

別表:英連邦加盟国 計54カ国

太平洋(11カ国)

  • オーストラリア
  • フィジー
  • キリバス
  • ナウル
  • ニュージーランド
  • パプアニューギニア
  • サモア
  • ソロモン諸島
  • トンガ
  • ツバル
  • バヌアツ

アフリカ(19カ国)

  • ボツワネ
  • カメルーン
  • ガンビア
  • ガーナ
  • ケニア
  • エスワニティ(旧スワジランド)
  • レソト
  • マラウィ
  • モーリシャス
  • モザンビーク
  • ナミビア
  • ナイジェリア
  • ルワンダ
  • セーシェル
  • シエラレオネ
  • 南アフリカ共和国
  • ウガンダ
  • タンザニア
  • ザンビア

南北アメリカ(13カ国)

  • アンティグア・バーブーダ
  • バハマ
  • バルバドス
  • ベリーズ
  • カナダ
  • ドミニカ国(「ドミニカ共和国」とは別)
  • グレナダ
  • ガイアナ
  • ジャマイカ
  • セントルシア
  • セントキッツ・ネビス
  • セントビンセント・グレナディーン
  • トリニダード・トバゴ

アジア(8カ国)

  • バングラデシュ
  • ブルネイ
  • インド
  • マレーシア
  • モルジブ
  • パキスタン
  • シンガポール
  • スリランカ

ヨーロッパ(3カ国)

  • キプロス
  • マルタ
  • イギリス