対面販売で高まる本の価値 「BOOK MARKET」に見る出版業界の今後

2022.11.16

社会

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対面販売で高まる本の価値 「BOOK MARKET」に見る出版業界の今後

パイ インターナショナルのブースにて@「BOOK MARKET 2022」 写真:小池彩子

出版レーベル、アノニマ・スタジオが主催する“本当におもしろい本”だけを集めた本好きのためのイベント「BOOK MARKET(ブックマーケット)」。インディペンデント(独立)系を中心に数十の出版社がひしめく会場は、毎回多くの来場者でにぎわう。今年は7月に3年ぶりに開催され、過去最高の56社が出展。出版不況といわれながらもリアルもネットも含め出版業界には近年変化が起きているというが、現場はどうか。「BOOK MARKET 2022」 で出会った個性的な出版社の方々の声から実態を探った。

3年ぶり、コロナ禍での開催は過去最大規模で大盛況

個性あふれる出版社が一堂に会し、本を愛する読者へ自ら販売するイベント「BOOK MARKET」。2009年に7社の出展から始まった同イベントは回を重ねるごとに拡大し、2019年の第11回では46もの出展社が集合。しかし、2020年は新型コロナ感染拡大防止のために中止を余儀なくされる。翌年の2021年は散歩社が運営する本のマーケットイベント「BOOK LOVER’S HOLIDAY」とコラボする形で「BOOK LOVER’S HOLIDAY with BOOK MARKET」として下北沢で年末に開催されたが、出展社は全11社と規模は縮小された。2022年は3年振りの本格開催となり、過去最高の50ブース、56もの出展社が集まった。

主催のアノニマ・スタジオの安西純さんは「今年に入って(新型コロナウイルスの)感染者数が落ち着いた感じがあったので、ようやくできそうだなと思い動き始めました。しかし、不安な部分もあり、一番は出展社さんが集まるだろうかということでした。それがフタを開けてみたら過去最大規模。イベントスペースは通路の幅などの規定もあって、50ブースが限界だったので入りきらない分はお断りせざるを得ないぐらいでした」と語る。

開催決定後も不安はあったが、多くの人でにぎわう様子に安堵したと安西さん。

コロナ禍で増加!自費出版本へのニーズ

安西さんによると、初期のBOOK MARKETは料理本や実用書がメインだったが、現在は文芸書や人文系などを中心に増え、ジャンルは多岐に渡っているという。実際に「BOOK MARKET 2022」のブースには朝日出版社暮しの手帖社本の雑誌社など本好きや雑誌好きにはよく知られた出展社をはじめ、絵本専門店・ニジノ絵本屋や、神社・お寺・美術館などの“めぐりシリーズ” “歴史作法シリーズ”など企画内容が光るG.B.、デザイン書・ビジュアル書を中心に展開するパイ インターナショナル、カレーや料理に特化したイートミー出版、古来種野菜を広め種を守るための一環として本と野菜を販売するwarmerwarmerなど実に多彩。他のブースにも書店ではなかなか目にする機会が少ないインディペンデントマガジンが多数そろっていた。

思わず足がとまるG.B.の“歴史作法シリーズ”
イートミー出版のブースには主宰の水野仁輔さんが。「最初は市販のルーのカレーにスパイスを混ぜるといいですよ」とフランクに話してくれた。

その中で出版社とはやや異なる立ち位置なのが、第10回から参加しているという藤原印刷だ。名前の通り出版社ではなく、本業は印刷会社。ブースには書店では手に入らないような自費出版の本が並ぶ。これらは同社で印刷・製本したもので、藤原印刷の松房慶太さんによると「自費出版する方は営業までできないことが多いので、その悩みを解決しようということで、こういったイベントで代わりに販売をさせていただいています」という。

「手間暇と涙が詰まった……」と一点物の制作秘話を語る松房さん(右)。
自費出版が増えたここ10年で、企画から本づくりにかかわるようになったという。

「近年、自費出版へのニーズは確実に増えています。背景にはいろいろな要因がありますが、まずひとつはウェブの進化です。資金集めがクラウドファンディングなどでやりやすくなりましたし、ブログの内容などを残すために本にしたいと考える方もいます。写真家が自身の作品をまとめて写真集にするということもあります。コロナ禍ということもあって、自分で作るということをやり始めた人が増えました」(松房さん)

好きという気持ちが原動力のインディペンデントマガジン

一方で、個人が自費出版ではなく出版社そのものを作るというケースも。キルティは鹿児島・屋久島唯一にして、国本真治さんによる“ひとり出版社”。2018年に出版レーベル「Kilty BOOKS」立ち上げ、旅をテーマにした屋久島発のインディペンデントマガジン『サウンターマガジン』を2019年に発行し、現在まで計5号を出している。

国本さんはもともと大阪の編集プロダクションや東京の出版社勤務だったが、友人が移住した屋久島を訪れた際にその自然に魅せられて一家で移住。『サウンターマガジン』は好きな世界観を持つ人たちとつながりたいという思いから創刊されたという。

INFASパブリケーションズ時代は『WWD JAPAN』『STUDIO VOICE』などを担当する広告マネージャーとして活躍。

国本さんは「僕らのようなインディペンデントマガジンはどこもカツカツ。苦しいところの方が多いと思います。好きという気持ちがないと続かないでしょう」と現実を語る。国本さんによると、創刊号は2000部刷って直販だけでほぼ完売という見事なスタートダッシュができたそうだが、部数を倍増した第2号を出した2020年にコロナ禍が直撃。多くの書店が閉まり、大量の在庫を抱えた。しかし、そんな状況を救ったのがネット販売だった。アマゾンで初回納品3ケタが1日で完売し、1カ月で300冊以上を売り上げた。さらに第4号はその倍、第5号はそれ以上の数が売れたという。

また、国本さんは「東京で一番大きな書店に置いてもらっても数十部しか売れないときもありますが、地方の本好きな人たちが集まる書店だとその倍以上が売れることもあります」とマーケティングの難しさも明かす。「限られた部数を効率よく売ることも考えないといけません。直接手に取ってもらえる書店を大事にしたいという気持ちももちろんありますが、ネット販売も無視できない」とも。

「BOOK MARKETへは、『サウンターマガジン』を知らない人に興味を持ってもらいたいと思って参加を決めました。本に特化していない他のイベントにも参加したことはあるのですが、こういった本好きが集まるイベントはやはり反応も売れ行きも違います。お客さんに直接PRできることにも意義を感じます。来年も出展したいですね」(国本さん)

これまでインディペンデントマガジンを主に作ってきた「Kilty BOOKS」は、11月20日に初のノンフィクション『南洋のソングライン ―幻の屋久島古謡を追って』を刊行。“ひとり出版社”ならではのこだわりの詰まった一冊に仕上がっている。

紙の本に込めた“モノの価値”

面髙悠(おもたか ゆう)さんは2019年に妻と2人で京都を拠点に灯光舎を創業。「残る本を作ること」をモットーとしているという。ブースに並ぶ本は、小品の随筆や小説などをまとめたシリーズを中心に、シンプルなデザインながら紙質や色にこだわりを感じさせる本が並ぶ。

「弊社で出している本の中にはネットの青空文庫(※)で読める本もあります。だから中身だけを読みたかったら買わなくてもネットで読めてしまうんですが、あえて紙の本にすることで“モノの価値”みたいなのが生まれるのではないかと考えています。といっても、電子書籍を否定したいという気持ちは全くありません。ただ、紙の本にはまだ可能性があるなと思っているのと、モノの価値を、本作りを通して認識していける部分があるんです。それは、例えば本を持ったときに手から伝わる原始的な感覚というか。だから、まだもう少し紙の本というモノの価値を信じたいですね」(面髙さん)

※青空文庫:著作権保護期間終わった作品と、著者・訳者が許諾した作品を電子書籍化して無料で公開している電子図書館。

「細くても長く続けていければ」と面髙さん。

氾濫する情報の中に埋もれない無意味さを紙に

面髙さんが語る“モノの価値”を全く別の形で表現しているのがフリーペーパー『ナイスガイ』の橋本太郎さんだ。麓出版、ふみ虫舎らと展開する合同ブースに並ぶのは、2012年から発行し続けてきた『ナイスガイ』全13号分を再編集し、新企画も盛り込んだ120ページに及ぶ総集編としてまとめた『超ナイスガイ(SUPER NICEGUY)』。隣には1986年から続くという国民的人情映画シリーズ『おとっつぁん』のパンフレットも並ぶ。

本業はデザイナーだという橋本さんが中心となって作った一連の本は、実は全てフィクション。「『超ナイスガイ』は“全ページ無駄”というコンセプトです。有益な情報は一切発信していません。今の時代、情報が氾濫していますよね。そこに埋もれないために無駄な情報だけで構成しました。『おとっつぁん』もそんな映画は存在しません」(橋本さん)

インパクト重視のデザインと、これまた意味の無い閉店セールののぼりが目立つ「ナイスガイ」ブース。会場で最も目立っていた。

橋本さんによると本の内容に意味が無いので広告の付きようがなく、フリーペーパー『ナイスガイ』の製作費は全て自費。『超ナイスガイ』としてまとめたのも「特に好評でもないが、たまったからまとめた」だけだという。しかし、その内容は架空と虚構に満ちているのに、そのユーモアやパロディ性はどこか真実味を帯びており、「もしかして、どこかにこんな世界があるのでは」と感じさせる。本来価値の無い情報に価値を見出してしまう、これもまた紙の本から伝わる原始的な感覚がもたらすモノの価値と言えるかもしれない。

出版業界を再び盛り上げるのはネットか紙か

出版不況が叫ばれるようになって久しいが、近年では出版業界の売上 に変化が起きている。出版業界の調査・研究を行っている公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所によると2021年の出版市場規模は前年比3.6%増の1兆6742億円と3年連続でプラス成長。

売上を大きく引っ張っているのは前年比18.6%増の4662億円となった電子出版だ。紙雑誌は同5.4%減の5276億円と厳しい状況だが、紙書籍は同2.1%増の6804億円と15年振りに増加に転じた。好調なのは児童書、文芸書、中学生向け参考書、語学・資格書などがコロナ禍での巣ごもり需要も影響しプラス成長となっている。

一連の数字を見ると、電子書籍の割合は今後も増えていきそうだが、じっくりと読まれるような紙書籍もまだまだニーズはあるとも考えられる。「BOOK MARKET 2022」で見えてきたのは個人が本を作るための敷居が低くなってきたこと、情報に価値を置き消費する時代から長く手元に残しておきたいモノの価値が重視されつつあるということだ。

本を求める人たちにとってもリアルなイベント「BOOK MARKET」で著者や編集者と出会い、直接購入することで、その本のモノの価値が高まる要因になっているのではないかと感じた。それは便利な電子書籍とはまた違った魅力と言えるかもしれない。

アノニマ・スタジオの安西さんもイベントについて「書店だけじゃなく、本や制作者と出会う場所や機会をできるだけたくさん作りたいという思いで、これからも毎年続けていきたいです」と意義を語った。

「BOOK MARKET」は来年の開催もすでに決定。2023年は7月15日(土)・16日(日)に今年と同じ浅草・台東館(東京都台東区花川戸2-6-5)で開催される予定。