「出口戦略」のババをひくのは誰? 本格化する次期日銀総裁・副総裁人事

2022.12.6

経済

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「出口戦略」のババをひくのは誰? 本格化する次期日銀総裁・副総裁人事

次期日銀総裁といわれる雨宮正佳氏(副総裁就任時、2018年3月20日) 写真:ロイター/アフロ

2023年4月に任期を迎える日銀の黒田東彦総裁の後任人事が本格的に動き出した。本命は副総裁の雨宮正佳氏の総裁昇格だが、その前に立ちはだかるのがほかでもない黒田総裁その人で。黒田氏と雨宮氏は金融緩和の解除時期をめぐる確執から一時、口もきかないほど関係が悪化したとされる。また、今回の人事では副総裁人事も焦点となる。女性エコノミストの起用がささやかれており、支持率が低迷する岸田文雄首相の浮揚策となるか注目される。

日銀プロパーの狙いは“雨宮氏を次期総裁に”

2023年4月8日に任期を迎える日銀の黒田東彦総裁の後任人事にがぜん注目が集まっている日米の金融政策の違いから円が対ドルで乱高下するなか、ひたすら消費者物価2%に固執し、金融緩和を続ける黒田総裁に対する批判はピークに達しつつある。日銀がこのまま過度の為替変動を放置するなら、黒田総裁の任期前辞任の可能性も棄てきれない。

その問題となる後任人事だが、「本命は副総裁の雨宮氏の昇格だろう」(市場関係者)というのがマーケットの共通認識だ。雨宮氏は若い頃から一貫して企画畑で育ち、エリート街道まっしぐらで副総裁まで上り詰めた逸材だ。「酒は飲めないが付き合いは良い」(メガバンク幹部)という人間臭い一面も。

だが、副総裁になるまでは紆余曲折もあった。例えば、雨宮氏は2012年5月に、本来であれば上がりポストの大阪支店長に就いた経緯がある。異例の人事に政界の風雲児的存在だった橋下徹大阪市長(当時)を懐柔するための布石との見方も浮上したが、実際は、「当時、ポスト白川方明総裁をめぐる政治の圧力もあり、日銀内部では伝統的な金融政策を重視する派とそううでない派とが反目していた。この混乱に巻き込まれ将来の総裁候補の雨宮氏が失脚してはならないと、大阪支店に一時疎開させた。企画畑一筋の雨宮氏は家庭の都合もあり地方の支店長を経験していなかったので大阪行きもいいのではないかとなった」(日銀関係者)という。一年後、雨宮氏は黒田総裁の就任に合わせ大阪支店から本店に呼び戻され、再び企画担当に復帰した。

だが、その後も金融政策をめぐる日銀内部の対立は現在も続いている。雨宮副総裁は表面的には黒田総裁を支えているものの、「本質は伝統的な金融政策を支持する日銀マン」(先の日銀OB)と見られる。若い頃、旧大蔵省にも出向経験もあり政府とのパイプも太い。“雨宮氏を次期総裁に” ――。日銀プロパーの狙いはここにある。

著書がよく読まれていると噂の中曽氏

本命は雨宮氏で揺るぎないが、有力な対抗馬も存在する。前日銀副総裁の中曽宏氏(東大大学院経済学研究科金融教育センター特任教授、大和総研理事長)だ。その中曽氏が著した『最後の防衛線 危機と日本銀行』(日経BP日本経済新聞出版刊)が金融界で密に読まれている。今年5月中旬に発売されたばかりで、税込4620円もする大著だが、「現在に通じる内容に引き込まれる」(メガバンク幹部)と評価されている。

本の表題が示すように内容は、1990年代の日本の金融危機と、2008年のリーマンブラザーズの破綻を挟む国際金融危機の最前線で指揮を執った前日銀副総裁が明かす戦いの記録だ。特に著書の第Ⅲ部では、白川方明前総裁の下で開始された各種の臨時異例の金融政策が、現在の黒田東彦総裁の下でどのような変化を遂げていったかについて振り返っている。まさに今に通じるテーマだ。

この中曽氏の著書が金融界でよく読まれている理由について、メガバンク野幹部は、「中曽氏は来年4月に任期を終える黒田総裁の有力後任候補として取り沙汰されている。中曽氏の考え方を知るためには是非、読んでおこうと思った」というのだ。

みずほ銀行がマイナス金利を被る理由

ただ、中曽、雨宮の両氏のいずれが次期総裁についても、待っているのは黒田総裁が10年近く続けてきた異次元緩和の後始末であり、「出口戦略」という名の“ババ”をひく役回りだ。

今夏、そのババの一端が露呈した。みずほ銀行が日銀に預けている当座預金に初めてマイナス金利が適用されたのだ。メガバンクなど大手銀行はマイナス金利の適用を避けるため、有り余る預金を市場運用することで微々たる利鞘を稼いでいたが、それも日銀のコロナオペ等による金利抑制で逆鞘となるなか、マイナス金利の適用を覚悟して当座預金にブタ積みしたという構図だ。

しかし、このマイナス金利の適用でみずほ銀が被る負担は7000万円ぽっちの微々たる金額だ。それをあえてマイナス金利適用と喧伝する背景には、メガバンクによる次の日銀総裁人事への無言の圧力があると市場関係者はみている。

メガバンクへのマイナス金利の適用は今年1月、三菱UFJ銀行が6年ぶりにマイナス金利の適用を受けたのが始まりだ。それから10カ月がたっても日銀がマイナス金利を解除する兆しは見えない。黒田東彦総裁が頑として金融緩和の解除に首を縦に振らないためだ。このため「金融緩和の転換、いわゆる出口戦略へ移行したとする日銀事務方と総裁の間に一時隙間風が吹いた」(日銀関係者)とされる。とくに日銀プロパーの雨宮副総裁の思いは複雑だろう。

繰り返しになるが雨宮氏は次期総裁の最有力視されている。「次期総裁の指名者である岸田首相は財務省と気脈を通じている。雨宮氏はその財務省と良好な関係にあり、次期総裁候補として有力視されている。副総裁には女性活用を意識して翁百合氏(日本総研理事長)の起用が有力だ。黒田総裁の後ろ盾となってきた安倍元首相が凶弾に倒れた今、大規模な金融緩和からの転換は時間の問題だろう」(市場関係者)とされる。

メガバンクなど銀行は金利の世界で生きている。その金利がなきに等しい異次元緩和がこれ以上続いてはたまらない。この思いは日銀の事務方も同じ。金融調節の本丸は金利の上げ下げにあることは確かだ。メガバンクがあえてマイナス金利の適用を選択するのは、雨宮総裁を早く実現してほしいというシグナルにほかならない。

日銀審議委員の力関係に変化

政策変更のシグナルはすでに出始めている。7月の2人の日銀政策委員会審議委員人事だ。金融緩和に積極的な「リフレ派」の急先方と目されてきた片岡剛士氏と、三菱UFJ銀行出身でマイナス金利政策に否定的であった鈴木人司氏の両審議員が7月23日に任期満了となり、その後任にそれぞれ岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長の高田創氏と三井住友銀行上席顧問の田村直樹氏が就任した。

高田氏は元日本興業銀行(現みずほ銀行)出身で、みずほ総合研究所副理事長(エコノミスト)として日本の財政問題に対する危機意識を発信してきた。「国債暴落」や「異次元緩和脱出 出口戦略のシミュレーション」などの著書もある。

また、田村氏は三井住友銀行で中核の経営企画部やリテール部門の統括などを務めてきた。銀行業務の実務に精通したバンカーだ。新しい審議委員はともにメガバンク出身で、リフレ派とは一線を画する、財政規律派と見ていい。

日銀審議委員は日銀の政策決定を行う重要ポストで、黒田東彦総裁をはじめ9人で構成される。審議委員のうち、これまで若田部昌澄副総裁(早稲田大学教授)、片岡剛士氏(三菱UFJリサーチコンサルティング上席主任研究員)、安達誠司審議委員(丸三証券調査部長)、野口旭氏(専修大経済学部教授)の4人は明確なリフレ派で、黒田総裁と雨宮正佳副総裁は金融緩和が好ましいとするハト派であることから、大規模金融緩和が維持されてきた。しかし、高田、田村の加入・交代で審議委員の力関係が変化する可能性がある。

特に、高田氏はみずほ総研時代に筆者の取材に対して、日本の国債が値崩れせずに消化されているのは、「他国の国債と違い、日本国債はそのほぼすべてを国内で消化されているからであり、その中心に日銀の大量購入がある」と語っていた。その上で「比喩的に表現すれば夫(国)が妻(国民)から借金しているようなものだからだが、夫の浪費に妻が愛想をつかす日が近いかも知れない」とも指摘していた。高田氏は審議委員就任直前に自民党の会合に呼ばれ、国債の「Xデー」について講演を行っている。

7月25日に日銀本店で開かれた就任会見で両氏とも言及したのは、マイナス金利政策の功罪だった。高田氏は「金融機関の収益に影響がある一方、物価や経済の改善を促した」と指摘。村田氏は「効果と副作用をチェックして政策を続けるか考えてほしいと言ってきた。今後は日銀の立場としてみていきたい」と語った。

来年春には黒田東彦総裁と2人の副総裁も交代する。残り4カ月を切ろうとするなか、後任総裁・副総裁人事が本格的に動き出すとみられる。日銀の政策変更が予感される。