ロシアのウクライナ侵攻で幕開けした2022年は、エネルギー、穀物価格を起因に世界的なインフレが嵩じ、その封じ込めもありFRBなど欧米の中央銀行は金融引き締めに転じた。同時に中国のゼロコロナ政策が世界経済の重しとなった一年であった。
ウクライナ侵攻の後遺症はいずれ跳ね返ってくる
2022年はまず2月末のロシアによるウクライナ侵攻に塗り尽くされた1年であった。「ウクライナ侵攻前」と「ウクライナ侵攻後」とで世界経済は一変した。それほど侵攻は突然であり、常識を逸するものであった。ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ東部の独立国家承認と、NATO(北大西洋条約機構)の脅威増大を大義として侵攻を正当化するが、世界の常識からかけ離れた理屈であり、自国のエゴで隣国を侵攻していいということであれば、世界秩序は崩壊する。到底容認できるものではない。
ウクライナ侵攻を受け、日本を含む欧米諸国はロシアへの制裁に乗り出し、ロシアからの輸入に厳しい制限をかけた。事実上の経済封鎖を意図したものだ。同時に国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの複数の銀行を排除し、アメリカはロシア中銀の在米資産を凍結、ルーブル防衛に外貨準備が利用できないよう制裁を課した。外貨準備に係るIMFの引き出し権も封じられた。仮想通貨も封じられ、タックスヘイブン(租税回避地)に置かれたプーチン氏やプーチン氏を支えるオリガルヒ(新興財閥)の海外資産も凍結の憂き目にあっている。
だが、制裁には中国という抜け道が存在した。中国の中央銀行である中国人民銀行とロシア中銀は1500億元(約2兆7400億円)規模の通貨スワップ協定を結んでおり、中国が金融面でロシアを支えた。その際、「ロシア中銀産出する原油や天然ガス、保有する金は有効な担保になっている」(市場関係者)とされる。中国はロシアのウクライナ侵攻に明確な批判を避けており、ロシアから安価な原油、天然ガスの購入を行っていると伝えられる。また、インドもロシアから武器の輸入の7割を頼っており、原油を安く購入するなどロシアの外貨獲得を手助けしている。
ロシアのウクライナ侵攻は当初こそ勢いがあったが、長期化するにつれてウクライナ軍の反攻が勢いを増している。ロシアが一方的に併合を宣言した東部5州についてもウクライナが奪還しつつある。このまま戦争が長期化すれば、プーチン氏は2024年の大統領選で再選されるかどうかは不透明だ。ウクライナ侵攻の後遺症はいずれロシアの国内経済に跳ね返ってくる。
FRBの利上げと異次元金融緩和の修正
ロシアのウクライナ侵攻とともに2022年の世界経済の潮流を決定付けた2つ目の要素はFRB(米連邦準備理事会)による急速な利上げであろう。FRBは3月にそれまでのゼロ金利政策を解除して以降、矢継ぎ早に金利を引き上げている。6月から4会合連続で、通常利上げ幅の3倍にあたる0.75%の利上げを行い、インフレの封じ込めを急いだ。さすがに景気への配慮から12月14日のFOMC(米連邦公開市場委員会)で利上げ幅を0.5%に縮めたものの、3月からの利上げ幅は計4%を超え、政策金利は4.25~4.5%まで上昇している。
FRBの連続利上げにかかわらず、アメリカの11月の消費者物価上昇率は7.1%と依然として高水準で、労働需給もタイトで賃金上昇を背景にした物価上昇圧力は強い。FRBの最終利上げ到達点は5.1%に引き上げられており、パウエルFRB議長は2023年度中の「利上げ打ち止め」に否定的な見方を示している。
基軸通貨である米ドルを司るFRBの利上げは、世界のマネーフローを大きく変化させた。それまでの世界的な金融緩和で新興国に流入した大量のマネーは、FRBの利上げとともにアメリカに還流し始め、世界経済を冷やしている。
日本もその埒外ではない。日米の金利差に起因する円安進行もその一つだ。3月初めまで1ドル=115円程度で安定していた円相場は秋には140円台まで下落した。半年間で30円も円安進行に前に政府はついに9月22日に約24年ぶりの円買い・ドル売り介入に踏み切った。にもかかわらず輸入物価の急騰もあり、10月の消費者物価(生鮮食料品を除く)上昇率は3.6%まで高まっている。
円安進行と輸入物価の急騰に消費者は危機感を強めている。そうした声は政治の場にも持ち込まれた。政府は2013年に日銀と結んだ政策連携に関する共同声明(アコード)の見直しに着手。日銀は12月19~20日の金融政策決定会合で大規模金融緩和の修正に動いた。長期金利の変動許容幅を従来の0.25%程度から0.5%程度に広げるもので、実質的な利上げに等しい。黒田東彦総裁の任期満了を来年4月に控え、まさにアベノミクスの象徴だった異次元緩和は転換点を迎えた。
黒田総裁が10年近くにわたり推し進めてきた「異次元緩和」はいわば日本経済を舞台にした「壮大な実験」だったが、その実験の成否はいずれ歴史が証明しよう。
また、FRBの利上げの影響は、11月に仮想通貨交換業大手のFTXトレーディングの経営破綻に波及したことも特筆に値する。負債総額は7兆円規模にのぼると見られており、仮想通貨業界では過去最大の経営破綻だ。
コロナ禍を受けた世界の中央銀行による大規模金融緩和や巨額な財政出動により、市中にばら撒かれた大量のマネーが、仮想通貨に流れ込み「仮想通貨バブル」が生じていたことは確かだ。FTXの破綻は起こるべくして起こったバブルの崩壊を意味する。
ゼロコロナ政策で中国の経済成長失速
2022年の世界経済を象徴する3つ目の要素は、中国のゼロコロナ政策であり、いまや世界第2位のGDPを誇る中国の経済成長を失速させている。
中国ではゼロコロナ政策で景気が落ち込むなか、財政と金融が同時に悪化する悪循環に陥っている。そのツケは最終的に銀行のバランスシートに回る。特に不動産融資の焦げ付きは最大の懸念材料だ。
中国の銀行の不動産融資残高は融資全体の21~22%を占める。バブル期に日本の銀行が投じた不動産融資の割合をも上回る水準だ。なかでも地方の中小銀行による不動産融資の割合は高く、その多くがいま不良債権化しつつある。「経営危機に瀕している中国恒大集団に象徴されるように、不動産開発企業が身の丈を超える負債を膨らませて過剰な新規物件を供給し、銀行は当該開発企業向け融資と物件購入のための住宅ローンでバランスシートを拡大させて行った。そのバブルが逆回転し始めている」(中国ウォッチャー)という構図だ。
この危機を封じるために中国政府は中小銀行に3200億元(約6兆3000億円)の公的資金を注入することを決めた。2020~21年に投じた2100億元(約9兆6000億円)に続く第2弾の資本注入だ。これで事態が収束するとは誰も思っていない。預金の取り付け騒ぎはそうした庶民の危機意識を表している。
7月には河北省で預金取り付け騒ぎが起こった。もともとは4月下旬から河南省の4つの銀行が預金の払い出しを停止していたのだが、その理由について「システムのバージョンアップのため」と説明していたのだが、いつまでたっても払い戻しは再開されないばかりか、事実上の店舗閉鎖状態となったことに預金者の怒りが爆発、大規模な抗議デモとなったものだ。この事態を重く見た中国政府は7月11日に預金者向けの救済策を発表し、同15日から政府が預金支払いの肩代わりを開始した。ただ、肩代わりはまず5万元(約100万円)以下の預金に限られ、それ以上はこれからということで不安は完全には払拭されていない。
預金取り付け騒ぎとなった4行は「村鎮銀行」と呼ばれる農村部の金融ニーズに応えるために設立された小規模な地域金融機関で、中国銀行業協会によると、2019年末時点で全国に1630行あり、資産の合計額は1兆6900億元に達する。4行の取り付け騒ぎが他の村鎮銀行の信用不安に飛び火すれば、全国的な社会不安を惹起しかねないため政府が肩代わりすることで封じ込めを図ったわけだ。払い戻しに投じる資金は8000億円にも上ると見られている。
中国の債務膨張は金融機関のみならず、国全体に及んでいる。国際決済銀行(BIS)が12月5日に公表した中国の金融機関を除く債務残高は6月末時点で、51兆8744億円(約7100兆円)で、国内総生産(GDP)の295%の規模にまで膨らんでいる。同水準は日本初の金融危機が懸念された1998年の日本の水準(296%)にほぼ匹敵する。最大の要因は感染力の強い変異型のオミクロン株が蔓延し、上海など主要都市がロックダウン(都市封鎖)に追い込まれたことにある。新型コロナウイルスを徹底的に封じ込める「ゼロコロナ政策」による景気の悪化だ。
11月~12月にゼロコロナ政策に対する大規模な抗議デモが中国各地で頻発したことを受け、習近平国家主席はゼロコロナ政策の一部緩和に踏み込んだが、足元ではコロナ感染が再拡大する兆しがあり、予断を許さない。
2023年はどういう世界の風景になるのか。ロシアのウクライナ侵攻の終結とFRBの利上げ打ち止め、中国のコロナ禍からの脱却が期待されるのだが……。