アベノミクスによってデフレ脱却を目指す今、消費税増税の影響もあって世間の消費動向はまだ低調気味。小売業界と人材サービス業界の雄2人と尊徳編集長が、”爆買い”が話題となった外国人観光客対策と、今後の日本が仕掛けるべき海外展開を語った。
海外にある需要の重要性
尊徳 2014年4月の消費税増税から個人消費が伸び悩んでいる印象ですが、これは一時的な景況感なのか、それとも構造的なものからきているのでしょうか。
大西 今現在、消費の最終的な数字は悪くありませんが、内訳を見ると中間層の購買力が落ちています。百貨店ではその分、富裕層の方々が宝飾品や時計に限らず、比較的高価格帯の商品を購入していただいて、帳尻が合っているという状況です。
安井 ここ数年、小売業ではデフレ経済の進展により価格を下げて安く販売する傾向にありましたが、アベノミクスによりインフレ傾向が強まり、適正価格での販売に傾き始めた矢先での消費税増税で、個人消費の勢いが弱まったことは確かだと思います。
尊徳 価値観の変化も含め、消費の変化には複合的な構造の問題があるということですね。
大西 私たち三越伊勢丹は、商品の価値をきちんとお客さまにお伝えできれば買っていただけると考え、デフレでも価格を落とさずにやってきました。
尊徳 時間が経てば消費が戻ってくるというお考えですか?
大西 簡単には戻らないと思います。株価上昇とともにマンションの価格も上がったように、良いものは確実に売れるのですが、最終的には中間層がどう動くかに左右されるでしょうね。
尊徳 いわゆる資産効果ですね。僕は金融緩和だけでは副作用も強く、本当の景気回復にはつながらないと思っています。とはいえ、株価が上昇して景況感が上がっているのも事実。国内では、構造的な変化で価値観も変わり、小売りも業態の変化や淘汰が起こると思います。そこでやはり外国人観光客(インバウンド)、海外展開(アウトバウンド)の重要性が挙げられます。
尊徳編集長(左)・安井社長(中)・大西社長(右)
外国人が求めるものを誤解する日本人
大西 三越銀座店の外国人観光客による売上は全体の10%以上を占めている状況で、婦人や食品に匹敵するようなひとつの大分類となっています。インバウンド対策として、2015年秋のオープンに向け、消費税と関税が免税される「市中免税店」の計画を進めています。やはり今後、国内人口が減っていくなかで、インバウンドのお客様は大切にしかなくてはいけない。ただ、例えばパリのホテルやブティックのようにお客さまの50%以上が外国人となると目指す方向とは少し異なってしまうように感じます。
尊徳 販売するほうも買うほうも、リアルじゃなくなってしまいますね。外国人は日本の本当の姿を知りたいはずですから。
安井 外国人客へのおもてなしが変な方向に行ってしまっている施設もあるようです。ホテルで年中ひな人形を飾っているとか。
尊徳 安井さんは、アウトバウンドをすでに経験されていますね。
安井 中国で現地法人を設け、日本のおもてなしを伝えようと販売、サービスの教育、マーケティングの請負まで手掛けました。しかし、言語、文化が違う異国の商文化を乗り越えるのは、予想以上に難しかった。買い物というのはその国の文化・生活習慣そのものということを痛感させられました。
尊徳 日本のおもてなしをそのまま海外でやればいいということでもない、と。
大西 もちろん日本文化の一つとして強調すればプラスに働くと思いますが、同じようなおもてなしができるとは限りませんよね。
尊徳 それができれば付加価値がつきますね。
大西 おもてなしされて嫌な人はいませんからね。2015年秋にリモデルオープンするマレーシアの店舗でも、日本と同様のおもてなしをもった接客販売を実現したいと考えています。
安井 その国に合うホスピタリティが必要ということですね。
異国の商文化を乗り越えるのは想像以上に難しい(安井)
“おもてなし”で宿敵Amazonに対抗
尊徳 リアルな接客とは一線を画すAmazonなどオンラインショップ(EC)の存在も非常に大きくなってきています。
大西 アメリカでは小売業の3割をECが占め、日本でもすでに10%超。今後さらに伸びていくなかで、私どもも百貨店ECに取り組んでいます。しかし、接客しておもてなしするという”価値”は、今後も重要なファクターであり続けるはずです。
安井 プロダクト次第だと思います。電化製品など耐久消費財を扱う小売業態は、価格比較が容易なため、ECの対象になりやすい。一方、百貨店など一期一会のプロダクトを扱う業態は品揃えなどにより差別化もでき、強みも発揮できる。店舗の”ショールーム化”なんて言葉も生まれていますが、逆の状況も発生していて、一概には言えません。ブランド力と信用があって、リアルな店舗を持つ企業が運営するECサイトが強みを増しているように感じます。
海外でも日本と同じくらいの販売接客を目指したい(大西)
“欲のない世代”のニーズはどこに?
尊徳 こうした流れのなかで、いずれは消費の核となる若年層の取り込みについて、どうお考えでしょうか。よく、”欲がまったくない世代”だなんて言われたりしていますが。
大西 彼らはわれわれと違って、生まれたときからデフレの社会で育っています。将来に対する不安がたくさんあって積極的な消費が起こっていませんが、ずっと続くわけでもない。けれど感性は敏感だし、新しいことに対しての執着心は強く持っていて、エネルギーを感じる人もたくさんいます。だから、彼らが何に興味を持っているのかというマーケティングが必要で、それをしっかり取り込んでいかなくてはなりません。
尊徳 マーケティングとは、具体的にどのような?
大西 例えば若い人たちの間で流行っているレストランやカフェに一人で行って、彼らと話すというようなこともあります。
安井 私も若い世代の衣料品フロアに行ってみたり、たまに女性誌を読んだりして感性を磨く努力をしています。今はパラダイムシフトの時代。創意工夫によって成功できる時代です。売場では基本を大事にしながらも、敏感に時代のニーズを捉え、アイデア等出し合い「イノベーションを起こす」というスピリットを持ってほしいんです。
尊徳 若い世代の消費購買力の弱さについてさまざまな意見がありますが、われわれの世代と若い世代とでは、関心の対象や価値観が変わったことを認識しなくてはならない。彼らなりの価値観やニーズをきちんとマーケティングして、業態を変化させていけば、中間層の購買力を上げることも不可能ではなくなるかもしれませんね。