米露間の緊張が、近い将来に解決する可能性がまったくない状況であるにもかかわらず、米露両方に良い顔をし”コウモリ外交”を行う日本。そんな日本の姿勢を見抜くロシアの目は冷ややかだ。こんなことでは、ロシアは日本に対してますます硬化し、北方領土問題解決は遠のいていくだろう。
冷え込んだままの日露関係
日露外交が迷走している。安倍晋三首相は、ロシアのプーチン大統領の年内訪日を調整していたが、2015年10月中旬についに延期を余儀なくされた。
<日ロ両国は、年内実現を目指してきたロシアのプーチン大統領訪日を年明け以降に延期する方針を固めた。ロシア側が北方領土問題で強硬姿勢を崩さないうえ、ウクライナ問題も重なり、会談の環境整備に時間がかかると日本側が判断したことが背景にある。/今年中のプーチン氏訪日は、昨年11月の安倍晋三首相とプーチン氏との首脳会談での合意事項だった。だが、日ロ関係は冷え込んだままだ。ウクライナ問題で日本が対ロ制裁を科す一方、メドベージェフ首相らロシア閣僚が続々と北方領土を訪問した。/安倍首相はなおプーチン氏の年内訪日に意欲を見せ、今年9月の国連総会の際にプーチン氏と会談した際にも年内訪日へ調整することで合意した。だが、今月8日の日ロ外務次官級協議でも北方領土問題は平行線をたどり、日本政府関係者は14日、「年内訪日はないというのがおおかたの見方だ」と語った。>(10月15日「朝日新聞デジタル」)
米露の間を飛び回る日本の”コウモリ外交”
ウクライナ問題、シリア問題をめぐる米露間の緊張が、近い将来に解消する可能性がまったくない状況であるにもかかわらず、安倍政権は、米国に対して「日本もG7の一員として対露制裁を行います」と言いながら、ロシアに対しては「お付き合いで一応制裁には加わっていますが、ロシアに本質的な打撃を与えるようなことはしていないので、今後も仲良くしていきましょう」と呼びかけるという”コウモリ外交”を展開していた。
ウクライナ問題だけならば、つじつま合わせができたかもしれない。しかし、ロシアがシリアのアサド政権の要請に答えて本格的な軍事介入を行って以後、コウモリ外交は不可能になった。ロシアには、「1人の人が同時に2つの椅子に座ることはできない」ということわざがある。米露の緊張が増すなかで、客観的に見て、日本は米国という椅子に座っている。それにもかかわらず、ロシアという椅子にも座る素振りを示していることに対して、ロシアは冷ややかに眺めている。
こんな外交を続けていたら、プーチン大統領を含むロシアの政治エリートの信任を失うことが確実なことくらい、ロシア人の心理を熟知する「ロシア・スクール」(外務省でロシア語を研修し、日露外交に従事する外交官の語学閥)の外交官にわからないはずがない。なぜ首相官邸に、「わが国がウクライナ問題で対露制裁に加わり、シリア問題で米国を支持している限り、ロシアは態度を硬化させるので、北方領土交渉が進展する可能性はありません」という見立てを正直に伝えないのだろうか。理解に苦しむ。
「ロシア・スクール」の能力低下が露見した
2015年9月28日午後(日本時間29日未明)、米国ニューヨークの国連本部において、安倍晋三首相は、ロシアのプーチン大統領と約40分間、会談した。この会談で、プーチン大統領の側から、「北方領土問題」という言葉がひと言も出なかったことが注目される。
日露次官級協議で北方領土交渉を担当するモルグロフ外務次官は、”クリル諸島(北方四島と千島列島に対するロシア側の呼称)は、70年前、すなわち第二次世界大戦の戦後処理の過程で合法的にロシアに移転しており、日露間に領土問題は存在しない”という立場を取っている。ラブロフ外相もこの見解を踏襲している。
1970年代末から80年代初頭、ソ連のブレジネフ書記長、グロムイコ外相は、北方四島がソ連に帰属することを日本が認め、根室半島と歯舞群島との間に国境線を画定して平和条約を締結するという立場を主張していた。ロシアの北方領土問題に対するスタンスは、冷戦時代のソ連に回帰しているのだ。
今回の首脳会談では、安倍首相が直接、プーチン大統領に「平和条約交渉に北方領土をめぐる領土係争の問題が含まれているという日露間の合意に変化はありませんね」と念押しし、プーチン大統領から「ダー(然り)」という回答を引き出す必要があった。しかし、日本側がそのような努力をした形跡がまったくない。「ロシア・スクール」の外交官が、明確な外交戦略を持っていたならば、このようなとんちんかんな首脳会談は行われなかったはず。この過程で露見したのが、「ロシア・スクール」の能力低下だ。
現状の日露首脳会談では領土問題は解決しない
2016年前半のプーチン訪日も、米露関係が改善しない限り不可能だと思う。今後、ロシアは、北方四島周辺での日本漁船に対する規制を強化し、北方領土問題についても「すでに解決済みである」という強硬な態度を取るであろう。安倍首相とプーチン大統領の首脳会談で領土問題が一気に解決するという希望的観測は、間違いだ。
どちらにもいい顔はできない
日本にとって、対中国のこともあり、ロシアとの関係強化は欠かせないだろう。しかし、欧米とロシアの関係がここまでこじれている以上、両方にいい顔をするというのは確かに虫のいい話だと思う。プーチン大統領が訪日をすることによって、ロシアにとってのメリットが見出せない以上、簡単に訪日をするとは僕も思えない。ロシアは訪日問題を引き伸ばしながら、日本を対欧米外交に最大限利用するに違いない。
しかも、北方領土はロシアの日本に対しての切り札でもある。領土問題は、基本的に第3国は不可侵で、2国間で解決するものだ。歴史的にどちらのものか曖昧な領土で、実質支配しているものを簡単に引き渡すようなお人好しな国など有り得ない。
男女間でも同じだが、こちらにいい顔をしながら、あちらとも付き合っていきたいという都合のいいことは成り立たないだろう。アメリカとは同盟関係がある以上、日本も腹を決めて、これからロシアへの強硬姿勢を取ってみるというのはどうだろうか?