【対話】向かい合って話し合うこと。また、その話。(デジタル大辞泉)
挑発を繰り返す北朝鮮・金正恩氏の目的は、アメリカから自国を守る譲歩を引き出すことだ。それには国と国とが接触する外交としての”対話”が不可欠。しかし、2国間には核兵器やミサイル問題が横たわる。誰かが仲介しなければ実現は難しい。
身内を殺す国家元首と対話などできるのか
2013年、金正恩(キム・ジョンウン)氏の叔父で後見人の張成沢(チャン・ソンテク)元国防委員長が、反革命の罪で公開処刑された一件には、「親族も信じられないほど危機的状況なのか」と世界も驚愕した。
しかし、日本の戦国時代などはむしろ地縁・血縁の殺し合いであり、名だたる武将すべてが狂人だったわけではない。ある意味、肉親だからこそ裏切られた際の憎悪は他人以上に大きい、ともいえるだろう。
歴史をひも解けば、国民を大虐殺した独裁者は数多い。例えば旧ソ連のスターリン首相は50万~700万人を粛清したといわれ、悪名高きドイツのヒトラー総統は約600万人ものユダヤ人を殺害、カンボジアのポルポト政権も約200万人を死に追いやっている。
翻って”金王朝”だが、建国直後の混乱期にかなり大規模な粛清の嵐が吹いたものの、今の正恩体制が、あからさま、かつ計画的に国民を大量虐殺しているという事実はない(もっとも国民を餓死に追いやった罪は別だが)。これを考えれば、前述した指導者たちよりも、ある意味”まとも”と言えなくもない。
正恩氏にとって、最大の目標は「”金王朝”安泰の確実な保証」であり、核兵器開発はこれを達成するためのツールに過ぎない。このことは彼も先般ご承知のはずで、換言するなら米トランプ大統領が、この”保証”を確約さえすればいいわけだ。
ということで、十分対話は可能だろう。正恩氏が対話も不可能な輩なら、とっくに核ミサイルのボタンを押しているはずだし。
最大の同盟国・中国は意外と動けない
では、米朝が対話するためのキー国はどこか。
まずは中国が挙げられる。何だかんだ言っても北朝鮮にとって唯一の”後ろ盾”であり、最大の同盟国だからだ。しかし、最近は北朝鮮よりも経済的に豊かな韓国との関係を重視し、そのため金正恩氏は中国の言うことを聞こうとはしない。
また中国側も国際世論を気にしてか、北朝鮮との距離を徐々に置き始めている。”北”にとって主要な外貨獲得源である石炭の輸入をストップし、さらに中国から”北”への石油供給の停止も示唆し始めた。
4月28日には「再び核実験を行えば独自制裁を科す」とまで表明。独自制裁とは、おそらくはこの「石油供給停止」を指すのだろう。
こうした動きに対し北朝鮮は、ついに5月3日、国営の朝鮮中央通信を通じて、「中国は無謀な妄動がもたらす重大な結果について熟考すべき」と、名指しで批判。これは極めて異例どころか、おそらく前代未聞ではないだろうか。
ただ、こうした制裁が可能な中国は、裏を返せば金正恩体制と直接パイプを持ち、経済的にも決定的な圧力を加えられる世界唯一の国、ということでもある。このため、同国があらゆるチャンネルを動員して米朝両国の橋渡しに尽力するのは確かだ。
軍事衝突ともなれば、その火の子をまともに被るのは他ならぬ中国であり、数百万人とも予想される”北”の難民が旧満州地方に押し寄せる。
そればかりでなく、もし”金王朝”が崩壊し、米韓連合軍が北朝鮮を占領するような事態になれば、中国は今後彼らと直接対峙しなければならなくなる。そのための軍事的支出もバカにならず、それ以前に安全保障上も極めて問題だ。
ところが、中国の習近平政権は、外交的に大きく動けない状況にある。というのも、5年に一度開催される共産党の最大イベント「第19回党大会」を今年の秋に控えているからだ。
習主席は現在、江沢民元国家主席が首領となる「共産主義青年団派」(太子党=党幹部の子弟グループ)との間で激烈な権力闘争を演じており、党大会は最高指導部(政治局常務委員)の人事が刷新される場でもある。
3期目を目論む習主席としては、公約の「GDP成長6.5%必達」は最低死守ライン。万が一、米朝軍事衝突となれば、株価や為替相場が乱高下し、ただでさえ減速気味の経済にさらなる大きなダメージを与えかねない。
目下、習主席は反対派閥の封じ込めに成功している模様だが、こうなれは江沢民派に巻き返しのための格好の材料を与える結果となり、ヘタをすれば習氏は主席の座から引きずり降ろされる可能性すら否定できない。
“米朝交渉の仲介”はある意味劇薬だ。仮に交渉が決裂すれば、中国がかぶる損失は計り知れない。
かつての盟友・ロシアにとっては「干天の慈雨」?
ロシアのプーチン大統領が仲介に名乗りを挙げる可能性も少なくないだろう。
もともと旧ソ連は北朝鮮と軍事同盟である「ソ朝友好協力相互援助条約」を締結、冷戦時代は中国とともに”北”にとっての強力な後ろ盾だった歴史がある。しかしソ連崩壊後、事実上の継承国・ロシアは同条約を破棄、現在は同盟国より一段格下の友好国という関係だ。
ただ、”北”にとっては数少ない友好国のひとつに変わりはない。そこで、四面楚歌の状況にある現状を打破するために、金正恩氏がプーチン氏に水面下で仲裁の労を取ってもらえるようと打診してもおかしくはない。
ロシア大統領府
一方、プーチン政権にとっても今回の非常事態は、外交的に大きく得点を稼げる、「干天の慈雨」と映っている可能性が高い。
というもの、ウクライナ問題で欧米とギクシャクし、さらに、「親ロ派」と期待していたトランプ政権は、ロシアの同盟国シリアに対してまさかのミサイル攻撃を敢行、両国の関係も冷え切ったままだ。
そこで、プーチン大統領が橋渡しを買って出れば、アメリカとの関係修復にもつながり、また”北”に対する影響力アップにも直結する。もちろん、身動きが取れない状況にある中国・習近平体制にも”助け舟”となり、日本や韓国にも大きな貸しを作ることができる――。
これまで極東・アジアでの影響力に乏しかったロシアにとって、この地域でのプレゼンス(存在感)をアップさせる、またとないチャンスにもなるわけだ。
現に今年5月から、ロシアは同国のウラジオストクと北朝鮮北東部の羅先(ラソン)を結ぶ貨物船の定期航路をスタート。”北”の貨客船として名高いあの万景峰(マンギョンボン)号を同航路に投入するというサプライズも忘れなかった。
また、4月27日にモスクワで行なわれた安倍晋三首相とプーチン氏との首脳会談でも、米朝の”チキンレース”を止める方策について、かなり突っ込んだ話をしているはずだ。
もしかしたらトランプ大統領の”名代”よろしく、安倍首相がアメリカ側の本音と、プーチン大統領への仲介依頼を伝えた可能性もある。
仲介の労を買って出た? バチカンとノルウェー
北朝鮮とアメリカの対立が深まるなか、5月8、9日の2日間に、両国の外交担当者がノルウェーのオスロで非公式会議を行なった。しかも仲介の手を差し伸べたのが、バチカンのフランシスコ法王、との説がかなり有力視されている。
北朝鮮の最高権力者といえども、カトリック教会の最高指導者であるローマ法王が直接乗り出せばさすがにむげにはできないだろう。また、政治・外交的な中立性や、絶大な国際的な影響力を考えれば、これ以上の適任は存在しないかもしれない。
中立国でないノルウェーが舞台になっている点は不明だが、北欧諸国という誠実感・安定感というところだろうか。ちなみにノーベル各賞は隣国スウェーデンで授賞式が行なわれるが、唯一「平和賞」だけは、オスロで行なわれる。これを踏まえて勘ぐれば、「もし米朝が和解すれば、ノーベル平和賞がもらえますよ」と、トランプ、金正恩両氏に打診、という”超裏技”も、あながち絵空事とは言えないだろう。少々マッチポンプ感はあるが……。
ダークホースはスイスやキューバ
この他にも、正恩氏がかつて留学していた永世中立国のスイスや、”北”と長年にわたる盟友のキューバなどが可能性として考えられる。
特に後者は、半世紀以上にわたりアメリカと敵対、1962年にはキューバの後見人である旧ソ連とアメリカが核ミサイル配備をめぐり、核戦争直前にまで対立した「キューバ危機」の当事者だ。
しかも2016年にアメリカと56年ぶりに国交回復、似たような状況を潜ってきた”経験者”として、ある意味有力かもしれない。