事業価値2兆円超の半導体を分社化し、債務超過の回避を図る東芝。ただ、この危機を招いている元凶はウェスチングハウス(WH)にほかならない。買収は失敗だったと綱川智社長自らが認めながらも、原発事業撤退には重い枷がある実状と、それを断ち、”WH切り”へと向かう道筋を追う。
WHは巨大なブラックホール
「数字で見る限り、非常に……。(WHの買収は)正しい判断とは言いにくい」
2月14日、2016年4~12月期に原子力事業で7125億円もの減損損失を計上し、債務超過に陥ったと発表した東芝の綱川智社長は、06年のWH買収の責任を問われ、こう言い切った。そこにはWHを買収・推進した当時の西田厚聡、佐々木則夫の歴代社長への言いようのない口惜しさがにじんでいた。
東芝を存亡の危機に立たせている元凶はWHにほかならない。今年3月末の債務超過を回避するため、東芝は虎の子の半導体(NANDフラッシュメモリー事業)の経営権を手放すことも辞さない構えだ。だが、これで膿はすべて出し切ったと見る市場関係者は皆無といっていいだろう。
東芝にとってWHは”巨大なブラックホール”と化している。15年3月期の2476億円の損失と合わせ、この2年間に1兆円近い巨費がWHに吸い込まれた。
「一般的な買収では瑕疵担保条項やプットオプションを付けることで、買収後に顕在化するリスクを回避するものだが、東芝のWH買収やその子会社のS&W買収ではその形跡がない。魑魅魍魎の原発マフィアに喰い物にされたのが実態だろう」(市場関係者)と指摘される。
さらに、海外の原発建設で追加の損失が発生する可能性も残っており、「兆円規模の原発建設では、わずかな誤算で数千億単位の損失リスクがある」(メガバンク幹部)と懸念されている。WHは東芝を死に至らしめる時限爆弾なようなものだ。
にわかに浮上し始めた”WH切り”
しかし、現状、東芝がWHを売却することは容易ではない。東芝はWHに対して7934億円の親会社保証を行っているためだ。この保証がある限り現状の原発建設は継続していかねばならない。
東芝の親会社保証
WHがアメリカで展開するAP1000原子炉プロジェクトにおいて、完工できなかった場合、東芝はWHの親会社として、客先である電力会社に違約金として7934億円を支払う義務がある。(2月14日の会見資料、「海外原子力 主要案件の状況について」より)
また、福島第一原発事故を契機に、世界的に原発の安全基準が強化されるなか、採算面からWH買収に手を上げる先が簡単に現れるとは思えない。一部では中国やロシアの原子力企業がWHに関心を寄せているとの情報もあるが、国家安全保障の観点から企業買収を審査するアメリカの外国投資委員会が共産圏の原発事業買収を承認する可能性は低い。
だが、仮に東芝がWHとの関係を清算すれば活路は広がることは事実だ。
「日立製作所、三菱重工業、東芝の3社は核燃料事業統合を検討しており、原子炉製造を含む原子力事業の統合も視野に入っている。いわゆる日の丸原発構想だが、その際のネックが日立は米GE、三菱重工は仏アレバ、東芝はWHという外資との提携関係だった。東芝がWHと手を切れば統合構想が動き出す余地が生まれる」(メガバンク幹部)と見られている。
その”WH切り”がにわかに浮上し始めた。「WHについて出資比率の引き下げに加え、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用申請についても選択肢として検討している」(東芝関係者)というのだ。この東芝関係者によると、東芝内部では、「5つのシナリオが検討されている」という。
綱川社長は原発事業撤退も示唆
綱川社長は会見で、リスクの高い建設工事が伴う原発事業から撤退すると明言したが、既存案件については建設を続ける一方、今後については保守・点検、廃炉事業に特化して継続する意向を示した。しかし、東芝内部では、既存案件についても撤退する案やWHを法的整理する案も練られている。東芝本体が受注していた米テキサス州の原発事業から撤退することを決めたのも、この一環だ。
だが、法的整理には高い壁が存在する。先に挙げた東芝のWHに対する親会社保証や取引金融機関への影響が懸念されるためだ。
「法的整理により今後発生しうる潜在的な債務を切り離すことができる」(電力アナリスト)わけだが、WHの法的整理に伴い、受注している原発工事が完成できなかったとして、発注元の電力会社などから違約金の支払いを求められることは避けられない。8000億円近い親会社保証の履行も求められよう。また、WHに融資する金融機関は債権放棄を余儀なくされる。金融機関の同意を得られるかは未知数だ。
復活に向けた半導体事業の切り離し
東芝は2月24日の取締役で、4月1日付けで半導体事業を分社化し、新会社「東芝メモリ」を立ち上げることを決めた。会社分割の形で東芝本体にあるメモリー事業を継承させるもので、社長には半導体トップの成毛康雄副社長が就く。
「東芝メモリ」の事業価値は2兆円超と見積もられており、東芝は全株を外部資本に売却することも辞さない。東芝はすでに成長事業だった医療機器や白物家電を売却し、パソコンやテレビ事業も縮小している。さらに虎の子の半導体事業を売却すれば、残る事業で柱となるのは社会インフラくらいとなるが、半導体と原子力を手放しても東芝には4兆円の売上げは残る。
「昇降機や空調設備、照明、水処理システムなどの社会インフラ事業ほか、火力発電や変電設備といった原発以外のエネルギー、産業用蓄電池、そして、すべてのものがインターネットでつながるIoT関連事業もある。ここは一旦、事業を縮小して出直しを図るべきだ」(メガバンク幹部)と意見は強い。半導体事業の売却資金はまさに負の資産を切り、復活に向けた重要な”種銭”となる。
日本商工会議所の三村明夫会頭は2月16日の会見で、「東芝は日本の財産というべき企業。日本に残ることを考えてもらいたい」とエールを送った。東芝の危機はさらに深まるのか、それともWHから手を切り、復活に向け動きだすのか、市場は固唾を飲んで見守っている。
膿をすべて吐き出さなければ東芝に明日はない
経営に”想定外”は付きものだ。6年前の2011年3月11日に東日本大震災が起こり、特に日本国内では、原発への不信感が増大した。それは誰にも予想しえないことだったのだが、最悪の事態でも、それに対応していくのが経営者の務めでもある。
今の東芝の混乱を見る限り、結果的に、トップが経営判断の間違いを認めなかったために、泥沼に陥ってしまったようだ。次から次へと不祥事(?)が出てきて、まったくガバナンスが効いてない
虎の子の半導体事業の売却も検討しているようだが、存続したいのなら、それも致し方ないだろう。むしろもっとなりふり構わずにやらないと、このままでは潰れてしまうかもしれない。
東芝ほど大きくない会社であれば、債務超過に陥った時点で銀行の新規借り入れも中断され、貸し剥がしにあってもおかしくない。資本主義社会において、大き過ぎるから潰せない、という論理は成り立たないはず。これほど大きく伝統ある企業が潰されるわけはない、というおごりがあるとしたら、変なプライドは捨てて、ステークホルダーのために真摯に全力で取り組む必要がある。膿をすべて吐き出さなければ、東芝に明日はない。