トランプ新大統領が日本の安全保障に及ぼす影響の最悪シナリオを考えてみた

2016.11.10

政治

0コメント

メディアが完全に読み間違えた。2016年11月8日に投開票されたアメリカ大統領選の結果は、ドナルド・トランプ氏の圧勝。世界中から「まさか」の悲鳴が上がった。一部では、トランプ氏の優勢が伝えられるとカナダやの移民情報サイトにアクセスが殺到するという珍事も起きていたという。しかし、起きてしまったことは仕方がない。選挙中から在日米軍について触れていたトランプ氏だが、今後、日本の安全保障についてどんな影響があるだろうか?

トランプ氏が”暴言”を実行したらどうなるか

ドナルド・トランプ氏は、これまで「日本が核兵器を保有しても悪いとは思わない」「在日米軍の駐留費用を100%払わなければ撤退する」「(日本は)北朝鮮に対しては自分で身を守れ」など、日本の安全保障にとってあまり喜ばしくない暴言を繰り返してきた。

これを、単なる選挙期間中のリップサービスととらえ、大統領就任後は案外、現実路線を進めるのでは?との観測も少なくない。だが、トランプ氏が仮に”暴言”を実行したらどうなるだろうか。

まずは【在日米軍の撤退】。日本に存在する横田や横須賀、嘉手納といったアメリカ軍基地は、何も日本の防衛のためだけに存在しているわけではなく、むしろアメリカの世界戦略にとって重要な拠点。

だが、トランプ氏が示唆する国内回帰の内向き政策を加速させ、とどのつまり「そもそもアメリカがアジア・太平洋地域に軍を展開する必要があるのか」と結論付けた場合、約3万6000人の在日米軍を撤退させる可能性もゼロとは言えない。在日米軍撤退=日米安保解消とはならないものの、はやり日本の安全保障にとって大きな痛手となるのは間違いない。

一方、この動きを中国が「日本にちょっかい出してもアメリカは構わないというシグナルだ」と曲解する危険性もある。そして尖閣諸島の実力奪取の野望に駆られ、実際に軍事力を差し向けた場合、日中軍事衝突という悪夢も絵空事ではなくなる。「在日米軍」という重しがなくなり、”力の空白”が生じたことで起こる軍事的危機だ。

もちろん日本側は独自で防衛力強化に走らざるを得ない。現在年間防衛予算は5兆円弱、GDPの約1%だが、これを少なくとも数兆円積み増さなければならないだろう。問題は財源だが、これは消費税アップや社会保障サービスの圧縮で賄わなければならない。

アメリカは歴史的にもご都合主義

「日米安保がまだ働いているのだから、中国も迂闊には手を出せないのでは」との楽観論もある。だが、アメリカは歴史的に見てもご都合主義の国だ。

冷戦時代、アメリカはパキスタンなどと中央条約機構(CENTO)を結成、ソ連に対抗する自由主義陣営の軍事同盟とした。だが、1971年にパキスタンとインドが戦火を交え(第3次印パ戦争)、結局前者は自国領の旧東パキスタンを喪失(バングラデシュとして独立)するのだが、このときアメリカ軍が集団的自衛権を発動して派兵することはなく、憤慨したパキスタンはCENTOから脱退している。

もし尖閣で日中が衝突したとしても、「東シナ海の無人島のために、何でわが国の若者が血を流さなければならないのだ」と考えたトランプ氏が、日本への加勢を拒否する可能性も否定できない。

なぜなら彼は豪腕のビジネスマン。国内の景気回復・雇用確保を第一に考えた場合、アメリカにとって最大の貿易相手国、そして最大の国債引き受け国・中国のご機嫌を損なうようなことは控えるはず。そのくらいの損得勘定は容易に働くだろう。

安倍政権の動きを利用?

逆に、在日米軍撤退まで極端でなくとも、在日米軍の費用負担割合のさらなるアップや、防衛費の大幅増強を要求して来るのは必至。日本の防衛力増強は、アメリカ製兵器の大量購入に直結し、アメリカ国内の製造業を潤すことになる。トランプ氏が組する共和党は伝統的に軍事産業との関係が深い。軍部と軍事産業との”二人三脚”、軍産複合体へのウケも良く、彼の政治基盤安定にはプラスだ。

加えて、自衛隊の海外派兵の要請も強まるはずだ。安倍政権は安保法制を採択、限定的ながら集団的自衛権の容認や、自衛隊の海外派遣や現地での武器使用に関して大幅に間口を拡大。そして先日、南スーダンPKO部隊の「駆け付け警護」任務も正式にゴーサインを出した。さらに、今は勢いを弱めているものの、憲法改正には積極的で、とりわけ第9条の変更に意欲を燃やしている。

こうした動きを、目ざといトランプ氏が逃すはずがない。「一緒に戦うのが真の友人ではないのか」と日本側に迫り、テロとの戦いなどに自衛隊を積極的に引っ張り込もうと画策することも十分にあり得る。もし日本側が難色を示す場合は、「在日米軍撤退」「日米安保解消」をちらつかせ、アメリカ国内で日本製品の不買運動を焚きつければいい。これぞ不動産王、タフ・ネゴシエーター、トランプ氏の本領発揮だろう。

日本国内で高まる反米感情

こうした苛烈な要求に対し、日本国内では反米感情が大きくなっていくだろう。日本にとってアメリカは必要不可欠な存在で、関係の冷却は即国家存亡の危機へ直結するが、この段階で「アメリカとの同盟を破棄し、独自の核武装を追求すべきだ」という、自暴自棄的な威勢の良い声も高まってくる可能性が高い。

だがこれはアメリカとの関係をさらに悪化させるだけで、日本の安全保障上マイナスになるだけ。それ以前に核保有はNPT(核不拡散条約)脱退が前提で、そうなれば日本国内の原発用の核燃料もすべてアメリカに返却しなければならない。つまり、核兵器を造ろうとした瞬間に日本から肝心のウランやプルトニウムがなくなる、という皮肉だ。もちろん国内でウランなど産出されないし、アメリカを敵に回してまで日本に核兵器の原料を売却する国などない。強いて言うなら北朝鮮ぐらいか。

さて、トランプ政権の高圧的な態度に対し、日本側が徐々にアメリカとの距離を置き始め、代わって中国やロシアへの接近を図ったとしたらどうなるか。もちろん中ロ両国は、表向きは歓迎するはずで、特に中国側は盛んに秋波を送るはず。まるで先日の前のフィリピン・ドゥテルテ政権に対する振る舞いと同じだ。

だが、こうした動きはアメリカ側をさらに怒らせる結果にしかならず、日本側の利益にはあまりならない。下手をすればトランプ氏が中ロにも圧力をかけ、最終的に日本は世界的に孤立、というシナリオもあり得る。まさに”いつか来た道”の再現だ。

以上、駆け足で最悪のシナリオを想定してみたが、今のところは杞憂に終わることを祈るだけだ。