東芝にとってトロイの木馬だったウェスチングハウス

2016.7.11

経済

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2016年6月22日に開かれた東芝の株主総会で、綱川智副社長は社長へ、志賀重範副社長は会長へ就任。企業風土が刷新されない新体制と合わせて問題となったのは、高掴みしたことで”トロイの木馬”と揶揄される米原子力大手ウェスチングハウスの買収だ。見通しの立たない東芝の中核、原発事業を追う。

株主総会で指摘されたウェスチングハウス問題

「(米原子力大手)ウェスチングハウスを(第3者委員会の)調査対象から外したのはなぜか、誰が外せと言ったのか、それを明確にする必要がある。でないと3号議案について、賛成か否かは判断できない。ウェスチングハウスにかかわる志賀(重範)さんは(取締役候補から)外してもらいたい。志賀さんを外して修正動議としたい」

6月22日、東芝が東京・両国国技館で開いた株主総会で、個人株主から飛び出した修正動議の一幕だ。問題となった3号議案は10人の新取締役の選任についてであり、室町正志社長が退任し、後任に医療機器事業などを率いてきた綱川智副社長の社長昇格と志賀副社長の会長就任が諮られていた。株主総会で最も緊張した場面だったが、議長を務めた室町氏は修正動議を”3号議案の一括採決”という形で冷静に退け、議案は無事了承された。

しかし、この株主の指摘はまさに正鵠(せいこく)を射たものであった。実は、志賀氏の会長就任だけでなく、綱川氏の社長就任についても事前に米国の議決権行使助言会社ISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)は、「(綱川副社長は)元役員らの経緯への干渉を許し、不正会計の原因となった企業風土を温存した責任を負わされるべきだ」として取締役への再任に反対するよう株主に推奨していた。

志賀、綱川の両氏がツートップとなる新経営陣では、東芝のガバナンスは一新されず、負の企業風土が温存されかねないと懸念されているわけだ。何より最大のパンドラの箱と言われるウェスチングハウスの闇はいまだに払拭されたとは言い難い。

ウェスチングハウスはトロイの木馬

東芝が会計操作により利益を嵩上げした不適切会計が発覚したのは2015年2月。1年超が経過したが、危機は収束するどころか一層深まったようにみえる。この間、大混乱から2度にわたり有価証券報告書の提出は延期され、第3者委員会による問題の検証を経て、歴代3社長は追放・提訴された。株式は特別注意市場銘柄に指定され、増資もできず、自己資本比率は一時2%台にまで低下した。

「虎の子のヘルスケア部門『東芝メディカルシステムズ』のキャノンへの売却、白物家電事業『東芝ライフスタイル』の中国美的集団(広東省)への売却による特別利益がなければ16年3月期は債務超過に陥る寸前だった」(市場関係者)

東芝は銀行管理下にあるようなものだが、それでも経営陣は”中核の原発事業は順調”との甘い見通しを繰り返し、ようやくパンドラの箱のウェスチングハウスの減損処理が行われたのはこの3月期である。「当初、原子力事業は減損処理する必要はない」と強弁しておきながら、結局、8割もの減損を行う様はお粗末と言うほかない。

そもそも「法外な高値掴みとなったウェスチングハウスの買収が不正会計の発端だ。ウェスチングハウスはトロイの木馬のようなもの」(電力アナリスト)との見方は今も根強く残っている。

東芝が5400億円もの巨資を投じてウェスチングハウスを買収したのは2006年。その後、追加出資し総買収額は6600億円にまで膨らんだ。

「ウェスチングハウスの買収は、三菱重工に決まりかけていた案件を東芝の西田厚聡社長(当時)が横取りしたもので、3000億円でも高すぎると三菱重工をあきれさせたほどだった。西田社長の頭にはライバルである日立製作所への対抗意識があったようだ」(東芝関係者)

そして西田氏は、「経産省が進める原子力ルネサンスの代表格として2015年度までに原発施設を33基受注し、原子力事業の売り上げを3倍以上に引き上げる」と豪語した。その後を継いだ佐々木則夫社長はさらに目標を「売上高1兆円、全世界で39基の受注」に引き上げた。しかし、リーマン・ショックと東日本大震災で状況は一変する。米国を中心とする原発の新規受注は大幅に停滞し、受注プロジェクトは宙に浮いた。

この期に及んで甘い事業計画

先の株主総会では2000億円の減資も了承された。3月末で約4800億円に上る累損を一掃して資本欠損を解消し、配当原資を捻出することが目的で、「(減資は)純資産の部における勘定の振替であり、一株当たりの純資産額に変更は生じない」(東芝)と説明される。だが将来の増資リスクは残る。

増資により自己資本比率は8%台まで回復するが、健全性の目安とされる30%には程遠い。取引銀行は「東芝は正常先であり、引き続き支える」と言うが、成長分野のヘルスケア、白物家電はすでになく、稼ぎ頭のフラッシュメモリーやSSDのストレージ事業については、2016~2018年に累計8600億円規模の投資を行い、競争力を高める計画だが、市況の影響を受け収益のブレが大きい分野であることに変わりはない。

そして期待の原発事業については、2030年度までに45基の新規受注を計画する。幸いウェスチングハウスが米国と中国で計8基を受注・着工したほか、インドで原子炉6基を建設する基本合意にこぎ着けた。

「東芝グループは世界の原発シェアが26%ある。堅くみても世界で300基の(新規建設の)市場があれば、15%のシェアなら45基、そういう考えで中計はそのようにした」(綱川社長)と強調する。だが、「甘い見通しがいつまで維持できるのか疑問だ」(電力アナリスト)との厳しい見方も残る。

内部昇格の経営陣で危機は乗り越えられるか

東芝は財界の大物を輩出してきた経団連の名門企業だが、過去には何度か経営危機に瀕した。戦後間もない1948年には労働争議で倒産しかけ、第一生命前社長だった石坂泰三氏が乗り込んで立て直した。また、1965年の経営危機では、石川島播磨重工業の土光敏夫氏が東芝の再建を担った。今回の危機では内部昇格の志賀、綱川の両氏が再建を託されたが、果たしてうまくいくのか。

株主総会では、かつて東芝の関連会社に勤務していた個人株主から次のような意見が出され満場の拍手を浴びた。

「(新経営陣に)京セラの稲盛さんを呼んだらどうか」

東芝の立て直しは容易なことではない。

今、膿を出し切らなければ後はない

東日本大震災が起きなければ、原発受注に関しては今のように厳しい状況にはならなかったかもしれない。しかし、経営にリスクは付きものだし、条件はほかの企業とて同じ。どんな状況になろうと言い訳はできない。

規模が大きくなればなるほど、事業のポートフォリオをうまく組んで、リスク分散をするべきだ。”選択”と”集中”は必要だけど、見通しの甘さがあったと言わざるを得ない。

シャープも液晶へのこだわりから、結局外資に買われてしまった。ごまかしを続けると、ベッキー氏のように、後から謝罪したところで信用を失うだけで、挽回は非常に難しい。幸いにも東芝は今までの蓄積がまだある。ここで一気に膿を出し切って、市場の疑心暗鬼を振り払わないことには、名門企業の没落も現実になりうる。