「老後2000万円不足」問題で衆参同日選見送り決定的に
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「老後2000万円不足」問題で衆参同日選見送り決定的に

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3年に一度の参院選を夏に控え、やれ同日選だ、やれ同日選は見送りだなどと政治の話題が新聞紙上をにぎわしている。そこにきて急浮上したのが金融庁の審議会がまとめた「老後2000万円不足」との報告書の問題。国民の不安を招いたとして麻生太郎金融相が受け取らない騒動 となり、安倍晋三首相が衆参同日選を見送る決定打となりつつある。

自民党は参院選単独でも勝てると踏むが…

今年は参院議員の半数を入れ替える通常選挙の年。直後の10月に消費税率の引き上げを控えることから、再び増税延期を発表し、これを争点に首相が衆院を解散して衆参同日選挙に打って出るとの観測が絶えなかった。増税延期を争点とすれば野党が戦いにくくなるし、衆参の議員が総出で戦えば苦戦が予想される参院でも議席の減少を食い止めることができる可能性があるからだ。

増税延期を争点に国政選挙を戦うのは2014年の衆院選、2017年の参院選でも首相が使った“手口”。実際にどちらも与党が大勝し、現在は衆参ともに与党が3分の2議席を占める。首相は今月19日の党首討論で解散を表明するとの見方が永田町にあった。

しかし、6月26日の通常国会会期末に近づくにつれ、同日選を見送るとの観測が強まった。令和への改元などへの評価から内閣支持率が安定しており、野党の支持率低迷から参院選を単独で実施しても勝てるとの声が出てきたからだ。同日選に反対してきた公明党への配慮もあるとみられる。通常国会の延長を見送り、7月4日公示、21日投開票の日程で参院選を行い、10月の消費税率10%への引き上げも予定通り行うとの報道が相次いだ。

そこにきて、浮上したのが金融庁の報告書騒動だ。問題となったのは金融審議会の市場ワーキング・グループが麻生金融相の諮問に応えるかたちで今月3日にまとめた「高齢社会における資産形成・管理」 という報告書。長寿化に備えて長期的な資産形成が必要と国民に呼びかける内容だったが、「公的年金に頼って暮らすと毎月約5万円の赤字で、30年間生きると約2000万円不足する」との部分に批判が殺到した。これまで自民党政権が掲げてきた「年金100年安心」はどこにいったのか、というわけだ。

麻生金融相「政府の政策スタンスとも異なっているので」

そもそもこの報告書は金融庁の基本政策である「貯蓄から投資へ」の流れを後押しするものであり、麻生金融相も発表翌日の記者会見で「100(歳)まで生きる前提で自分なりにいろんなことを考えていかないとダメだ」などと語っていた。しかし、国民の批判が殺到し、野党が選挙の争点としようとし始めたことから、一転して報告書を批判。「世間に著しく不安や誤解を与えている」と述べ、報告書を受け取らない考えを示した。自分で諮問しておいて、内容に不満があるから受け取らないというのは異例の対応である。

麻生氏のみならず、安倍首相をはじめとする政府・与党の幹部が一斉に報告書を批判しているのは参院選への影響を懸念するからだ。自民党の二階俊博幹事長は11日、金融庁幹部に報告書の撤回を要求し、記者団に「参院選を控え、候補者に迷惑を及ぼさないように党として注意しないといけない」とあからさまに語ったという。与党幹部の念頭にあるのは“失われた年金問題”を野党に追及され、大敗した2007年の参院選。当時は第1次安倍政権だったが、大敗により衆参のねじれを生み、首相辞任に追い込まれた。

今回も国民生活に直結する問題だけに、与党の危機感は強い。結果的に「今、衆院選をやったらまずい」という空気につながっており、首相の衆参同日選を見送る判断を後押しする決定打となった。

批判されるべきは現実と政府の方針との整合性の問題

ただ、政府・与党が審議会を批判したり、報告書を受け取らなかったり、撤回を求めたりするのは筋違いとの批判もある。政府の審議会というのは本来、国民の声を政策に反映させるためのもの。審議会が作った報告書が政府や与党の方針と違ったとしても、国民の声として受け取るべきである。実際の政策に反映するかどうかは別だが、自分たちの気に入った声しか聞かないというなら、審議会を設置する意味がない。

しかし、現実には審議会の事務局は各省庁の役人が務め、政策の方向に沿った専門家をメンバーとすることで“結論ありき”の報告書が作られることが多い。その時々の政権が自分たちのやりたいことを後押ししてもらうために審議会を“利用”しておいて、今回のように国民の批判を招いた途端に無視するというのはご都合主義すぎる。

実際には今回も金融庁の意向に沿った報告書であり、批判されるべきは「老後の貯蓄不足」と政府・与党が掲げてきた「年金100年安心」との整合性の問題であるとの指摘は多い。

与党は2つの重荷を背負って戦うことに

衆院の「解散権」が政府・与党の都合でもてあそばれることへも批判が渦巻く。憲法上、解散が「首相の専権事項」であるかどうかはともかく、現状は野党をけん制するために“解散風”を吹かせ、与党が勝てそうなときに解散するのが永田町の常識。600億円という国費を投じ、国民が政治に関与する最大の機会である衆院総選挙がこんなにも軽く扱われていることを疑問視する声は根強い。このままではさらに投票率が低下し、民意と政治がさらに遠ざかっていく可能性もある。

7月に参院選が単独で行われ、与党は消費増税と「老後2000万円不足」という2つの重荷を背負って戦うこととなる。安倍首相は悲願である憲法改正の可能性を残すためにどうするか。再び消費税について考え直すか、得意の「外交」で起死回生を狙うか。首相の一挙手一投足に注目が集まりそうだ。