デモの力を信じる香港人 「犯罪者引き渡し条例」デモのサイドストーリー

100万人規模となったデモ隊

社会

デモの力を信じる香港人 「犯罪者引き渡し条例」デモのサイドストーリー

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大荒れとなっている香港の「犯罪者引き渡し条例」。4月末に反対派による大規模なデモが発生し日本でも大きく報道されたが、6月9日にはそれを超える規模の反対デモが行われ、103万人(主催者発表)もの市民がシュプレヒコールを上げた。日本では、あれだけ反対の声が上がった集団的自衛権の国会デモですら10万人規模。現地を訪れた筆者が、香港での100万人デモの実態がどんなものなのかをお伝えしたい。

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東京なら約200万人が参加する規模

デモの参加者の人数は、警察の数字は実数より少なく発表し、主催者側は実数より数字を盛る傾向にあるため、実際の数字はある程度勘案して考える必要がある。筆者は香港で何度もデモの現場を訪れているが、今回の肌感覚でいえば70~80万人ではないかと思う。

仮に103万人だとすると香港の人口は740万人であることから、7人に1人、人口の14%が集まったことになる。東京都で換算するならば、人口が約1400万人 なので196万人が国会前に集まった計算となることから、いかに大規模なデモなのかわかるだろう。

道路を埋め尽くしたデモ隊
道路を埋め尽くしたデモ隊

デモ隊は14時半に銅鑼湾(Causeway Bay)地区にあるビクトリア公園に集合し、15時に出発。金鐘(Admiralty)にある香港政府庁舎までを歩くというもので、距離にして大体3、4キロだ。

今回のデモはいつもより人が多いかも……と感じたのは地下鉄の金鐘駅に着いたときだ。金鐘駅は政府庁舎があるところで、乗換駅でもあり普段でも多くの人が利用する。金鐘駅に着いたデモ参加者は政府庁舎には向かわず、まずは銅鑼湾に向かうが、そのプラットホームが集合の1時間以上前にもかかわらず、大勢の人であふれかえっていた。

人でごったがえす地下鉄駅
人でごったがえす地下鉄駅

香港人はのんびりしているので、時間通りに集まることはほぼない。デモに参加するにしても、長時間にわたることを理解しているので「集合時間に間に合わない……」と焦ることはなく、自分の都合に合わせバラバラと参加することが多い。

それなのに今回はこの有様。それだけ「犯罪者引き渡し条例」に危機感を持っていた香港人が多かったことの証左だ。

筆者が乗った地下鉄の客の横には、先日、日本での予約販売が事実上、中止となったファーウェイのスマートフォン「P30」を持っている香港人女性がおり、デモに向かう途中のようだったが……。その光景はなんとも不思議な気分だった。

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多めに集まったことでデモは予定より早く14時20分にスタート。人はどんどん増えており15時過ぎには銅羅湾駅と隣の天后(Tin Hau)駅などは収集がつかないほど混雑、多くの列車を止まらせない措置が取られた。デモ参加者は手前か後の駅で降ろされ、集合地点に歩いて向かい、そこからデモに参加するという状況になった。

民主派の議員らをデモの先頭に立つ
民主派の議員らをデモの先頭に立つ。

100万人が行進しても混乱しない理由

一部、デモが終わった夜に警察と衝突したところがあったが、今回のデモには100万人が集まったにもかかわらず、大混乱には陥らなかった。

2003年の国家安全条例制定での50万人のデモの方がカオス感は強かった。2003年のデモは、誰もあれほどの大規模になるとは思わず、デモルート周辺の人の流れがめちゃくちゃになり、バスや路面電車もデモ隊に遮られて、乗り捨てられた状態になったのだ。

それ以降、警察がデモルートをうまく警備、コントロールするようになったため、デモ隊はスムーズに歩けるようになった。

2003年の50万人のデモの結果、当時の担当長官が辞任し、条例制定も棚上げされた。民意が政府を動かしたという成功体験は2014年の雨傘運動にもつながっている。市民一人ひとりが声を上げれば、希望はあると実感したからだ。この50万人デモ以降、香港では何かあればすぐデモが起こるようになった。

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実際、デモに一度も参加したことのない香港人を探す方が難しいくらいで、香港人全体がデモのノウハウを持っている。それが、デモが大規模になっても、小さないざこざはあっても大事故につながらない理由だ。

筆者が今回のデモの写真を編集者に見せたところ、日本の政治系デモは組織立っていて一般人からほど遠い印象だが、香港人のデモは普通の人たちが参加しているように見えて驚いたそうだ。香港人はデモ慣れしていて、政府に対して意見表明をしたいと思ったらデモに参加するので、怒りはあるが、無駄な力が入っていないために、自然な姿に見えたのかもしれない。

適度なゆるさが逆に力の源泉に

気象台にあたる香港天文台によると、デモ当日の最低気温は28.4度、最高気温が32.3度、湿度が73~84%というサウナ状態。立っているだけでも汗が出てくる気候だが、熱中症で倒れたというニュースは聞こえてこなかった。それは、タオル、水筒など何がデモに必要なのかを知っているというのが大きいほか、デモルート周辺はショッピングモールなども多く、暑いと感じたらモールなどに避難できるからだ。

デモから一時期離れて、食事をする人もいる。日本だとデモから一旦離れて休もうものなら、ほかのデモ隊から非難される可能性がある。香港にはそれがない。その適度なゆるさが逆に力の源泉になっている。

「NO China extradition」と書かれたプラカード掲げながらデモする外人男性
「NO China extradition」と書かれたプラカード掲げながらデモ行進する外人男性

デモで市民は、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の辞任を求めたり、「No China」や「反送中」(=中国に送るの反対の意)と書かれた紙を掲げたりした。ある香港人は「中国に本当に送られたら、僕らは世の中から消えてしまう……」と危機感をあらわにした。別の香港人は「香港は国際都市で大勢の外国人がいるけど、『香港で働いてチャンスをつかんでみたら……」とは言いにくくなる」と嘆いていた。

デモと資金集めと卓球・香港オープン

最後にデモのもうひとつの興味深い面を紹介する。民主派政党や団体はデモの日は募金集めにも奔走する。大勢の人が集まるので大きな収入源となるからだ。人を使い貯金箱を抱えて募金をしてもらう。民主派団体は中国とのビジネスを勘案しなければならない企業からの資金集めは厳しいため、こういったことが活動継続のための大きな機会となっている。

デモ真っ只中の16時。現場から徒歩10分くらいのところでは卓球の香港オープンが行われており、東京オリンピックでメダルを目指す張本智和選手と伊藤美誠選手が中国選手を相手に決勝を戦っていた(結果は2人とも準優勝)。

100万人のデモが行われているなかで、スポーツ大会という平和なイベントも開催されていたというこのコントラストこそ、国際都市、多様性、複雑な社会構造である香港という街を改めて感じさせられた。