冷え込む一方の日韓関係。今度は韓国・文在寅(ムン・ジェイン)政権が8月23日、両国間で結んだ軍事協定GSOMIA(ジーソミア)の破棄を正式に通告(90日後の11月24日に失効)した。軍事に関する条約・協定は2国間の親密度を端的に表すバロメーターだが、文大統領はこれをあっさりと放棄。当然ながら日本側からは「間違った判断」(政府関係者)と強い懸念が出され、さらに日韓双方にとって共通かつ最強の同盟国アメリカも「失望した」と、文大統領を痛烈に批判した。
日韓のGSOMIA締結は最近の話
GSOMIAとは「General Security of Military Information Agreement」の略で、「軍事情報包括保護協定」と訳される。複数の国の間で武器取引や軍事技術・情報をやりとりする際、軍事機密が他者に漏れないよう、守秘義務の徹底や強固なセキュリティ対策の構築を明文化して約束し合うのがこの協定の趣旨だ。
世界的にごく普通に取り交わされている一般的な協定で、日本は、アメリカや他のNATO主要国、オーストラリアなど欧米先進国、そして韓国の計7カ国と、そして韓国もアメリカやNATO諸国、ロシア、日本など計21カ国、さらにアメリカは60カ国以上とGSOMIAを結ぶ。
韓国とロシアが“GSOMIAの仲”である点に少々違和感を覚えるかもしれない。韓国はアメリカと同盟関係にあり、そのアメリカとロシアは対立関係にあるからだ。
実はソ連崩壊/冷戦終焉で1990年代初頭に“新生”ロシアが再出発したものの、経済はどん底で外貨もない状況が長期化。このとき、韓国が融資を含む経済援助を行ったのだが、ロシア側が借金返済の代わりとして、当時最新鋭のT-80戦車などの兵器で“物納”し、GSOMIAも締結した、という経緯がある。
ちなみに日韓のGSOMIA締結は2016年11月で、実はごく最近の話である。目的は北朝鮮の核兵器・弾道ミサイルに関する情報の共有化。日韓の場合、これまでこの種の情報のやりとりは、共通の同盟国・アメリカを介して行なうのが正式ルートだった(日韓の防衛担当者同士が非公式に直接情報交換を行うことはある)。
即時性と新鮮さ、そして第三者が介在しない信憑性が命の“情報”。これを考えると、傍受した北朝鮮の情報を日韓が直接交換するに越したことはない。いくら同盟国アメリカといえども、“情報操作”というリスクは常にある。それが諜報の世界であり、独自ソースによる“一次情報”はやはり貴重だ。
レーダーや哨戒機の能力に優れ、また韓国にはない情報収集(偵察)衛星を持つ日本は、電磁波や信号、通信などの傍受を行う「シギント(SIGINT)」を、一方、同じ民族同士で脱北者など“北”への人的パイプが太い韓国は、人物を対象にした諜報活動「ヒューミント(HUMINT)」をそれぞれやりとりすれば、相互に補完でき、諜報活動で最も重要な精度の高い情報分析(つまりこれを「インテリジェンス」と言う)に役立つ。
日米韓の軍事的結束をつなぐ最後の一辺だった
加えて日韓のGSOMIAはアメリカの意向も強く働いている。核開発を進める北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)政権や、その友好国であり近年アメリカとの確執を深める中露に対し、日米韓3カ国の軍事的結束を際立たせ強力に牽制できるからだ。
日米(日米安全保障条約)や米韓(米韓相互防衛条約)にはそれぞれ強固な軍事条約があるものの、トライアングルの最後の一辺、日韓の間にはこれがない。平和憲法を国是とする日本はアメリカ以外の国と軍事同盟を結ぶこと自体極めて慎重で(近年オーストラリアやイギリスとは事実上準同盟関係)、一方の韓国の場合は、歴史的背景から“反日感情”が根強く、日本との間で安全保障に関する条約など結べる状況にない。
そこでGSOMIAを“使い勝手の良い軍事協定”とみなして担ぎ出したわけである。そして「北朝鮮の核開発に関する情報を日韓が直接やりとりして共有すれば、それぞれの安全保障や国益にとって多大なメリットがあり、ひいては極東や世界の平和にも有益」という理屈をつければ、日韓両国にあるそれぞれの“アレルギー”も何とかかわせる、と考えた。
それでも当初2013年12月17日に締結されるはずだったが、韓国側が署名予定日時の1時間前に急遽署名を延期するというドタバタ劇も。国内の反日感情の盛り上がりを憂慮した挙げ句のドタキャンであった。
条約破棄は文在寅政権の命取りになる可能性も
アメリカすらも怒り心頭の、韓国文政権による“日韓GSOMIA破棄”。日本にとって安全保障上のダメージは、実のところそれほどない。韓国が握った北朝鮮情報は、とりあえず以前のようにアメリカ経由で入手できるからだ。むしろ“日米韓の結束に綻び”というシグナルを北朝鮮や中露に与え、彼らが今後さまざまな政治的・軍事的圧力を仕掛けてくる可能性は十分にある。
一方、韓国の狙いは何か。韓国では文大統領の“側近中の側近”、チョ・グク氏(法務部長官に内定)にまつわる数々の不正疑惑(娘の裏口大学入学や息子の徴兵逃れなど)が急に広がりを見せ始め、文政権の不支持率が初めて支持率を上回る事態になっている。
こうした不都合な話題から国民の目を何とかそらそうと、有権者のウケがいいお決まりの“反日カード”として、日韓GSOMIA破棄のカードを文大統領は切ったのでは、との見方は十分できる。
8月27日には韓国の検察当局がチョ氏の捜査に踏み切るなど事態は急激に文大統領ピンチの方向へと進み始めている。
安全保障という機微な分野にまで手を出し、ついにアメリカの“虎の尾を踏んだ(?)”文政権。アメリカは、自分の意にそぐわず、とりわけ安全保障面で盾をつく同盟国の政権など許さず、時には謀略やクーデターで政権交代を主導してきた。文大統領も日韓GSOMIA破棄が“命取り”にならなければいいが。