周防正行監督×成田凌で大正時代のサイレント映画界を活写するエンタテインメント映画『カツベン!』

写真:©2019「カツベン!」製作委員会

社会

周防正行監督×成田凌で大正時代のサイレント映画界を活写するエンタテインメント映画『カツベン!』

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サイレント映画にセリフや解説を加え、映画をしゃべりで彩った活動弁士という存在にスポットを当てた注目映画がまもなくお目見え。東京国際映画祭や京都ヒストリカ国際映画祭、台北金馬映画祭での先行上映で好評を博した周防正行監督の最新作だ。映画をより楽しむためのトリビアや撮影秘話と合わせて、本作の見どころを紹介する。

『カツベン!』

劇場公開:12月13日(金)/配給:東映
出演:成田凌 黒島結菜
永瀬正敏 高良健吾 音尾琢真
竹中直人 渡辺えり
井上真央 小日向文世 竹野内豊 ほか
監督:周防正行 脚本・監督補:片島章三 音楽:周防義和 エンディング曲:奥田民生

ストーリー 幼少期に活動弁士になる夢を抱いた染谷俊太郎(成田凌)。大人になって泥棒一味の片棒を担いでいたが、逃げ出して小さな町に流れ着く。俊太郎はその町のさびれた映画館で念願だった活動弁士を目指して働き始め、初恋の人・梅子(黒島結菜)とも再会。しかし、泥棒一味から奪った大金のせいで凶暴な泥棒・安田(音尾琢真)たちが俊太郎を追ってくるのだった。

大正ロマンが楽しい活動弁士ムービー

映画が「活動写真」と呼ばれた明治から大正、サイレントのモノクロ映画を自らの語りで彩ったのが、活動弁士(通称・カツベン)と呼ばれる人々だった。上映に合わせてセリフに声を当てたり、状況や展開を説明したりして、映画の魅力を膨らませる日本独自の文化だ。“しゃべり”には弁士ごとの持ち味があり、弁士たちは俳優をもしのぐ人気を誇ったという。

そんな活動弁士を題材にしたのが本作だ。『シコふんじゃった。』で学生相撲、『Shall we ダンス?』で社交ダンス、『舞妓はレディ』で舞妓の世界を描いた周防正行監督が、今回も丹念な取材をして、大正時代の“活動”の世界をコミカルなエンタメ映画に昇華した。

『舞妓はレディ』『終の信託』『それでもボクはやってない』では助監督として周防監督をサポートした片島章三が20年もの間、温めてきたというシナリオを読んで、周防監督は初めて他人の手による脚本で映画を撮ることを決めたという。撮影期間は4カ月。なお、撮影までの取材や準備には約3年をかけている。

周防監督が「この映画には活動写真のような楽しさを持たせたかった」と語るように、映画は、社会全体が自由や開放に向かっていく大正のおおらかなムードに、全編が包み込まれている。整理されすぎない闊達なストーリーに身をゆだねれば、きっと予想以上に楽しめる2時間になる。

これまでのすべての作品をフィルムで撮影してきた周防監督は、本作で初めて“デジタル方式での撮影”に挑戦した。

バラエティ豊かな活弁シーンはどれも聞き心地満点

主人公の俊太郎とヒロインの梅子はオーディションで決定。俊太郎役は、100人を超える志願者の中から、「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命- THE THIRD SEASON」や『愛がなんだ』などドラマ・映画で活躍する成田凌が選ばれた。成田は本作が映画初主演。「オーディションのときの初々しさが俊太郎らしくてよかった」と周防監督は語っている。

梅子役は若手女優のホープとして注目を集める黒島結菜。「自分が女優としてここにいていいのかと迷いがあるような、どこか居心地が悪そうなたたずまいが梅子にぴったり」だったことが選出の決め手だ。陰があり、それでいて爽やかで気丈な梅子を魅力的に演じた。本作は成田の初主演作であると同時に、黒島の代表作の一つとして語られるはずだ。

俊太郎と梅子の淡い恋物語も見どころのひとつ。

成田や高良健吾、永瀬正敏ら活動弁士役のキャストは、撮影前から活弁の特訓に励んだ。特に成田は、ボイストレーニングや活弁の言い回し、間(ま)の取り方やイントネーションなどの練習に、のべ半年を費やした。

指導に当たったのは現役の活動弁士。正統派の片岡一郎と、ブラックユーモアも交えた特徴的な芸風を持つ坂本頼光(らいこう)の2人が、俳優陣を指導した。周防監督は、役柄に合ったしゃべりが身につくよう、この俳優にはこの指導者、と組み合わせを固定した。成田を指導した坂本は「私が明示できなかったことも鋭い感性で考えてくれる非常に有能な“お弟子さん”だった」と成田のセンスを誉めたたえている。

片岡一郎の指導を受ける成田。周防監督は「しゃべりのプロになってもらわないと、この映画は成立しない」とプレッシャーをかけたという。

俊太郎の活弁シーンは、クランクインから1カ月が経った頃から撮影に入った。「早くやりたくてうずうずしていた」という成田が満を持して披露した活弁は、指導役の坂本や脚本の片島も目を見張る出来栄え。ロケに使われた明治期の芝居小屋に、成田の声が生き生きと響き渡り、エキストラから自然と拍手がわき起こったという。

実際、劇中の活弁は流暢な言い回しが面白く、独特のリズムや抑揚は聞けば聞くほどクセになる。また、監督の狙い通り、弁士のキャラクターがしゃべりにしっかり反映されていることもあって、映画全体の流れから浮くことがない。なじみの薄い「活弁」という文化を、とっつきにくさを感じさせずに楽しく見せてくれる周防監督の手腕はさすが。

フォーマルなジャケットやベストを着こなす俳優陣の姿も目を楽しませてくれる。

サイレント映画への愛とリスペクト

劇中に登場するサイレント映画にも妥協がない。周防監督の提案で、なんとすべてを新たに撮影した。大正時代には新作として登場したはずの映画が、令和の時代まで保管されてきたフィルムを使うとキズや劣化のせいで古びて見え、当時を描いた劇中で違和感が出てしまうという理由だ。

今回撮影した劇中映画は、『金色夜叉』や『国定忠治』など実在する名画を忠実に再現した6本に、片島が書き下ろした完全オリジナル作品4本を加えた計10本。往年のサイレント映画に敬意を払って、可能な限り、35mmのモノクロフィルムを使って撮影したという。シャーロット・ケイト・フォックスや上白石萌音、城田優、草刈民代ら劇中映画にだけ登場するキャストも見ものだ。

『金色夜叉』には上白石萌音が、
『椿姫』には城田優、草刈民代が登場。

唯一、エンドクレジットで流れる『雄呂血(おろち)』だけは現存のフィルムを使った。『雄呂血』は大正14年(1925年)に製作・公開された阪東妻三郎主演の剣戟映画。それまでの映画では、主人公は歌舞伎のように見栄を切りながら悪人を斬っていたが、雄呂血では現代的なアクションに変わっている。そのエポックメイキングな映画を取り入れることで、時代の移り変わりを表現する狙いがあったのだとか。本作が大正14年の設定になっているのも、『雄呂血』の製作・公開年に合わせてのことだという。

奥田民生が歌うエンディング曲の「カツベン節」も、サイレント映画へのリスペクトにあふれている。大正時代の流行歌「東京節」のメロディー(元は「ジョージア行進曲」のメロディー)に、脚本の片島が書いた詞を組み合わせたものだ。歌詞には東京節のフレーズ「パイのパイのパイ」や、活弁らしい言い回しが取り入れられ、当時の人気俳優や映画の名前も登場。民生らしいのほほんムードの歌唱がベストマッチする一曲となっている。

奥田民生「カツベン節」映画オリジナルMV+メイキング

私が参加した試写では、特に年配の男性が声を上げて笑っていたのが印象的だった。過度にセクシーなシーンや、見て痛みが伝わるような暴力シーンはなく、誰と見に行っても気まずくならない間口の広いエンタメ映画。肩の力を抜いて、弁士たちのパフォーマンスを劇場で楽しんでほしい。

泥棒の安田(音尾)や熱血刑事の木村(竹野内)の追いつ追われつ、ドタバタの追いかけっこも無声映画へのオマージュ。2人が出てくるだけで楽しくなる。映画『カツベン!』は2019年12月13日(金)公開。