リーマン・ショックから世界を救った男・王岐山氏の来日が意味するもの

2019.11.26

経済

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写真:新華社/アフロ

10月、習近平(しゅう きんぺい)・中国国家主席に次ぐ実力者とされる王岐山(おう きざん)副主席が来日、安倍首相ら日本政府の要人と会談した。天皇陛下「即位礼正殿の儀」への参列が目的だが、米中経済摩擦が佳境に入るなか、王氏来日には別の重要テーマが隠されていた。リーマン・ショックから10年、中国は新たな危機に備えようとしている。

習近平国家主席に次ぐ2位の実力を持つ重鎮

王岐山(おう きざん)・中国国家副主席が10月22日に来日した。天皇陛下「即位礼正殿の儀」に参列するためで、翌23日には安倍晋三首相と会談、来春の習近平国家主席の日本訪問についても話し合われたとされる。

だが、この王岐山氏の来日には隠された別のテーマがあったと中央官庁の幹部は指摘する。それは「米中貿易戦争の結果、最終的に米中協議が決裂した場合備えて、日本による経済・金融支援を引き出す狙いがあった」というのだ。中国は、米中の経済戦争には安易な妥協はないと腹を括っているようだ。

「中国の要人が海外を訪問するのは慣例で年に2回までと制限されている。しかも『即位礼正殿の儀』に参列した王岐山氏は要人中の要人の地位にある」(中央官庁幹部)とされる。王氏は、政治家であるとともに経済学者、銀行家でもある。中国共産党中央政治局常務委員7人(俗に“チャイナセブン”と称される)のうち、序列は6位にランクされているが、事実上は習近平国家主席に次ぐ2位の実力を持つと言われている。その力の源泉は、過去数度にわたり中国を襲った金融危機を見事に収束させた手腕と米国とのパイプの太さにある。

リーマン・ショックから世界経済を救った王岐山氏と4兆元

1997年7月、アジア通貨危機が返還直後の香港を襲った。その影響は後背地(港湾の背後にある陸地)である広東省にも及んだ。王氏は広東省党委員会常務委員として同地に赴任(翌98年に広東省常務副省長に就任)、金融の収束に奔走する。焦点は広東国際信託投資公司(GITIC)の処理にあった。

邦銀をはじめ海外から多額の資金を調達していたGITICは、不良資産の山に身動きがとれない状況に立たされていた。「中国の公的な金融機関と間違われるGITICであったが、実際はノンバンク(銀行免許を持たない金融機関)で、邦銀も中国の後ろ盾があると勘違いして多額の融資を行っていた」(メガバンク幹部)という。

王氏は、最終的にGITICを破綻処理することを決めるが、同時に中国人民銀行(中央銀行)から380億元の緊急融資を引き出し、危機を収束させた。このハードランディングにGITICに融資していた海外の金融機関は強く反発したが、王氏はこれを突っぱねた。このとき、外国債権者との粘り強い交渉に協力したのがゴールドマン・サックスのCEOだったヘンリー・ポールソン氏だった。

その王氏とポールソン氏のホットラインが生きたのが、2008年のリーマン・ショックである。世界恐慌すら懸念されたリーマン・ショックの震源地は米国。その米財務長官にはほかでもないポールソン氏が就いていた。

リーマン・ショックはまたたくまに中国経済にも波及、国有銀行や企業の破綻が懸念された。このとき、中国は王氏の主導で大規模な金融緩和を断行すると同時に、4兆元(57兆円)にも及ぶ財政出動を行い、見事に危機を回避した。GITICでの借りをリーマン・ショックで返したとも言っていい手際の良さだった。

10年後に回ったツケは日本に?

中国による4兆元もの財政出動は世界経済をV字回復へと導いた。「4兆元もの資金は中国の国有企業を流れ込み、それが世界に広がって行った」(先のメガバンク幹部)とされる。だが、そのツケがいま、中国発の危機を招きかねないと危惧されている。

「リーマン・ショックから10年が経過し、国有企業に流れ込んだ4兆元もの財政資金は、その多くが対米のドル建て債務となって国有企業のバランスシートに残っている。その返済期限が来年以降、集中する見通しだ。そこに米中の経済摩擦が激化から、米国の投資家が中国から一斉に資金を引いたらどうなるか。債務不履行になれば世界的な危機に火がつきかねない。この債務返済をどう担保するかが最大の課題となっている」(中央官庁幹部)というのだ。

王岐山氏の来日、その隠されたテーマは、この対米債務を日本の金融機関に肩代わりしてもらうことにあった。事実、王氏の来日と合わせ、日本の主要金融機関に対し、水面下での要請が行われている。