現在、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、「第二次世界恐慌か?」といわれるほど世界経済の歯車を大きく狂わしている。新型コロナウイルスの発端となった中国は、すでに外交の世界で感染源国から支援国へと軸足を移し、医療品や専門家チームを派遣するなど積極的な展開を見せている。だが、国際政治の視点から見た場合、これは新たな覇権争いを生じさせそうだ。もっと厳密に言うと、ポストコロナ時代の覇権争いは、新型コロナウイルスが終息してから動くのではなく、すでに始まっているのだ。
支援に回る中国、非難を強める欧米
米トランプ政権は中国への非難を強めている。中国は、未だに感染源の特定につながる情報や信憑性の高い感染統計を公開しておらず、アメリカは独自のルートで情報を入手するなどして解明を進めている。また、アメリカはWHOを中国の傀儡機関かと疑うように、中国とWHOの癒着にもメスを入れ、ついにはWHOへの資金停止を発表した。最近になっては、ドイツやフランスも「中国は透明性を持って説明しなければならない」と言及するなど、中国への不信感は各国で高まっている。
もしかすると、フランスやイギリス、イタリア、アメリカなどで感染拡大が落ち着きを見せれば、その後、「中国vs欧米」の対立が顕著になる可能性もある。
本稿では、その行方に関する一つの事例を紹介したい。欧米や日本が新型コロナウイルスに翻弄されるなか、中国は何事もなかったように、海洋覇権でアメリカや日本をけん制する行動を続けているのだ。
コロナ禍でも日米をけん制する中国・ロシア
3月18日、中国人民解放軍の艦艇4隻が、宮古島の南東約80キロを東へ進み、同月24日には一隻の艦艇が下対馬の南西約150キロを北東へ進んだ。4月10日には、人民解放軍の空母を含む6隻が長崎県男女諸島の南西約420キロを南東へ進んだことが確認された。
ちなみに、ロシアも日米両国をけん制する行動を見せている。3月26日、ロシア軍の艦艇18隻が宗谷岬の北西約95キロを東へ進み、2隻が下対馬の南西約200キロを北進した。4月3日には、艦艇2隻が対馬の北東約130キロを南西に進んだ。ロシアが北方領土の返還に応じない背景には、日米安保の適用範囲が北方領土にまで北上することがあるように、ロシアは太平洋における米軍の活動を常に警戒している。
中国とロシアは2019年7月、東シナ海と竹島にも近い日本海の上空で合同軍事パトロールを実施したが、両国ともアメリカと日本を安全保障的にけん制する意図があったことは間違いない。
また、中国は4月19日、2012年に南シナ海の諸島を管轄するために設けた海南省三沙市に、行政区の「西沙区」と「南沙区」を新設し、南シナ海の島やサンゴ礁、海底地形等を含む計80ヶ所を命名したと発表した。
安保問題に対処できないアメリカに生じる“政治的隙”
中国のこのような行動は以前から見られるが、現在、トランプ政権は新型コロナウイルスに対処せざるを得ず、安全保障上の問題に本格的に取り組めないでいる。そして、新型コロナウイルスからの経済回復が大統領選における最大の争点になりつつあり、争点としての東アジア安全保障の重要性は相対的にも低下している。再選を狙うトランプ大統領がその流れに従って選挙戦を進めることは想像に難くない。
また、新型コロナウイルスの感染は、インド太平洋地域の米軍空母にも拡大し、対中けん制で前方展開する米軍の運用にも影響を及ぼしている。米空母セオドア・ルーズベルトでは100人あまりの感染が拡大し、乗組員2700人あまりが下船を余儀なくされるなど大きな影響が出ている。
中国は、まさにそういった“政治的隙”を突こうとしている。新型コロナウイルスの感染がアメリカ本土や前方展開する米軍にまで拡大し、政治的にも軍事的にも機能が低下するアメリカの隙を突く形でけん制する行動を取っている。国際政治の世界では、対立する一方の国力が薄まれば、片方はその政治的空白を埋める行動に出てくると言われるが、まさにそれが東シナ海や南太平洋、西太平洋で生じている。
この海洋覇権をめぐる争いは一つの事例でしかないが、新型コロナウイルスによって各国経済は破壊され、その制限のなかで米中(露)はサイバーや宇宙など新たな戦略空間で競争を激化させるだろう。
また、冒頭にも触れたように、中国は各国への支援を強化している。当然ながらその人道的行動は評されるべきであるが、国際政治の視点からは、一帯一路に参加する国々への支援を新たに強化し、ポストコロナ時代においても影響力を確保したいという思惑も見え隠れする。
覇権争いを加速化させる新型コロナウイルス
ポストコロナ時代の覇権争いはすでに始まっている。中東ではイラク戦争やシリア内戦(現在進行中)を経て、アメリカの影響力は弱まり、ロシアやイラン、中国の影響力が強まっている。ロシアは2015年以降シリア内戦に深く関与し、イランは「シーア派の弧」を強化すべく親イランのシーア派勢力を積極的に支援し、中国は中東各国と経済関係を強化するなどしている。新型コロナウイルスはそういった覇権争いをいっそう加速化させている。
日本も、ポストコロナ時代における地政学を描き、どう国益を守っていくかを真剣に考えていく必要があろう。