羽田空港近くに整備された大型複合施設「羽田イノベーションシティ」は、観光施設として大田区の町おこしの役割を担う一方で、スマートシティ(次世代都市)のモデルとして最先端技術を駆使した地域の課題解決にも取り組んでいる。約5.9ヘクタールの広大な敷地の中で行われている実証的取り組みや将来の展望はどのようなものか、プロジェクトを手がけた鹿島建設に聞いた。
羽田地区にスマートシティが生まれたワケ
「羽田イノベーションシティ(HANEDA INNOVATION CITY)」、通称「HICity」は鹿島建設を筆頭に計9社の連合体による羽田みらい開発株式会社によって2018年に着工、2020年9月に本格稼働した大型複合施設だ。
施設は国土交通省が策定する「スマートシティモデル事業」にも採択されており、先端産業と文化産業を融合させることでヒト・モノ・コトの交流を誘発、新しい価値の創造を目指している。
羽田地区にHICityが生まれた理由は、その立地と歴史にある、と語るのは羽田みらい開発株式会社のSPC統括責任者・加藤篤史氏(鹿島建設)だ。
「この辺り一帯はもともと羽田空港の跡地で、近年、空港の沖合展開事業に伴い大田区に返還された土地でした。戦後、空港拡張工事によってGHQに接収された歴史もあり、大田区は区民のために使いたいという思いもあったようです。
大田区といえば“ものづくりの街”です。かつては町工場など高度な技術力を持つ中小零細企業が1万社ほど存在していましたが、現在は3000社程度にまで減少。区は零細企業の振興策を考えていました」(加藤氏、以下同)
そういった経緯もあって大田区は土地の利用についてコンペを開催。羽田みらい開発株式会社の前身となる9社の連合体の提案したプランが採用され、大田区の課題解決に資する取り組みとスマートシティモデルケースの形成を目指すことになった。
HICityが取り組む3つのテーマ
HICityの施設構成は大きく「文化産業」と「先端産業」の2分野に分かれており、「文化産業」はライブホール、体験型商業施設や足湯スカイデッキ、芝生広場などを備え、観光施設としての役割を果たしている。
そしてスマートシティの肝となるのが「先端産業」だ。ここでは主に「スマートモビリティ」「ロボティクス」「ツーリズム」「ヘルスケア」の4つのテーマを掲げている。
「『スマートモビリティ』は交通弱者の移動手段提供を見据え、自動運転に関する技術を集積しています。具体的には株式会社デンソーによるテスト路も併設した自動運転技術などの研究開発、実証を行う拠点が設けられており、ほかにも仏Navya(ナビヤ)社製の自動運転バスが定常運行を行っています」
他の地域のスマートシティモデル事業でも自動運転バスを見られる機会は多いが、ナンバープレートも取得し、一般車両が行き来する施設内の道路を定時運行しているものはここだけだという。
「『ロボティクス』は労働力不足の時代を補う手段として、主に清掃、配送・移動、警備、観光・案内の4つのテーマを設けて、ロボット実装化に向けた試験を行っています。一般的には大勢の人が行き交うなかで実証的な実験をやることは制限や規制があって難しいのですが、ここでは“イノベーションコリドー”と呼ばれる2階の歩行者デッキを使い、歩車混在の環境で実証実験を行うことができます。
実装に最も近いのがアバターロボットと物流ロボット。全日本空輸(ANA)のグループ会社により開発されたアバター『newme(ニューミー)』で施設内のパトロールを行ったり、ZMP社製の物流支援ロボット『CarriRo(キャリロ)』がアバターをセンサーで追尾して自動配送を行ったりしています」
9月の本格稼働時のイベントでは、38種60体のロボットを集め、街を訪れる人たちと共存するような空間が生まれたことも話題になった。
「『ツーリズム』は高齢化に伴う地元産業の衰退、にぎわいの不足を解決する手段として、施設のインフォメーションセンターに設置されたAI観光案内ロボット『ZUKKU』による大田区内観光地の紹介を行ったり、AR(拡張現実)コンテンツなどを使った実験、実装なども視野に入れています。
『ヘルスケア』についてはこれからで、まず2022年度に先端医療研究センターの開業を予定しています。川向こうにある川崎市の殿町地区にナノテク医療の先端的な研究施設が集合しているので、連携しながら研究成果や最新の医療機器を披露するようなショーケース的な役割も持った臨床施設を検討しているところです」
街を効率的に運用するためのデジタル基盤
ほかにもHICityでは、まちづくりのデジタル基盤構築として人の流れやロボットの走行・稼働データを収集、分析することによって、実際の運営に生かすというフィードバックを行っている。
「具体的には施設の各所にセンサーを配置し、施設内を動き回る車やロボット、人などに位置情報を発信する機械を付けてもらいます。それらのデータを施設の3次元地図の中に落とし込むことで可視化。こういった位置情報の中にさまざまなデータを収集・蓄積することで一元的に管理しやすくなり、今後、人の流れやロボットの作業などの効率性を上げるためにどうしたらいいかという検証が容易になります」
一方でこうしたデータの収集は、すべてのスマートシティモデル事業に言えることだが、どう扱えば便利なのか、ということについての最適解は保留としたまま試行錯誤している側面もあるという。
「そういった難しさもありますが、“テストベッド”(実際の運用環境に近づけた試験用プラットフォーム。実証基盤)としてわれわれは、まず位置情報の中にデータを貯めるということで街の運営を効率化・活性化できないかという取り組みをしています」
スマートシティの可能性
さまざまな取り組みを行っているHICityだが、そもそもスマートシティを定義するものはどういった要件だろうか。
「情報を集約して提供するということで、人の生活を豊かにする仕組み作りこそがスマートシティの肝だと考えています。『情報』という言葉は範囲が広いので、その中でどういうテーマをとらえるか、というところで個性が分かれます。
例えば少子高齢化が進んでいる郊外や地方の中枢都市などは、自動運転モビリティに特化した実証実験を行っているところも多いです。
われわれは結構いろいろやっていますが(笑)、基本的には大田区や周辺の地域の問題解決に取り組むことがベースになっています」
最後にこれからのHICityの展望について聞いた。
「コロナ禍により集客数とは大きく落ち込んでいますが、イノベーションを生み出したいという思いはあります。それは単純に研究開発施設を作るとかアミューズメント施設を作るというところでは実現できないと考えています。
ものづくりの街・大田区の課題解決を基盤に、空港から人種、性別、年齢を問わず多くの人が訪れ、ロボットと混在するような環境が次のイノベーションを生み出していくと思います。そのためにはロボットのコレクションのようなイベントを継続的に開催するのもいいと思いますし、われわれの事業が大田区の町工場の仕事につながるような連携を考えるのも重要だと思います。そういうことから大勢の方が訪れてくれる環境をまずは早急に作りたいですね」
人の生活を豊かにするために日々、実験と実証を重ねるHICityのこれからの進化に期待したい。