新型コロナウイルス感染症の拡大で医療関係者の労働環境が厳しいことが取り上げられているが、医師よりも先に患者と向き合わなければならないのが救急隊員だ。搬送する時点では、ウイルスへの感染の有無も確定していないどころか、そもそもどんな病気なのかもはっきりしないケースもある。不確定要素が多いなかで患者と向き合う救急隊員の最前線を聞いた。
緊急事態宣言時の出動回数は3~4割減
今回、インタビューに応じてくれたのは神奈川県の消防署で働く救急隊の隊長で、10年以上にわたって救急隊員をやってきた経験を持つ。医師のひっ迫した状況についての報道はいくつもされているが、救急隊の話はあまり聞かない。現場の状況を紹介したいと依頼をすると快く引き受けてくれた。
救急隊員の勤務はシフト制だ。1回の勤務は24時間で、流れとしては、[24時間勤務‐24時間非番‐24時間勤務‐24時間非番‐24時間勤務‐24時間非番‐休み‐休み]という“8日で1サイクル”を繰り返す。24時間の中でもチームで手分けして夜勤の担当者を決めるなど体調管理も重要だ。
一回の24時間勤務で「平均すれば7~10回ぐらい出動しますかね」と思いのほか多い。119番を受け、準備をして、すぐ出動し、患者の元に到着。救急車に運び入れた後、問診を行い、それに対応できる病院を探し出す。見つかったら病院まで搬送。到着後は、医師に症状などの説明をし、その後に署へ戻る。これが1回出動の大まかなプロセスだが、次の出動までも、レポート書きや次の準備を行うなど非常に忙しい。
コロナ禍で変わったことは何だろうか。
「緊急事態宣言が出たときは忙しくなったと思うかもしれませんが、私の部隊は出動回数が3~4割ほど減りました。外出を控えることで交通事故などが減り、感染が怖くて病院に行くのを控えた人がいたからだと思います」
とはいえ、ぼーっとしているわけではない。出動回数が減った分は、救急車の整備や帳簿の整理、マニュアルの読み直しなど、普段は忙しくてなかなかできなかったことをやっていたという。
夏は本当に暑くてキツい
その一方で大変になったこともある。
「N95マスク(NIOSH規格の高性能マスク)を着用するなど感染防止のための装備が増えました。N95の着用は状況に応じて着けるということになっていますが、感染の恐れがあるので常に着用していました。最初の情報で熱が無いという場合でも実際は熱があったりするケースもあって、そのたびにマスクを変えるわけにもいかないからです。
もし、心肺停止の患者ですと応急措置のときに、もし感染していたら口からウイルスが出る可能性があるので、ガウンタイプの(青い)防護服も着たり、口に布をかぶせたりと、活動そのものが長くなります。夏は本当に暑くてキツかった」
救急においての1、2分の差は命に大きくかかわる可能性があるだけに、ひと手間かかるというのは問題だったようだ。
世間ではマスク不足が叫ばれていたが、新型インフルエンザが流行したときの経験とテロ対策のため、特にN95の備蓄はあったという。それでも限りはあるため、1当直使うたびに捨てるのが理想だが、滅菌措置を施して、最低でも3当直が終わったら捨てるようにしていた。「いざというときの備えは改めて大事だと思いましたね」と“備えあれば憂いなし”を実感したそうだ。
救急隊員の人手不足について聞いてみると、人が足りないという感じではなく、再任用職員が年々増えていて、隊員が高齢化している方が深刻なようだ。「新しい人を採用しようとはしているんですけど、なかなか」という状況だそうで、将来の救急態勢に懸念がでてきている。
医師より先に陽性患者と接するリスク
新型コロナウイルス感染症の拡大で「エッセンシャルワーカー」という言葉が注目されるようになったが、救急隊員はまさにそれだ。市民は彼らに対して敬意を払う対象だという認識はありながら、「本人たちは望んで従事しているのだろう」「いないと困る」など、どこか他力本願的なニュアンスがあるのは否定できない。
救急隊員自身は、エッセンシャルワーカーが持つ「必要不可欠」の意味をどうとらえているのだろうか?
「自分で選んだ仕事で、好きでやっていますしね。消防や救急はエッセンシャルワーカーというよりインフラの一部だと思っています」
プロ意識の高さを感じる。では、エッセンシャルワーカーから見たほかのエッセンシャルワーカーはどう映っているのかについて聞いてみた。
「ゴミ清掃車の人たちなどは、普通の人がやりたくないことをやってくれているわけですから、もっと敬意を表してもいいと思いますね。あとは看護師さん。すごく怖いと思います。私たちは救急隊員でいる限り公務員ですけど、(民間の病院に勤める)看護師さんは民間人であって辞めようと思えば辞められるわけです。命を救うという使命感で狭い病室で働いていますから、本当にすごいなと思います」
一方、すでに感染しているかもしれない患者と、医師よりも先に向き合うことに対する正直な思いを吐露する。
「われわれは、病院関係者と比べたら患者と接触する時間は短いですが、それでも感染する恐怖はあります。救急車という狭い空間で患者と一緒になりますしね」
事実、群馬県では交通事故で搬送していた人が実は新型コロナウイルスに感染していたケースがあった。
感染よりも感染したときの非難が怖い
中国・武漢市で新型コロナウイルスについての報告があったのが2019年の12月。それから1年が経過した。
「どんな1年だったか、ですか? 職業柄、自分が事故とか何かに合う可能性があるのはわかっていましたけど、自分の仕事を通じて家族にウイルスを移すかもしれないということは考えもしなかったので、そこのストレスは感じました。
それこそ緊急事態宣言のころは、自分の仕事の影響による感染リスクのせいで、移ってもいないのに家族や子どもに害が及ぶかもしれないというのは、ちょっと考えされられました。感染したことよりも感染したことで非難を受ける恐ろしさがありますよね。いまだに家族とは外食にも行っていません」
特に緊急事態宣言以降、医療従事者や物流業者などのエッセンシャルワーカーが理不尽な差別を受ける例が相次いだ。彼自身は幸いにも差別を受けるようなことはなかったそうだが、日本人の潔癖な面がプレッシャーになったことは否定できない。
では、日本でも行われたエッセンシャルワーカーへの拍手や花火などは率直にどう感じたのだろうか。
「海外だと自然発生的に行われた雰囲気ですけど、日本は誰かが音頭をとってやったと感じなので、うれしいのですけど日本的だなって(苦笑)」
「準備しておいてほしい」
エッセンシャルワーカーに対して今、われわれ市民ができることは何か?と問うと、「新型コロナウイルスは災害です。準備していてほしいです」と。どういうことか?
「例えば熱が出たら、まずどこに電話するかなど、初動をどうしたらいいのかを知っているだけで、医療従事者の負担は軽減されると思います。自治体によってシステムが違うので、住んでいる自治体が定めた流れに沿ったやり方を頭の片隅に入れていてほしい。予防は大事ですが、感染したときの備えも重要です」
一年前と比べると、市民である私たちもマスクを着け、ソーシャルディスタンスをとる、というコロナ対策の習慣は身に着けた。それでもやはり、ウイルスの感染拡大はどこか別の場所で起こっているような気がしてしまう。そんなとき、エッセンシャルワーカーたちのことを思うだけでも行動は変わるかもしれない。
「われわれの仕事はいま持っている武器を使って最大限のことをするだけです。救急車内で血圧を測り、病院を探し、状況を説明し、ダメなら次の病院に電話する。そしてOKなら搬送するというのを繰り返します。
救急車の設備が良くなったりはしますけど、仕事の本質は何も変わらない、アナログ的な仕事の最たるものです。世間ではリモートワークとか言いますが、リモートでできる仕事ではないので『そういう仕事なんだなあ~』って改めて思いました(笑)。
患者の中には私たちに感染させるリスクがあることを理解している人もいて、『熱があるのに来てもらってごめんね』って言われると、うれしいような、申し訳ないような気持ちになったこともあります」
冗談をいうあたり、彼自身には余裕があるようでなんだかほっとする。最後の謙虚な姿勢がいかにも救急隊員的で印象的だった。