2021年の経済を予見することは難しい。コロナ禍で明け暮れた2020年を予想できなかったようにである。ただし、経済を左右する最大の要素がコロナ禍であり、金融と財政がシンクロするように市場が乱高下する一年になるのではないかとの予感を持っている。不確実性が支配するなか、市場では予期せぬショック“ブラックスワン”が出現する可能性も捨てきれない。
財政支出・金融支援の総額は1200兆円超に
2020年は、新型コロナウィルス感染症の拡大に世界がおびえ、経済は大幅に縮小した。欧州でのロックダウンを見るまでもなく、人、モノの流れは停滞したが、その穴を埋めるように世界の中央銀行は過剰なマネーを市中に供給し、財政当局は惜しみなく予算をばらまいた。実体経済がシュリンク(縮小)する反面、ひとりマネーだけが世界中を跋扈した一年であった。
IMF(国際通貨基金)の2020年10月時点の集計では、世界のコロナ対策の財政支出や金融支援の総額は約12兆ドル(約1236兆円)に達し、さらに膨らんでいる。
政治も背中を押した。アメリカの大統領選はその筆頭だが、日本も首相交代があり、コロナ対策に膨大な資金が投入されることに政治面からブレーキが踏まれることはなかった。米連邦政府の債務残高は27兆ドルと過去最大で、GDP比でみても130%と、1930年代の大恐慌時の2.5倍まで拡大している。日本も3次にわたる補正予算が組まれ、2021年度一般会計予算は過去最大の106兆円を突破した。基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化は目途すら立たない。
実体経済の低迷の一方、暴騰するリスク資産
世の中にばらまかれた金融・財政の資金は、あらゆる市場を潤した。株式市場は高騰し、NYダウは3万ドルを超え、日経平均株価はバブル崩壊後の最高値を更新した。金も一時1トロイオンス2000ドルまで高騰し、暗号資産(仮想通貨)の代表格であるビットコインまでも一時2万ドルを超えた。
これら資産の高騰を演出した要因のひとつは、日米欧の主要6カ国の中央銀行が2020年3月に実施したドル資金の大量供給「ドル流動性供給オペ」にほかならない。この「ドル流動性供給オペ」の本尊はいうまでもなくFRB(米連邦準備理事会)である。FRBはカナダ中銀、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行、スイス中銀、日銀と常設的な通貨スワップ協定を結びドルを供給した。
そして3月末にFRBは、米国債担保にドル資金を貸し出すレポ取引の対象を、ニューヨーク連銀に口座を持つ200以上の中央銀行や国際機関に拡大した。新興国のドル資金不足を支援することで、ドル建て債務のデフォルト(債務不履行)を防ぐためだった。
このFRBによるドル資金の供給は絶大な効果をもたらした。コロナ禍で実体経済が低迷するのを尻目に、株式市場をはじめとするリスク資産は暴騰した。緩和マネーが大量に流入したためだ。
この過剰なまでのマネーはリスク資産だけでなく、ヘッジファンドを中心とする投資マネーやM&Aを活気づかせた。2020年の日本の上場企業のTOB(株式公開買い付け)は11月末までで前年比2倍の5兆5149億円に達し、1991年以降で最大となった。また、2020年に世界の企業が増資や新規株式公開(IPO)による資金調達額は前年比で約6割増え、初めて1兆ドル(約103兆円)を超えた。
改革を迫られる企業、ゾンビ企業の延命はいつまで
一方、緩和マネーは経済の負の側面も覆い隠した。「コロナ禍に伴う大量の資金供給により本来、淘汰されるべきゾンビ企業が延命している」(メガバンク幹部)という見方だ。金融緩和とコロナ対策の財政出動から、企業倒産は増えるどころか減少している。
ただし、コロナ禍は新たな側面から産業構造の転換を迫っている。航空会社や旅行会社など直接的かつ甚大な影響を受けている企業群だけでなく、例えば、DXに象徴されるデジタルの進展が加速し、関連する企業に資金も利益も集まる一方、伝統的なオールドエコノミー企業の中にはビジネスモデル自体の抜本的な改革を迫られている企業、業種もある。コロナ禍で生活様式そのものが変容する。従来の経営手法が通用しなくなった面は否めない。
中小企業においても同様で、給付金や無担保・無保証融資といった緊急避難的なコロナ対策でどうにか生き延びているところも少なくない。これらの企業群がどうなるのか、廃業という隠れ倒産も増える傾向にあり、2021年の大きな焦点となろう。
そうしたなか、「大企業のみならず中小企業のM&Aも活発化している。従来の後継者不足による事業売却ニーズがコロナ禍で前倒しになっている印象だ」(地域金融機関幹部)という。中小企業にも再編の波が押し寄せる可能性が高い。
「2021年はリクイディティ(流動性)からソルベンシー(資本・支払い余力)の問題に状況が移っていくのではないか。これからの資本性資金の調達ニーズの高まりに備えている」とメガバンク幹部は語る。2020年はコロナ禍に伴う流動性資金の供給、いわゆる輸血に力を入れたが、2021年は棄損した資本を増強する支払い余力に力点を置いたフェーズに移るという指摘だ。その過程で資本増強をめぐり再編も視野に入るということか。
元FRB議長のイエレン米財務長官の就任で市場に安心感も
2021年の経済は、最悲観から最楽観まで振れ幅の大きい複数のシナリオが想定されよう。それを決定づける最大のファクターはコロナ禍の動向であり、ここにきて「変異種」が広がり始めていることは悲観シナリオを勢いづかせる。
しかし、世界経済の覇権を握る米国経済を俯瞰すると悲観一色ではない。1月20日に正式就任するバイデン次期大統領の経済政策「バイデノミクス」では、10年間で10兆ドル(約1000兆円)もの対策費が見込まれている。まさに「ニューディール政策」の再現だ。
財源は連邦法人税率の引き上げや富裕層の増税、GAFAに代表されるIT企業への「ミニマム税」導入などが挙がっているが、大部分は国債の増発となろう。大規模な金融緩和も継続されることは確かだ。そのハンドリングを担うのはジャネット・イエレン次期財務長官である。初の女性FRB議長も務めたイエレン氏の手腕は傑出している。
イエレン氏の恩氏は『インフレと失業の選択』の著者でノーベル経済学賞を受けたジェームズ・トービン教授。「私にとって失業率は単なる統計数字ではない」と語るイエレン氏の哲学はトービン氏ゆずりといわれる。雇用問題の専門家だ。
イエレン氏は民主党リベラル派や米女性団体から圧倒的な支持を得ている。上院は共和党、下院は民主党が過半数を握る“ねじれ”が生じる可能性があるだけに、議会対応に長けたイエレン氏の財務長官就任は適任だ。イエレン氏の財務長官就任で市場の安心感は高まる。
コロナ禍が収束するタイミングが一番危うい
しかし、それでも市場の疑心暗鬼はとけない。史上空前の高値まで上昇した株価が下落に転じるやもしれない。“ブラックスワン”が出現する可能性は捨てきれない。そのタイミングはいつなのか。2021年に訪れるのか、それともさらに先なのか。
少なくとも現在の市場のユーフォリアを支える過剰なマネーが逆流し始めたときであることは確かだろう。皮肉にもコロナ禍の収束が見え始め、金融・財政が引き締めに転じる局面が一番危ういのではなかろうか。