脱炭素の影の主役? 粛々と進む「核融合炉」開発

写真:AP/アフロ

技術・科学

脱炭素の影の主役? 粛々と進む「核融合炉」開発

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ここ数年、世界が足並みを揃えて向かいはじめたカーボンニュートラルは、結局のところエネルギー問題である。日本政府は再生可能エネルギーの活用を叫ぶが、一方で原子力に頼らざるを得ないのが本音。しかし、日本にとって既存の原子力発電はトラウマ、それを拡大するとなったら批判は必至だ。そんななか、日本どころか世界のエネルギー問題を一気に解決する「核融合炉」の研究が粛々と進んでいることをご存じだろうか。

カーボンニュートラルの要は原子力

2020年12月25日、菅政権は2050年の脱炭素社会実現に向けた「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の詳細を公表、電力の半数を太陽光(ソーラー)、洋上風力など再生可能エネルギーでまかなうという思い切った目標が印象的だが、すでに欧州や中国などはカーボンニュートラルをめぐるPR合戦でしのぎを削っている状況で、のっけから「この程度ではマーケットへのインパクト不足」との声も挙がっている。

それはさておき、再エネは「風まかせ、おてんとうさま任せ」というアキレス腱を抱えており(間欠性電源)、安定供給にはどうしても天候に左右されないベースロード電源という担保が不可欠。今回のグリーン成長戦略は、この主軸を現在の石炭火力から原子力、しかもより安全な次世代型小型原子炉へと転換すると宣言した点が注目だろう。

一方、この動きを横目でにらみながら“ポスト次世代型小型原子炉”ともいうべき一大構想「核融合炉」の開発が国際プロジェクトとして粛々と進行。実は日本は同分野で世界をリードしており、2020年は実用化に向けての非常に大きな節目だったことを認識する日本人はあまりいない。

パイナップル1個で石炭1万トン分

「核融合」とは、原子同士がぶつかり中心の原子核が合体(融合)、別の元素に変身すること。ウランが核分裂するときに発する膨大なエネルギーを活用する現行の原子力発電所とは真逆の物理的反応で、核融合反応のすさまじいエネルギーで水を沸騰させタービンを回して発電するのが核融合炉の原理だ。

一般的に質量の軽い元素が核融合を起こしやすく、最も軽い元素の水素(H。原子番号1)が代表格。各元素には見た目は同じながら原子核(陽子+中性子で重さはほぼ同じ)を構成する中性子の数が若干違う「同位体」という“突然変異”がいくつか存在。

自然界のHの99.9%は物理的に安定した「¹H 」(原子核は陽子1+中性子0)だが、わずかに「重水素(²H):D」(陽子1+中性子1)や「三重水素(³H)/トリチウム:T」(陽子1+中性子2)がある。³Hは物理的に不安定で放射線を出しながら放射性崩壊を起こし最終的にヘリウム(He)に変化。このDやTを核融合炉の燃料とするのが狙い。

核融合炉の魅力は何といっても枯渇しない資源量とケタ外れの熱量。海水中のDの含有量は0.015%で一見少なく思うが、総量は何と48兆トンでほぼ無尽蔵。一方Tは自然界にほとんど存在せず現状ではリチウム(Li)を使って合成するのがメーンだが、こちらも海水に溶け込む量が2000億トン超と推測。海水からの抽出は現状ではまだ割高だが、いずれ核融合が普及し需要が高まれば量産化による単価逓減は十分可能なはず。

核融合のアドバンテージに関しては、例えば核分裂を応用する現行の原子力発電(ウランを燃料)に比べエネルギー量は重量比で約4.5倍、石油の8000万倍で、「パイナップル1個分程度の核融合燃料で石炭1万トンに相当」との比喩が有名。一般的な原子力発電所や大型火力発電所の出力100万kWに匹敵する“核融合発電所”が必要とするDとTの量は年間250kg足らず、ごく普通の力士2人分に過ぎないという。

日米欧ロ中印韓などが珍しく共同戦線

まさに太陽で起きている現象であることから“地上の太陽”ともいわれる核融合炉。エネルギー資源に乏しい日本は早くからこの分野に目をつけ、日本初のノーベル賞受賞者(物理学賞)、湯川秀樹教授が旗振り役となり1960年代から継続、1980年代半ばにはトカマク型(磁場閉じ込め型核融合実験装置)「JT-60」を完成。一方、東西冷戦の終焉を掛け声に核融合炉の国際共同開発計画が一気に現実化、2006年に日米欧ロ中印韓など世界主要35カ国加盟の「国際核融合エネルギー機構(ITER:イーター)」が発足する。

そしてこの計画に基づき2020年3月、日本の量子科学技術研究開発機構(QST)は茨城県で世界最大の核融合超伝導トカマク型実験装置「JT-60SA」(JT-60がたたき台)を構築、2021年から本格試験運転に突入する。

また、これと並行するかたちで中国でも2020年12月、自主開発のトカマク型核融合研究装置「HL-2M」を稼働。加えて2020年7月にはITERがフランス国内で国際熱核融合実験炉の組み立てを開始、2025年の点火を目指す。もちろん前述のJT-60SAやHL-2Mで得られた成果はITERに反映さる模様。実用化は2050年頃と見られており、日本をはじめ主要国が掲げるカーボンニュートラルの達成目標年と奇しくも合致する。

実用化は不可能? 技術的な課題が山積

ただし問題は山積で、ITER開発にはすでに250億ドル(約2兆6000億円)が投入されており「果たして採算が合うのか」という声も少なくない。前述した燃料のD、Tを海水から廉価で抽出する技術の確立も気になるところ。

加えてウランを使う現行の原発よりも放射能の危険性は格段に低い、との指摘もあるが、放射性物質のTを扱うのは事実であり、安全性をどのように保つのかは非常に大きな問題。さらに現行の脱炭素の動きが加速し、再エネ・水素社会関連技術が予想以上に進化した結果、「そもそも核融合炉を必要としない」という状況になる可能性も否定できない。

とはいえ、少ない燃料でクリーンなエネルギーを莫大に生み出す核融合炉は、人類のエネルギー問題を解決するともいわれる。今後の宇宙開発にとって垂涎の的、カーボンニュートラルの“影の主役”ともなる可能性は否定できない。