アメリカのバイデン大統領は2020年2月、バイデン政権の外交方針について演説し、中国を“最も重大な競争相手”と位置づけ、安全保障や人権、グローバルガバナンスなどあらゆる分野で対抗していく姿勢を明らかにした。2020年以降、新型コロナウイルスの感染拡大、香港国家安全維持法の施行や印中国境での衝突などもあり、インド太平洋地域では“日米豪印VS中国”の構図が鮮明になってきている。そんななか、その対象地域の一つである尖閣諸島をめぐって、最近大きな動きがあった。中国では2月、海上警備活動などに従事する海警局に対し、必要に応じて外国船舶への武器使用を認める「海警法」が施行されたのだ。尖閣諸島周辺の緊張が高まることが予想されるが、果たして日本海洋安全保障にどう影響するのだろうか。
具体的な範囲が示されない「海警法」
中国で2月から施行された「海警法」は、中国海警局を準軍事組織と位置付け、外国船が中国の主権や管轄権を侵害した場合、武器使用を含むあらゆる必要な措置を取ることができると規定している。また、海警法は中国の権限が及ぶ範囲を“管轄海域”と規定しているが、その具体的な範囲は全く示されていない。
海警局は文字どおり海の警察であり、日本でいえば海上保安庁にあたるが、2018年に組織改正で軍指揮下にある人民武装警察部隊に編入され、軍との一体化が進んでいた。今回の武器使用容認は、海警局の軍事組織化をいっそう示すものとなった。そして、管轄海域を明確にしていないことからは、中国にはその時や状況に応じて必要な措置を取るという思惑があることが想像できる。昨年施行された香港国家安全維持法でも、逮捕や拘束の基準が曖昧となっており、現地に住む外国人たちもいつ自分たちが拘束されるかと懸念を抱いているという。
また、中国の主権が侵害された場合となるが、中国はウイグルやチベット、台湾や香港と同じく尖閣諸島を絶対に譲ることのできない核心的利益と位置づけている。要は、中国の解釈や判断によっては、日本船舶の尖閣諸島周辺における航行自体が武器使用基準に当てはまってしまう恐れがあるのだ。
海警法はサラミ戦術の一つか
2020年、尖閣諸島周辺の接続海域に海警局の船舶が現れた日数は過去最多の333日 に、領海への侵入は29日に及んだ。また、202010月には領海への連続侵入時間がこれまでで最長の57時間を超え、海警局の船舶が日本漁船の尖閣への接近停止を要求したり、日本の領海内に侵入して日本漁船を長時間にわたって追尾したりするなど、これまでになく強硬的な行動を見せている。
尖閣問題において、中国は持久戦を想定しており、小さな行動を積み重ねて徐々に自らに有利な環境を作っていくサラミ戦術をとる。中国にとって、尖閣諸島周辺での航行は1日1日の努力の積み重ねであり、中国が狙っているのは、海上保安庁や自衛隊、米軍の疲労や疲弊だろう。今回の海警法の施行もそのサラミ戦術の一つであり、現在、中国は日本や米国の反応を注視しているはずだ。
また、問題は尖閣諸島だけではない。南シナ海においては中国による人工島や軍事滑走路の建設など、一方的な活動が依然として続き、フィリピンやベトナム、マレーシアなどとの緊張が続いている。当然ながら、海警法は南シナ海にも適応されることから、フィリピンやベトナムなども海警法による武器使用容認を大きな脅威と感じていることだろう。南シナ海は、中東やアフリカなどから日本へ物資が輸送される大動脈(シーレーン)であり、日本の民間商船にとっても海警法は大きな懸念事項となる。
たとえ国際法違反だとしても意に介さない
中国の海警法は、日本でも「国際法違反ではないか」との指摘も聞かれる。しかし、2016年に国際仲裁裁判所が中国の南シナ海で主張する九段線に対して違法判決 を下したが、中国はそれを無視して南シナ海での覇権活動を続けている。たとえ海警法は国際法違反だとする声が国際社会で強まっても、それによって中国による海洋覇権のエンジンが低速になることはないだろう。米中対立がいっそう深まるなか、今後の海警法と海洋安全保障の行方が懸念される。