withコロナの時代は2年目に入った。1年前と比べわれわれの知識も増え、どのように生活すればいいのかという勘所も少しずつわかってきた。スポーツも野球、Jリーグ、相撲など無観客試合から徐々に観客を入れるようになったが、数あるスポーツの中で新型コロナウイルス対策が最も難しい競技のひとつにラグビーが挙げられるだろう。2021年2月20日に開幕したトップリーグは現在、リーグの真っただ中だが、オリンピック開催の是非が議論されるなか、成果によっては競技会における感染症対策の試金石となり得る。
トレーニング方法まで細かい規定
ラグビーは、1チーム15人で戦うことから同時に30人がフィールドを縦横無尽に走り回り、しかもタックル、スクラムという密度の濃い接触プレーがある。コロナ禍においては、数あるスポーツの中で感染リスクの高い競技のひとつと言えるだろう。
2020-2021シーズンは出だしからつまずいた。2021年1月16日に開幕する予定だったトップリーグは、キヤノン、トヨタ自動車、サントリー、神戸製鋼、東芝などで陽性者が出たため開催が延期。大会フォーマットを変更した上で2月20日から始まった。
日本ラグビー協会は、「競技による接触ではなく、プライベートでの行動が原因とみられる」としているが、競技人数が多いことからプライベートでも1人が感染すれば、たくさんいるチームメイトに感染させるのみならず、感染を避けられたとしても保健所から濃厚接触者と判定され、一定期間身動きが取れなくなってしまう確率も上がってしまう難しさがある。
トップリーグは「新型コロナウイルス感染症対応ガイドライン」を2020年11月11日に第1版を発表し、同年の大晦日に第2版、開幕直前の2021年2月19日に第3版を発表。更新頻度を見ると、2022年から新リーグが始まることを受けて“最後のトップリーグを何とか無事に終わらせよう”という気概が感じられる。
60ページ以上にわたるガイドラインは実に細かなことまで規定されている。試合開催の判断の流れ、観客や関係者が感染を疑われた場合の導線について。チームの移動は可能な限り公共交通機関での移動を避け、物理的に可能な場合は個人の車による移動やチャーターのバスを利用。その際場合は、運行会社と協力し、事前・事後に徹底的にバスを清掃・消毒するように手配する。
宿泊施設は、可能な場合は、すべてのチームメンバーに対して個別の部屋で参加者全員がホテルの同じ階に宿泊するように手配し、食事やチームミーティングのときは専用のスペースを確保する……といったことを明示。せっけんはポンプ型が望ましいなどといったことまで書かれている。
トレーニングも、レベル1の個人練習レベルからレベル5の対人コンタクト練習まで5段階に分け、対人コンタクトの練習も防御側タッチを入れた簡易ゲームから、ゲーム形式まで4段階に分けている。
トレーニング活動自粛期間からトレーニング再開に向けたリコンディショニングに関するガイドライン
陽性者ゼロ、リコーブラックラムズのケース
まだ陽性者が出ていないリコーブラックラムズの西辻勤ゼネラルマネジャー(GM)に、チーム独自の感染症対策を聞いた。
「独自の防疫対策としてはオゾン消毒器を導入し、定期的に居室の消毒を行っています。医療現場で利用されている実績はあるものの、コロナに対しての有効性は不明ですが、『最善を尽くす』というスタンスで使用しています」(西辻GM、以下同)
トップリーグのガイドラインを基にリコーとしてのルールを決め、順守をしているのだという。
「人の手の触れるところは70~80%のアルコールを使って定期的に消毒を行います。オゾン消毒器の場合は、20時に起動するので19時半には掃除、消毒を先に行う必要があるなど、全体の消毒のルーティン化を作り出すことを重視。また、消毒方法、タイミングなども可視化して選手に伝えています」
日常的な手洗いについても徹底させるのは口で言うほど簡単ではなく、理解を促すためにリマインドを続けているという。そういう意味では、感染症対策で一番難しいのは何だろうか。
「普段の生活から自身の身を守る、危機管理能力を養わせることです。リコーは社員選手が大半を占め、リモートワーク推奨とはいえ、公共交通機関で出社する社員がいます。自分がいくら頑張って自己防衛しても、ほかの人が無意識に運んできてしまうので、いかに見えないウイルスから逃げるかが重要であることを理解させるようにしています。
今日は安全でも、明日は安全とは限らないという警戒心を常に持って行動させるための教育は難しいことです。ウイルスの動きは予測不可能なので、いつも選手には“もし今、感染者が近くにいる場合、自分は安全か否か”という考えをもとに行動するように伝え、週に一度、全員にLINEで注意喚起を行っています。
これまでに陽性者が出ていないのは特別な対策を講じているわけではなく、個々人が高い規律意識をもって行動してくれている賜物です」
西辻GMは選手に感謝していたが、結局のところ、最後は選手の個々の意識の高さ次第というのが感染症対策の実情なのだろう。
試合会場は、基本に忠実な感染対策
観客が入った試合会場の様子を知るため、3月14日に駒沢オリンピック公園総合運動場で行われた第4節[リコー対神戸製鋼]の試合を取材した。
入口ではまず検温が行われ37.5度以下であるかどうかを確認。次に手の消毒を行い、チケットを見せてから入場可能となった。もちろん、マスクは着用しなければならない。グッズ販売、ファンクラブ募集なども行われていたが、そこもソーシャルディスタンスを保った形で運営されていた。
当日券の販売はなく、会場内では「再入場はできません」、「来場者から感染者が出た場合を想定して購入したチケットの半券を試合終了後14日間保存してください」とのアナウンスが流れていた。横断幕、大声を出す、鳴り物、ハイタッチなどの応援は禁止。飲食の販売もなかった。
日本政府は2度目の緊急事態宣言で屋外でのイベントは5000人以下かつ人と人の距離を十分確保(できるだけ2メートル)することを定めており、東京都も同様の扱い。駒沢のスタジアムは約2万人収容なので最大でも4分の1の客しか入ることができないことになる。実際のスタンドもそのような様子だった。
感染予防対策はメディア関係者も同じで、受付前に感染状況についての確認書の提出、検温、消毒、マスクの着用義務のほか、選手に直接インタビューはできず、試合後にオンラインでの会見があるのみだ。試合終了後も1時間以内に退場しなければならない。外周取材も観客へのインタビューは遠慮するよう通達を受けた。
withコロナ時代の観戦方法として基本に忠実な感染症対策をしていると感じた。静かな観戦、大声もさせないというのは寂しいものがある一方で、観客が試合により集中できるという面はメリットといえるかもしれない。
トップリーグでの知見は将来への財産に
東京オリンピック・パラリンピックの開催の是非についての判断時期が近くなっているが、最大の懸念は人が集まることでの感染拡大で、五輪で再び感染が広がればそれは最悪の事態だといえる。逆に言えば、五輪を開催して成功すれば、経済を今より回しやすくなるノウハウを手に入れるということになる。
開催の是非は別として、30人がプレーするラグビーは結果的に壮大な実験場になっているともいえる。トップリーグやラグビー界全体が得た知見はいずれにしろ、将来起こるであろう新しい感染症拡大のなかでのスポーツイベント、ひいてはコンサート開催などへの道を開くなど社会の大きな財産になることは間違いない。