中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)の常務委員会は2021年3月30日、香港の選挙制度改革について全会一致で可決、翌3月31日から施行された。改革は行政長官選挙と香港の議会である立法会の選挙制度についてで、民主派を排除する内容になっている。中国政府はすでに2020年7月に香港国家安全維持法を制定して民主主義に対する制限を強化ており、今回の選挙制度改革によって香港の民主化の息の根をほとんど止めたことになる。事実上、「1国2制度」は終焉を告げた形となった。
閉ざされた普通選挙への道
今回の制定は香港国家安全維持法(国安法)と同じように付帯文書を改訂する形で行われた。
具体的にどういった改革がされることになったのか? 基本法は全9章で構成され計160条ある。付帯条項は3つあり、行政長官選挙について書かれた付帯条項1「香港特別行政區行政長官的產生辦法(Method for the Selection of the Chief Executive of the HKSAR)、立法会選挙について書かれた付帯条項2「香港特別行政區立法會的產生辦法和表決程序(Method for the Formation of the Legislative Council of the HKSAR and Its Voting Procedures)」、国安法を制定するときに使われた付帯条項3「在香港特別行政區實施的全國性法律(National Laws to be Applied in the HKSAR)」だ。今回は付帯条項1と2を改訂する形で実施される。
スケジュールとしては2021年12月に第7回立法会選挙、2022年3月に行政長官選挙が行われる予定で、香港政府は関連法を5月までには整備したい考えだ。
行政長官選は、「工商・金融界」、「専業界」、「基層・労工・宗教等界」、「各議会組織代表」という各業界から各300人の合計1200人からなる選挙委員会から構成され、この委員の投票によって決まっていた(林鄭月娥[キャリー・ラム]現行政長官は当選時777票を獲得)。
来年3月の選挙では最初の3つの区分は同じだが、「立法会議員、地区組織、代表等界」が300人と「港区人大代表・港区政協委員・有関全国性団体香港成員代表界」という中国政治に近い選挙委員300人が創設され、計1500人となる。なお、各議会組織代表には、区議会議員の代表として117人分が割り当てられていたが廃止される。2019年の区議会選挙では、民主派が圧勝してこの委員枠を獲得していただけに大きな損失だ。
なお、永久居民のみが委員になることができ、任期は5年。立候補するにはこれまでは最低150人の選挙委員の推薦が必要だったが、これからは188人に増加し、かつ5つの業界すべてから最低15人の推薦が必要となる。
2014年の雨傘運動は行政長官選の普通選挙を求める運動だったが、選挙委員会の構成、立候補の要件を勘案すると、普通選挙実現の目途は全く立たなくなった。
立法会選挙は民主派の立候補すら難しい
立法会選挙はこれまで70席で、業界団体から選出される職能別35議席、直接選挙が35議席の計70議席だったが、今後は職能別が30議席の5議席減、直接選挙が20議席の10議席減となる。さらに選挙委員会40議席が創設され、合計は90議席と定数は逆に20議席増える。ただし、選挙委員はほぼ親中派で、その彼らが立法会議員になり、かつ全議席の半分近くある40議席を占める。
そして、民主派が強さを発揮してきた地区選挙は、一人1票は変わらないが、議席数は大幅に減少。選挙区の区割りも前回までは全5区による中選挙区制だったが(比例代表制を採用)、これからは全10区となり、各区とも得票数が多い上位2人が当選となる。
立候補するには、最低100人、最大で200人の推薦が必要で、上述の5つある選挙委員会からそれぞれ最低2人、最大で4人の推薦も必要とすることから、民主派はそもそも推薦を集めるのも難しい。
また、行政長官と立法会選の立候補者について、中国政府は「愛国者でなければならない」と規定。つまり、中央政府を支持する人のみが立候補できるとしている。国安法に基づいて設置された警察の治安部門が、事前に調査を実施し、その結果を新たに設置される「資格審査委員会」に報告する。ここで政府への忠誠がない判断した場合、立候補は認めない。また、この判断に対して訴訟などで異議を申し立てることもできないというがんじがらめの内容だ。
付帯条項1、2は1990年4月4日に初めて全人代で可決され、行政長官と立法会の全議員について「最終的に、普通選挙で選出する目標に至る」と明記していただけに、約束を反故にした形となった。
民主派が当選できても最大で16議席
全人代常務委での法改正などは通常、可決までに何回かの審議を行うが、今回一発で改正させたことから、中国政府の“香港の民主化の道を塞ぐ”という強い意志が感じられる。その原因は2019年の区議会議員選挙で、民主派が全議席の85%を獲得したからだ(投票率は香港選挙史上最高の71%)。
中国政府は、チベット自治区、新疆ウイグル自治区、そして香港について、共産党による統治を脅かす発火点になると考えており、“国体”を脅かす芽は、どんなに小さくても徹底的に摘むということだろう。
かなり横暴な法改正に思えるが、これらは最終的には中国の主権の問題であり、国際世論が「香港の民主主義が機能不全に陥った」などと言おうが、各国政府は大きな口出しはできないと中国政府は認識している。仮に経済制裁を受けたとしても致命的なものにはならないはずだという計算もあるだろう。
巧妙なのは、100%民主派が立候補できない、当選できないわけではないという点にある。そうすることで、香港には「民主主義」というものがまだ残っているということを対外的にアピールできるからだ。とはいえ、香港中文大学政治與行政学部の蔡子強高級講師は香港の新聞『明報』の取材に対して「最も楽観的に考えて(民主派は)16議席程度しか議席を獲得できない」と厳しい見方している。
未来の立法会は親中派ばかりになることが想定され、審議機能は事実上、形骸化し、中国政府と香港政府が思い描く法律が容易に立法化されることになる。民主化への動きをけん制する法律を作ろうと思えばいくらでもできるはずだ。つまり、共産党の決定を追認する“全人代的機関”になる。
香港は政治的に中国の一都市へ
2020年の国安法制定と、今回の選挙制度改革で、中国政府は香港の民主化を止める総仕上げに入った。
現在、香港は依然としてアジアの金融のハブである。中国政府は一気に中国化させることは経済的うまみを消すことになるのでそれはせず、香港経済を中国経済とさらにリンクさせることで中国依存を加速させるふうにもっていくだろう。
ただし、今の香港は共産党の統治を嫌った中国人が香港に移り住み、経済都市として発展させる役割を担った部分がある。この歴史的背景を考えると、共産党は100%香港財界を信用できない一方で、香港財界も中国政府を100%信用していない。
一方で、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)収束後、疲弊した香港経済を救済するため中国政府は香港経済と一体化を進めてきた。それ以降、香港は経済面での中国依存が増え、中国資本も香港に進出してきた。香港は今後、中国の都市よりは経済的自由があるものの、政治的には完全に中国の1都市となるだろう。
いずれにしろ、香港の返還に際して1984年に中国とイギリスの間で交わされた中英共同声明に記された「(50年の間)社会主義の制度と政策を実施せず、従来の資本主義制度と生活様式を保持」は反故にされ、香港の1国2制度は25年も早く終了したといっても過言ではない。