バイデン氏は米大統領就任直後から、パリ協定に復帰するための大統領令に署名し、2015年のイラン核合意への復帰を公約に掲げるなど、脱トランプ路線を強く示してきた。しかし、対比される両政権にも、一つ継承される路線がある。それが対中国だ。すでに中国をめぐっては、共和党民主党を問わず超党派な見解一致があり、バイデン政権も中国を最大の競争相手と位置付け、厳しい対応を見せ続けている。そして、激化する米中対立の火の粉は、今後日系企業にも降りかかる可能性が高いのだ。
日系企業にも経済影響が広まる可能性
トランプ政権は米中貿易戦争と呼ばれるように、中国と1対1で対決してきたが、バイデン政権はイギリスやフランス、日本やオーストラリアなど同盟国や友好国と協調しながら多国間で中国に対峙していこうとする。そして、これまでのバイデン政権高官たちの発言や公開レポートなどを総合的に考慮すれば、バイデン政権下でも米中対立が続くことは間違いない。日系企業の損益を含めた経済安全保障の視点から考えれば、その影響はトランプ時代より広範囲に及ぶ可能性がある。
なぜ、トランプ政権時より影響が広範囲に及ぶ可能性があるかというと、米中の経済力がますます拮抗しているなか、バイデン政権が海洋安全保障に限らず、経済やハイテク(人工知能や電気自動車、脱炭素技術など)、人権やサイバーなど多岐に渡って同盟国の協力や役割を重視しているからだ。
例えば、バイデン大統領は2021年2月下旬、経済貿易面での対中依存度を下げていく政策を推し進めていくべく、半導体やレアアース、医薬品などの輸出入先を根本的に見直す大統領令に署名した。また、3月下旬にはハイテクノロジーで中国に対抗するため、今後8年間で2兆ドル(約221兆円)を超える投資を実施していく方針を明らかにし、半導体を含むサプライチェーン再構築に向け同盟国・友好国と協力を加速化させる動きを見せている。
「H&M」や「ナイキ」の不買運動が広がる
一方、新疆ウイグルの人権問題をめぐってバイデン政権と中国の間で火花が散るなか、すでに経済的な影響が出始めている。アメリカやイギリス、カナダは3月下旬、中国が新疆ウイグル自治区での人権侵害を続けているとして制裁措置を発動し、スウェーデン衣料品大手「H&M」や米スポーツ用品大手の「ナイキ」などの欧米企業が新疆ウイグル産の綿花を使わないと表明したことで、中国のネットやSNS上ではH&Mやナイキの商品を買うなと不買運動を呼びかける声が拡散した。
また、フランスでは人権NGOなどが4月上旬、ウイグル問題をめぐり、ユニクロのフランス法人や米国、スペインなど衣料品大手4社を、強制労働や人道に対する罪を隠匿している疑いで刑事告発したと明らかにした。
同人権NGOなどが告発した背景には、4社が強制労働を強いられるウイグル人が栽培した新疆ウイグル産の綿花使用において曖昧な態度を貫いていることがあるという。
これらは、中国に進出する日系企業にとっても対岸の火事ではない。仮に、H&Mやナイキのような形で声明を出す日系企業があれば、それに対する不買運動が中国国内で高まる恐れは十分にある。
この米中対立の要因となるウイグル問題をめぐって、日本は難しい立場にある。自由民主主義国家として欧米と歩調を合わせたいものの、経済の対中依存度を考慮すれば中国との関係悪化を避けたいのが本音だ。だが、バイデン政権が対中で多国間的枠組みを重視しているなかでは、米中対立が日中関係を自然に覆う可能性もある。ブリンケン国務長官は中国への対応は各国によって異なると発言したこともあるが、中国が「結局日本はアメリカと歩調を合わせる」と判断すれば、輸出入制限や関税引き上げなど日中間で摩擦や亀裂が深まることも考えられる。
4月中旬の日米首脳会談では、共同声明では52年ぶりに台湾問題が明記されたが、中国共産党系メディアは、「日中の関係改善の勢いは失われ、今後の日本の対応によってはそれなりの対価を払うことになる」と強く日本をけん制した。
日系企業は対中依存度を軽減すべきか?
日中関係をめぐっては、過去に日本は経済的な被害を受けたことがある。2005年には、当時の小泉純一郎首相が靖国神社を参拝した際、中国では反日感情が高まり各地で日本製品の不買運動が起こった。2010年の尖閣諸島での中国漁船衝突事件や2012年の尖閣諸島国有化宣言をめぐっては、中国各地で反日デモや不買運動が広がるだけでなく、パナソニックやホンダ、トヨタなどの店舗や工場が放火され、スーパーではイオン・ジャスコなどが破壊や略奪の被害に遭った。
過去のこういったケースや今後の国際情勢を考慮すれば、中国に進出する日系企業にはリスクヘッジするという意識が少なからず求められる。野菜ジュースで有名なカゴメは4月、ウイグル問題をめぐる情勢も考慮し、新疆ウイグル産のトマトの使用を停止すると明らかにした。各企業によって対中依存度も異なることから、カゴメのような選択肢が難しい企業も多い。だが、今後の不透明な情勢を考えれば、対中依存を軽減し、ベトナムやインドネシア、タイなど東南アジアへシフトさせるのも一つの戦略かもしれない。