総合人材サービス大手のパソナグループは、就職氷河期世代を主な対象に地方創生事業を通じた街づくり人財を育成する「MBA(Middles Be Ambitious)制度」や、主に定年退職後のシニア人材を対象に生涯現役での活躍を支援する「エルダーシャイン制度」など、数々の挑戦的な試みを行ってきた。そして新たに2022年春に入社する新入社員に向けて、入社1年目から複数の職種に従事する『ハイブリッドキャリア採用』を開始する。多様な価値観が広がり働き方にも多様性が求められるなか、この試みにはどんな狙いがあるのか。株式会社パソナグループの常務執行役員HR本部長 金澤真理さんに話を聞いた。
“仕事×○○”で生まれる複線的なキャリア
会社員の仕事というのは、営業部に配属されたら営業の仕事、広報部に配属されたら広報の仕事というように、所属する部署の中で業務を遂行するのが一般的だ。パソナグループはその常識を見直し、以前から「一つの職種×○○」の複線的なキャリアの積み方を推進してきた。パソナグループの人事・労務を総括する金澤真理さんは次のように語る。
「もともとパソナグループはベンチャー気質があり、グループ代表の南部靖之自身が新規事業の育成や多様な働き方の推進に非常に力を入れています。ハイブリッドキャリアもその中のひとつで、原型と言えるのが、2005年に開始したスポーツメイト事業です。
特にマイナーなスポーツのアスリートの場合、競技生活だけでは生活に十分なお金を稼ぐことができず、競技生活と仕事の二足の草鞋を履くケースが多いのですが、仕事の兼ね合いで練習時間の確保などが難しいという現状がありました。そこで派遣スタッフという柔軟な雇用形態で働くことで競技と仕事を両立させ、アスリートの夢を応援するスポーツメイト事業を開始しました。
また、その翌年にはミュージックメイト事業も立ち上げました。アスリートと同様に音楽家も、たとえ音楽大学等を卒業しても音楽だけで生計を立てられる人は限られています。そこで、派遣スタッフという雇用形態で音楽活動と仕事の両立を支援するとともに、若い音楽家に演奏機会の提供等も行い、夢の実現を支援する事業を始めました。それらが発展して、現在は社内での雇用も行っており、ミュージックメイト社員やスポーツメイト社員という名称でハイブリッドキャリアを実践しています」(金澤さん)
2022年の新入社員から導入する『ハイブリッドキャリア採用』は、これまで培ってきた個々のノウハウを結晶化させ、ひとつの制度として構築したものだ。新入社員約100人は、配属部署での業務に携わりながら自分がやってみたいこと、特技や個性を活かせることにチャレンジができる。職種の組み合わせは「インサイドセールス×農業」、「施設運営×音楽」、「人事×新規事業立ち上げ」など多岐にわたる。さらに社内の業務だけでなく、NPO運営や家業経営、音楽家、俳優といった社外での就業も支援していくという。
音楽家やアスリートとの相性は良好
室井悠李さん(26歳)は、2017年にミュージックメイト社員として入社。現在は主に役員のアシスタント業務を担当しつつ、音楽で地方創生を目指す「音楽島プロジェクト」の事務局にも従事。音楽家やアーティストが安心して働きながら音楽活動に取り組める環境作りや、新しい働き方を提案しているという。また、平日の就業後や休日はレッスンに通ったり、音楽家として演奏活動に取り組んでいる。
室井さんは、「音楽大学在学中にパソナのミュージックメイト事業に出合い、仕事と音楽活動をAll or Nothingで選択するのではなく、夢=目標に向かって仕事と音楽活動を両立する働き方があることを知りました」と語る。ハイブリッドな働き方をすることで視野が広がり、音楽活動での視点を仕事に取り入れたり、逆に仕事での考え方を音楽活動に活かせたりすることもあるとか。一方で、業務が立て込んだりすると混乱することもあるそうで、“オン・オフの切り替え”が今後の課題だという。
菊池康平さん(38歳)はかつてパソナの社員であったが、入社4年目に同社の「ドリカム休職制度」(※)を利用して1年間休職。子どもの頃からの「プロサッカー選手になる」という夢を叶えるべく、南米のボリビアへ渡った。そこでプロ契約を果たした後、復職。11年目に再度プロを目指すべく退職した。
現在は、海外での挑戦を子どもたちに伝える講演活動やスポーツライターの仕事を行いながら、業務委託契約でパソナのスポーツメイト事業の運営にも携わり、アスリートのキャリア支援を行っているという。
ドリカム休職制度
社員が一定期間業務を離れ、自分自身を磨き、キャリアや夢の実現に向けての一歩を踏み出すチャンスを拡大する目的として制定された休職制度。これまでに大学院への進学、東日本大震災後の復興ボランティアに専念、海外留学といったケースがある。
菊池さんはハイブリッドキャリアのメリットについて、「社内のみならず、いろいろな方々と仕事をすることにより、仲間が増えるとともに、相互のネットワークや経験を活かすことができる」と語る。また、仕事でできた仲間同士をつなげることにより、新たな事業展開が起こったり、多様な仕事をしていることで斬新な企画やアイデアが浮かびやすくなったという。
パソナならでは、「農業」とのハイブリッドも
パソナ社内でのハイブリッドキャリアは、音楽やスポーツとの掛け合わせとはまた違った特徴がある。例えば地方活性化に取り組むパソナにとって、「農業」はサステナビリティ(持続可能性)や安心安全な食の提供といった観点からも重要な事業として位置づけられている。そのため、パソナが本社機能移転を進めている淡路島等で、農業にハイブリッドキャリアとして取り組む社員も多い。
「農業は農作物を生産するだけでなく、コンポスト(堆肥)を作って自然に還していくような持続可能な社会を作るためにも重要な分野です。農業への取り組みによって循環型社会のことを知って、『自分もそうした事業をやってみたい』という社員が出てきています」(金澤さん)
奥田悠美さん(36歳)は現在、淡路島で開墾や土作りから始まり、一連の農作業に鶏の世話まで日々、フィールド作業に従事している。同時に、教育研修事業にこの農作業を取り入れた「体験型SDGs研修」の企画、営業、研修まで幅広い業務に携わっている。
「3年前までは人材紹介事業の営業として東京で勤務をしていましたが、大都会での仕事と家事・育児の両立に大きなストレスを感じていました。そんなとき、淡路島での社内ベンチャーの立ち上げに参加し、“食と健康”という課題に興味を抱き、農業の可能性を考えるなかで心が前向きになっていきました」(奥田さん)
農業は季節や天候に左右されることも多いが、自分の体調や集中力に合わせてタスクを組み立てられるメリットもあり、結果として以前に比べて時間・場所・方法にとらわれずに働けるようになったという。
一人ひとりが時代の変化に柔軟に対応できる人材に
これまでも社内で行われてきたハイブリッドキャリアを今回、改めて新入社員の制度として導入する狙いとは何だろうか。
「今はコロナ禍を含めて社会に急激な変化が訪れています。パソナグループは総合人材サービスのリーディングカンパニーとして、時代に合わせてさまざまな事業展開を行ってきました。この先も変化に対応できるよう、アメーバのように組織や事業の形を変えていかなくてはいけません。そのなかで、社員にはさまざまな局面に対応できるような多様性を持ってほしいと思っています。そのためには、一人ひとりがチャレンジ精神をもって学び続ける機会を提供することが重要です。
これまでは配属された部署のオフィスで働くことが基本でしたが、今はテレワークも浸透しどこでも働けるようになったということも大きいですね。当社も2020年から淡路島へ本社機能の一部を移転させ、よりハイブリッドキャリアを実践しやすい土壌ができたと思います」(金澤)
では、制度としてハイブリッドキャリアは、既存のものとどう変わっていくだろうか。
「入社1年目から挑戦できる職種の幅が広がったことが大きいです。営業をやりながら財務をやってもいいし、広報をやりながら農業をやってもいい。そういう複線的なキャリアを制度的に認めつつ、むしろ積極的に実践してもらうということが今回の制度になります。
そのための人材育成として『ハイブリッドキャリアプログラム』というのも構築しており、そこではコミュニケーション、カルチャーとスポーツ、サステナビリティ、ビジネスの4つのカテゴリに分け選択して学ぶことができます。
また、社外で活動する場合も社会保険の適用を受けられるよう週20時間は当社で働く制度にしているほか、フレックスタイム制を導入することで一人ひとりの環境に応じて挑戦しやすい仕組みを整えています。もちろん、保育士やエンジニア等、一つの専門分野に特化したいという人もいますので、専門スキルを積んでエキスパート職になっていく道もあります」(金澤さん)
ハイブリッドキャリアが社会に変革をもたらす
気になるのは、ハイブリッドキャリアが今後どのようなかたちでパソナグループに貢献、あるいは還元されていくのかということだ。それは売上というかたちで判断されるのか、あるいはほかの価値判断基準があるのか。
「ハイブリッドキャリアを推奨することによって、新たな事業に挑戦したいという社員も出てきます。それは社内に新たな価値を生み出すきっかけとなります。また、社員たちが芸術やスポーツ、農業などを通して、新たな視点・視座を学び、自分たちの事業を発展させたり、また、多くの経験を通して人間力に深みが増したりすることが期待できます。
社員が売上や利益だけではなく、どのように社会に貢献できるかという観点を持つことで、会社の持続的な発展につながっていくと思います。また、自分の新たな才能や能力、かかわる人たちの魅力を発見することにもつながり、社員一人ひとりの人生をより豊かなものにしていくと思います」(金澤)
最後にハイブリッドキャリアの強みとは何かをたずねた。
「ハイブリッドキャリアを実践することで時代の変化に対応するだけでなく、逆に自ら変化を生み出すことができるという点が強みだと考えています。実際に社内ではこうした働き方を通じて得られた新しいアイデアで新規事業が立ち上がった実績があります。社内でできたということは、ひいては社会に対して新たな変革を生み出すことができる人材にもなり得るということ。
当社は創業以来、『雇用創造』に取り組んできましたが、今は働き方を取り巻く環境自体が大きく変わってきています。それに対して、当社としてどういう雇用を生み出していくのか、どういう事業を展開していくかということは、やはりグループ社員が多様なスキルを身につけていなければ対応できません。ハイブリッドキャリアは、パソナグループの未来を創るためにも、新しい社会を創っていくためにも、必要な働き方だと思います」(金澤さん)