4月に開催された「気候サミット」は、各国が温室効果ガス削減への意識の高さを披露する場となった。日・米・中・露・印・加・英・仏・独・EUなど世界のCO2排出量の7割以上を占める主要排出国・地域は、日本と同じく2050~60年までにカーボンニュートラル達成を掲げる。が、それらの国々は豊富な資源や技術を持つ“エネルギー大国”で、日本とはちょっと事情が異なる。その事実を知ると、日本の「2050年カーボンニュートラル」のハードルの高さが見えてくるのだが……。
原油、天然ガス世界一のアメリカは原子力も強化
2021年4月22・23日に「気候サミット」が開催され、40カ国・地域がオンラインで参加し強気のCO2(厳密には温室効果ガス=GHG)削減目標を披露し合った。
ただ、主要排出国のほとんどは日本とは対照的に“エネルギー大国”で、原油・石炭・天然ガス、さらに電力さえいつでも豊富に調達できるという余裕に気づく。「CO2削減は我慢と気合で乗り切ろう」と精神論・ファンタジーにはまりがちな日本とは異なり、彼らの共通認識である「エネルギー安全保障が盤石でない脱炭素はない」は、あまりにも“リアル”だろう。
主要排出国の中でも特に主導的立場にあるアメリカ、中国、ロシア、インド、カナダ、イギリス、EU加盟国のフランス、ドイツの8カ国のエネルギー事情を、電源構成(発電方式別割合)を交えながら見ていこう。
まずアメリカだが、電源構成は「石炭火力」と「天然ガス火力」がほぼ3割ずつで、約2割の「原子力」がこれに続く。同国は世界最強の“エネルギー大国”で、原油約7.5億t(2019年、BP)、天然ガス約9200億立方メートル(2019年、BP)はともに世界トップ。「シェール革命」により長年1位だったロシアやサウジアラビアをここ数年で抜き去っている。石炭も3.2億t(2017年、BP)で世界5位と溢れるほど産出され、もちろん一次エネルギー自給率は98%(2018年、IEA)と余裕を見せる。
一次エネルギー
加工される前のエネルギー。石油、石炭、天然ガス、水力、地熱、ウランなど自然界に存在するもの。
バイデン米政権は2030年までに発電所からのCO2排出量を実質ゼロ(カーボンニュートラル)とする目論見で、石炭・天然ガス両火力の割合を減らし再エネ発電でカバーする計画だが、実際は雇用やエネルギー安保を考慮し「石炭」「天然ガス」はある定度温存し、研究開発が進むCCUS(CO2の回収・有効利用・貯留)技術の導入でCO2削減をクリアするものと見られる。原子力も重視する模様で、既存原発の運転継続に加え、2029年の小型モジュラー原子炉稼働や2025年のマイクロ原子炉の商業化メドなど野心的なプランを打ち出す。
「石炭」一辺倒から再エネ主軸へと体質改善図る中国
中国は世界産出量の過半数を占める石炭(35.2億t)が特徴で、原油(約1.6億t)や天然ガス(約1800億立方メートル)もそれぞれ世界第6位をマーク。高い経済成長のため、国産だけでは賄い切れず化石燃料を大量に輸入するが、それでも一次エネルギー自給率は86%(2015年)を維持。
電源構成は石炭が圧倒的で実に7割に迫るが、習近平国家主席は石炭消費量のピークを2025年と定め、その後2026~30年は2021~25年の水準を基に削減するとコミット。
再エネの普及にも意欲的で、実際、手厚い補助金や優遇政策を追い風に太陽光・風力両発電への投資が激増、一説には2021年3月末の段階で最大出力は10億kWで石炭火力の10.9億kWに肉迫、実際はすでに抜き去っているとも。ただし石炭は同国の一大産業で関連人口も多いため、CCUSや「ガス化」「水素化」「アンモニア化」を推進し、潤沢な石炭の有効活用を図るのではと推測される。
ロシアは天然ガス、インドは石炭にそれぞれ依存
ロシアも化石燃料産出大国で、原油約5.7億t(世界第2位)、天然ガス約6800億立方メートル(2位)、石炭約3.1億t(7位)を誇る。一次エネルギー自給率も183%(2015年)を叩きだすほど。電源構成は豊富な国産を使った「天然ガス」が5割近くを占め、「原子力」「石炭」「水力」が各18%前後とバランスがいい。逆にCO2を大量排出する「石炭」の比率が案外少ないのも注目。
インドは石炭が約6.8億tで中国に次ぎ世界2位で、原油は約3700万t(25位)、天然ガスは約270億立方メートル(26位)で一次エネルギー自給率は67%(2016年)。電源構成は豊富な国内炭による「石炭」が7割強を占め、中国と同様この比率の圧縮がCO2削減のカギ。
だが巨大な石炭産業やエネルギー安保を考えると急激な削減は難しく、こちらもCCUSや「ガス化」「水素化」「アンモニア化」で石炭産業を維持しながら再エネや原子力の比率を高め、急増する電力需要とCO2削減とに同時に対処する腹積もりなのだろう。
莫大な「水力」を擁するカナダと自前の天然ガスがモノを言うイギリス
カナダは原油約2.7億t(世界第4位)、天然ガス約1730億立方メートル(5位)を誇り石炭も約3200万tと少なくない。一次エネルギー自給率は176%(2018年)をマーク。
電源構成の特徴は、広大な森林自然を背景にした「水力」が6割に迫る一方で、豊富に産出する化石燃料を使った発電に依存していない点。電力セクターだけを見る限りカーボンニュートラル達成は容易だろう。それでも「石炭」「天然ガス」をそれぞれ10%弱ほど残し「原子力」も15%程度のシェアを維持、ベースロード電源(どんな状況下でも安定して供給できる電源)の確保と電源方式の多角化による万が一への対応には余念がない。
EU離脱を果たしたイギリスは北海油田を抱え、原油は約5800万t(19位)、天然ガス約400億立方メートル(18位)で西欧屈指の産油・産ガス国。事実、年間輸出額の実に5%を原油が占めるほどで近隣のドイツ、フランスなどに輸出、一次エネルギー自給率も70%(2018年)と高い。電力構成も特徴的で「天然ガス」が約4割、次いで北海の洋上風力発電を主力とした「再エネ」が3割強、原子力が2割弱というラインアップ。
ジョンソン首相は同サミット開催直前にGHG削減の中期目標をさらに上乗せし「2035年に78%削減」とアピールして世界中を驚かせたが、エネルギー事情、特に電源構成だけを見れば、この国も余裕で達成できそう。
「原発」一本鎗のフランスと国際送電網を背景に強気なドイツ
最後にEUだが、地域全体の削減目標として「2030年に55%削減(1990年比)」を表明、そこで盟主であるドイツとフランスを見ると、まずフランスは日本と同様、地下資源には恵まれておらず、これを反映する形で「原子力」が7割強を占める極端な電力構成を国是とするお国柄で、他にあまり類を見ない「原子力依存型」。ただしこの原子力のお陰で一次エネルギー自給率は55%(2018年)と比較的高い。
一方ドイツの場合、褐炭(通常の石炭に比べ低品位)が1.7億tで世界第2位(2017年)を誇り、この大半を石炭火力の燃料として使用。このため先進国の中でも電源構成に占める「石炭」の割合は4割弱と高めだが、一次エネルギー自給率を見ると37%(2018年)と少々低め。北海から吹く安定した偏西風を生かした風力発電にも注力、「再エネ」が4割弱で今や発電別ではトップを誇る。
メルケル首相はCO2削減のため2038年までに石炭火力を全廃、脱炭素を加速するとともに、放射能の危険がつきまとう原発も2022年末までに全廃し、すべて再エネ発電に代替すると意気込む。直近の2020年の電力構成は「再エネ45%+褐炭・石炭23%+天然ガス16%+原子力11%多数その他4%」で「再エネ」比率がいよいよ過半数に達する模様で、この先「原子力」「褐炭・石炭」も全廃、不安定な「再エネ」のバックアップ用として「天然ガス」を充てる計画。
隣国から融通してもらえるという日本と欧州の決定的な違い
これを見て、「ドイツができるのだから日本も『脱石炭火力・脱原発』は可能」という急進的な主張も聞こえるが、陸続きで国境を接するヨーロッパの場合、各国が送電線を接続し互いに電力を融通(輸出入)しているのが普通。
国際送電網による「国際連系」で、島国のイギリスとも海底ケーブルでドーバー海峡を越えて接続、さらに南はジブラルタル海峡を渡りモロッコと、東は遠くロシアとも事実上電線はつながっている。つまり、万が一偏西風がパタリと止み自慢の風力発電が全く動かなくなったとしても、フランスやイギリス、スウェーデンなどからの電力融通を期待できる。
また、天然ガスの主要調達先の一つであるロシアから仮に供給がストップしたとしても、目の前にある北海にガス田を持つノルウェーやイギリスから不足分を緊急供給してもらえばよく、しかもドイツにとって両国は同じNATOに所属する同盟国、という、日本にはまねのできない二重三重の“奥の手”を用意する。
さて、2050年に電源構成を「再エネ50%以上」と宣言した日本の菅政権だが、無資源国で一次エネルギー自給率は12%(2018年)で先進国でも最下位クラス。隣国との国際送電網もなく、ベースロードとなるべき「原子力」の比率アップも国民感情から考えれば“いばらの道”だ。
太陽光や風力は地球に優しい脱炭素の救世主、とのイメージが先行するが、ポピュリズムにほだされファンタジーを追求した挙句、10数年後には「電気代が数倍に跳ね上がりながらも停電が頻発」という発展途上国顔負けの状況にならなければいいのだが。