香港国家安全維持法が2020年6月30日に制定されて1年が経過した。2021年7月1日で香港が中国に返還されて24年を迎えたが、2019年の逃亡犯条例改正案に端を発したデモからの2年間は香港にとってまさに“激動の時代”という言葉がぴったりだった。その流れはここ数カ月でも依然として続いている。
天安門事件をめぐる動き
香港では毎年6月4日に天安門事件の追悼集会が行われるが、香港警察は5月27日に、主催する香港市民愛国民主運動支援連合会(支聯会)に対して開催を禁止すると通達した。表向きは新型コロナウイルス対策だが、5月14日から27日までの2週間で新規感染者はわずか20人で1件だけが市中感染と感染拡大を抑え込んでいることから、禁止の判断が不自然であるのは言うまでもない。
そんななか5月30日にはプラカードや黄色の傘を携え1人で天安門事件を追悼するデモを行った王鳳瑶(アレクサンドラ・ウォン)さんが逮捕された。
また、支聯会が運営している「六四記念館」が6月2日に閉鎖した。当局に必要な許可証がないと言われたことが理由だ。この記念館は長年、場所を変えながらも天安門事件についての展示を続け、5月30日に再オープンしたばかりだった。その2日後の6月4日には、支聯会の鄒幸彤(トニー・チョウ)副主席ら2人が無許可集会の宣伝などをしたとして逮捕された。
香港警察は6月4日、毎年追悼集会が開催されているビクトリア公園を封鎖。7000人の警官を動員してデモや集会の取り締まりを行ったが、市民もバラバラに集まって個別に行う形で追悼するなどした。
2021年はそのほとんどの民主派が活動を控えたが、左派政党の社会民主連線(社民連)や香港職工会連盟(HKCTU)などが“逮捕されないレベル”で活動した。社民連は社会民主主義を掲げながらも共産党を批判するという、少し変わった立ち位置にある政党だ。社会民主主義を訴えつつ、「人心不死」(人の心は死なない)などと書かれた横断幕を掲げ、天安門事件関連の動画を流した。集会禁止はあくまでコロナ対策であり、社民連自体が社会民主主義の政党だけに、警察は注意しはしても逮捕はできなかった。
海外の動き:移民法、カナダ移民拡大、映画検閲
カナダ政府は6月8日、移民や永住権受け入れの条件について過去5年以内でカナダの大学で学位を取得するか海外の大学で同等のものを取得した人などにまでさらに対象を広げた。カナダは香港人には伝統的に人気のある移民先であり、その流れが加速しそうだ。ただ、香港政府は4月28日に、裁判所の命令がなくても当局がいかなる人への出入境を禁止する権限を持たせる移民法を可決(8月1日施行予定)しており、民主派の渡航阻止にも使われる懸念がある。
2019年6月9日に逃亡犯条例改正案反対で100万人の大規模なデモが行われたが、その2周年を記念して世界各地でデモ行進が行われた。日本では新宿で250人ほどが集まった。
香港政府は6月11日、映画検閲条例を改定し香港で公開される映画すべてを検閲の対象にするとした。カンフー映画に代表されるように香港は世界に通用する映画製作能力を持ち、自主映画も盛んだ。2016年に公開された「十年(Ten Years)」は10年後の香港の民主が失われていくことを描いたインディー映画だった。話題となり香港映画のアカデミー賞の金像奨で作品賞を受賞したが今後はこういった映画の上映ほぼ不可能となる。
6月13日には、香港で政府に抗議する未許可デモを組織するなどした罪で禁錮10カ月の実刑判決を受けた民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)が出所したことは日本でも大きく報じられた。模範囚だったことから刑期が短縮されたが、香港警察は彼女を国安法違反など別な容疑で捜査を継続する予定だ。同日、イギリスで開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)の首脳声明には、「英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求める」という文章が盛り込まれた。
民主的な論調で知られる「蘋果日報(アップル・デイリー)」が6月24日を最後に廃刊、最終号は通常の10倍の100万部が刷られた。廃刊に追い込まれていく過程は、国家による言論の弾圧は民主主義の危機だとして周庭氏の釈放同様に日本でも大きく報じられた。
廃刊前の2日前、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の記者会見には同紙の記者が参加したが指名されず記者会見が終了。同紙の記者は退席する林鄭行政長官に向かい「国安法は少数の人しか影響を受けないと語っていたが、私の会社は800人以上が職を失うが?」と質問したが、林鄭行政長官は答えずに会場を後にした。同日からは公共の図書館で黎氏の書籍の多くが書棚から消えた。
廃刊に先立つ5月14日、香港政府はアップル・デイリー創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏の口座を国安法律違反で凍結したと発表している。同日、親会社の壹傳媒はアップル・デイリーの台湾版の発行を部数の減少により停止すると発表した。なお台湾版は電子版で今も続いている。
6月25日、同紙の取り締まりなどを主導してきた李家超(ジョン・リー)保安局長の、香港政府ナンバー2である政務長官への就任が発表された。これは行政長官への道が開けたことも意味する。それに伴い香港警察処の鄧炳強処長が保安局長に就いた。
6月23日には楊清奇氏、27日には馮偉光氏の主筆2人が国安法で逮捕された。馮氏は同紙英語版の執行編集長も務め、イギリスに渡航しようと香港国際空港にいたところで逮捕された。
ちなみに、閉鎖されたアップル・デイリー紙の社屋入口にあった多数の盆栽は、社員が屋外に持ち出し市民が自由に持っていけるようにした。
香港と台湾の関係が切れる
香港における台湾の出先機関の役目を果たしていた「台北経済文化弁事処」が閉鎖の危機にある。2018年から香港政府は台湾人の職員のビザについて“一つの中国”を認めなければ発給しないという措置を取ってきた。台湾が香港人移民を積極的に受け入れていることが背景にあるといわれている。
ビザの延長に対して職員7人が署名を拒否したため香港政府は6月21日までに香港を離れることを要求し、20日に香港を離れた。残り1人の台湾人職員のビザも7月いっぱいまでで、ビザが更新されなければ事務所は閉鎖となる。
国際的な価値は無くならずとも変化の兆し
今後の香港は国際的な地位としてどうなっていくのだろか? まず法治の面から見る。香港はコモン・ローを採用し外国人判事もおり、司法の独立も一定程度保たれてきた。最高裁判所にあたる終審法院のイギリス人のハーレ判事は「個人的な理由」で7月に迎える契約期限を更新せず離任すると発表。香港司法の国際的な信用に疑問符がつきそうだ。
国安法は基本法と同格、または上にあるような位置づけにあり、外国企業にとって懸念材料になる。在香港アメリカ商工会義所は5月12日に会員を対象にした調査を発表し、「香港を離れることを検討または計画をしているか?」という問いに対し42%が「はい」と回答している。
アメリカ企業といえば、ボーイングやマイクロソフトなど名だたる企業が香港に進出。中国本土では使えないGoogleやFacebookも香港では利用可能だ。金融においてはシティバンクが市民向けにサービスを展開するほか、中国でのビジネスを見据えた採用者を増やしているという事実もあり、巨大市場の魅力がイデオロギーを上回るという事実も存在する。
香港ドルはアメリカドルとペッグ制を採用することで通貨の安定をさせており、香港が国際金融センターとして機能している大きなポイントだ。つまり、香港当局がペッグ制を止めたり、シティバンクやGoogleなどに制裁したりしたとき、国際都市としての役割を終えることになる。
とはいえ、中国としては世界経済の入口である香港をまだ利用したいのが本音。外国からの制裁に対する中国の対抗措置を定めた反外国制裁法 (6月10日施行)を香港に適用するかどうかは別として、アメリカが中国企業に対する制裁措置の対抗策として、香港にあるアメリカ企業に制裁を加えることは現実として難しいだろうが、動向を注視したい。