医療ガバナンス学会(※)は2021年11月に「現場からの医療改革推進協議会 第16回シンポジウム」を開催。その中では「ポストコロナを考える」「日本の医薬品開発と承認審査」など多彩なテーマで話し合いが行われた。
※医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から解決し、その成果を発信していくことを目的に設立された「NPO法人医療ガバナンス研究所」が主催する研究会
ポストコロナについて多彩な識者からの意見
「現場からの医療改革推進協議会 第16回シンポジウム」は、医療現場における問題事例を取り上げ、最前線で働く医療スタッフと患者らが現場の視点から具体的な問題提起をし、適切な解決策を議論する機会と場を創出することを目的としている。2006年から毎年1回開催され今回で16回目。2日間にわたり医療関係者を中心に参加したほか、新型コロナ時代に合わせてオンラインでもシンポジウムの様子が配信された。
13あるセッションの中で「ポストコロナを考えるⅡ」では福島県の立谷秀清相馬市長、佐藤慎一元財務省事務次官、中国・韓国・台湾などの取引・投資、輸出管理などに詳しい石本茂彦弁護士、後瀉桂太郎海上自衛隊幹部学校戦略研究室教官・2等補佐、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏、塩崎恭久前衆議院議員がパネリストとして参加した。
冒頭、全国市長会の会長も務める立谷市長は「自治体の長としてコロナと向き合ってきたが、相馬と南相馬はワクチンの貸し借りなどもやった。今チームワークでリスクを回避することが大事。県単位のような広域で自力をつけて、次の状況に立ち向かうべき」と自治体の連携が重要になる考えを示した。
佐藤氏は「経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは『租税国家は共同の困難から生まれた』と話している。国の存在意義とは、本当に困った有事のときにひとつの方向性を出していく努力が大事。それは政治の役目だ。ペストでヨーロッパの社会構造が変わった歴史がある。これまで東京に一極集中だったが、適度に分散した方がいいという社会になった可能性がある。人が適度に集中し、適度に分散した方がいいという風に価値を認めると、働き方、住み方、人口減少に関係する地方創生を含め社会の構造が変わるのではないか。これらはDXとも親和性もある」と述べた。
中国の新型コロナについて石本弁護士は「中国が新型コロナを抑え込んだことは事実だ。それは共産党政権という大前提がある。しかし、それだけではない。ひとつはトライ&エラーのやり方だ。中国は一つの制度を作るとき、それが完全でなくてもまずはトライをする。やっていくなかで問題が起こったら調整していくというのが社会としてある。また、一党独裁でありながら、現場の判断で動ける。許認可は地方政府によってスピーディに行われる。その背景には、党の無謬性があるが、現場行政の無謬性が日本ほどない。日本は、行政は間違ってはいけないというような圧力をかけすぎな気がする。もう少し広い心を持った方がいいのではないか」と日中の違いを語った。
後瀉2等補佐は軍事におけるポストコロナの世界について、「独メルケル政権後の新政権は核兵器禁止条約にオブザーバーで行くことなっている。北大西洋条約機構(NATO)の基本的な枠組みの話になるので大変な問題になっている。一方で、ドイツ、オランダ、ベルギー、イタリア、トルコにアメリカの核が150発ほどあるといわれているが、NATOは『核シェアリングは安全保障の究極のアイテムでブラッシュアップしていく』とも述べている。現実として国家のパワーの源泉は、究極的には軍事力で、それが今後も大国間競争として続いていく。それが、コロナが落ち着いた後の世界システムを形作っていくことになる」と軍事力のある国が新しい秩序を形成していくだろうとしている。
がんを経験している鳥越氏は「人類はウイルスとの闘いの歴史でもあるので、新型コロナだけが特別ではないということを覚えておいてほしい。人間の命には限りがある。人間は死について覚悟を持っていなければいけないのに、豊かな社会でずっと生きているように錯覚してしまっている。戦前、戦中に持っていた死生観を取り戻してほしい」と訴えた。
塩崎氏は「この2年間で国の形に問題があることはみんなわかった。それでも変わらないことはもっと大きな問題だ。連続性を重視する公務員制度改革をしないと国の形は変わらない。対処療法ばかりで根本治療をしない・できない国であることを心配している。例えば、昨年のPCR検査の拡大にしても『目詰まりを起こしている』という答弁を首相がしたときに有事ではガバナンスが効かない国であると感じた。つまり、コロナ前と今の日本は、安全保障も通商政策も含め何も変わっていない。これからは有事のときだけでも、国が司令塔となって指揮系統を明確にし、地方には国のやり方に従ってもらうような仕組みを作る」と、大臣として官僚を動かしていたときの経験を踏まえた見解を披露した。
コロナ禍における医薬品開発
他のセッション「日本の医薬品開発と承認審査」では、日本の医薬品開発などの実態についての報告も行われた。インタープロテインの細田雅人社長が「コロナ禍における医薬品開発」と題して登壇。新型コロナウイルスは世界的には「COVID-19」という感染症として呼ばれているが、それを引き起こす病原体は「SARS-CoV-2」と呼ばれる。2003年に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)の病原体が「SARS-CoV」という名前だが、受容体はともにACE2で、約7割の相同性があるとした。
細田社長は「人に感染するコロナウイルスは7つほどあるが、そのうち4つは日本に土着しているコロナだ。その中にあるHCoV-NL63は、数世紀前からある風邪ウイルスで、受容体はSARS-CoV-2と同じACE2であるとした。これが、日本人が免疫を持っている根拠の一つである」と日本人の感染が欧米より低いとする根拠を提示。
国内製薬会社のワクチン開発については、塩野義製薬が組み換えタンパク質のワクチンを2022年3月までに実用化させる予定で、田辺三菱製薬は植物由来のウイルス様粒子(VLP)によるものが2022年中に使えるようになる。第一三共製薬はmRNAのワクチンを2022年中に、KMバイオロジクスとアンジェスも鋭意、開発中だ。
ただ、ワクチンの懸念材料は死亡者の数だという。「米疾病管理予防センター(CDC)によると2021年10月24日の時点で、アメリカで新型コロナのワクチン接種後に死亡した人が1万8078人にのぼる」。過去30年間でインフルエンザワクチンによって死亡した人は2008例であることから「新型コロナワクチン接種後の死亡者は突出している」とあまり知られていない実態を参加者に知らせた。
一方、治療薬(経口薬)については「メルク、ファイザー、ロシュ、塩野義、富士フィルム、興和が開発を進めているが、ファイザーが圧倒的で、それを追いかけているのは塩野義」と解説。「ファイザーの治療薬は、入院・死亡リスクが89%低減されており、メルクの49%を大幅に上回る」とファイザーが効果の高い治療薬の開発に成功しつつあると話した。
現場で働く人や将来を担う若い医療関係者が登壇して経験などに基づいた講演を行った今回のシンポジウム。こういった現場の声をどう生かしていくかが今後の日本の新型コロナ対策のカギになるだろう。