ウクライナ危機であらわになった深刻なNATO軍の弱体ぶり

ウクライナ国境付近で軍事演習を行うロシア軍戦車 写真:ロシア国防省

政治

ウクライナ危機であらわになった深刻なNATO軍の弱体ぶり

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「ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟など許さない」とロシアのプーチン大統領は西側を恫喝、ウクライナを包囲するようにロシア軍15万人を配置して威嚇を展開。東西対立が激しかった冷戦時代でさえも、旧ソ連が追加の大軍を東西ドイツ国境へと動かすという例は極めてまれ(両陣営はすでに最前線に大部隊を張りつけていた)。1962年のキューバ危機以来、約60年ぶりではなかろうか。

プーチンの思惑に関してはさまざまな憶測が飛び交っているが、軍事的威嚇が有効と判断した理由の一つとして、NATOの弱体化が挙げられる、との指摘も。軍事均衡(バランス)が崩れた結果、「今なら通常兵力でNATOはロシアに対抗できない」とプーチンは読んだのでは……という説で事実、冷戦終結後のNATO各国の軍縮ぶりは“しすぎ”ではないかと心配してしまうほど。

世界各国の軍事力を評価する「ミリタリーバランス」(英・国際戦略研究所)の数値を基に、欧州での戦いで主役となる陸・空軍の状況を検証すると――。

今や英仏独の陸軍は陸上自衛隊より弱小

NATOとWTO/ロシアの兵力比較 参考:「ミリタリーバランス」

冷戦終結前夜の1989年におけるNATO(16カ国加盟)の正規軍は約625万人。うち地上軍(陸軍と海兵隊)は約324万人で準軍隊(国境警備隊など)約64万人や予備役約914万人を合わせた動員兵力は1600万人余。加えてMBT(主力戦車)約3万3800台、作戦機(戦闘機や爆撃機、攻撃機)約1万500機を保有。

対するソ連を盟主とするワルシャワ条約機構(WTO。7カ国加盟、1991年解散)は、正規軍約502万人(うち地上兵力221万人)で準軍隊約90万人、予備役約753万人を合わせ動員兵力約1345万人。さらにMBT約7万8600台、作戦機約1万機となり、両陣営は拮抗=軍事均衡が図られていることがわかる。

次に、約30年後の2020年の状況を眺めると、NATOは加盟国を30カ国に増やしたものの正規軍約323万人(うち地上軍約173万人)と1989年と比べてほぼ半減、準軍隊約76万人、予備役205万人を足した動員兵力も約604万人と2分の1に縮小し、MBT約1万2400台、作戦機約5300機とこれら主力装備も大削減。

さらにNATO主要国の軍縮ぶりを詳しく見ると、まずアメリカは地上軍約96万人(1989年、以下同じ)→約67万人(2020年、同)、MBT1万5400台→約2500台、作戦機約6100機→2900機と大削減、特にMBTは6分の1まで圧縮。なおMBT約2500台とは別に保管車両(モスボールとも言う)が約3700台あるが、それでも戦車の減り具合はすさまじい。

ドイツ(1989年時は西ドイツ)は地上軍47万人→約18万人、MBT約5050台→250台(他に保管約80台)、作戦機690機→約230機で、MBTの規模は20分の1に縮小、島国・日本の陸上自衛隊が有するMBT約580台の実に半分以下。傑作戦車を多数開発し“戦車王国”を自負したかつての栄光はない。

同国は世界最強クラスの国産MBTレオパルト2を多数有したが、冷戦終結後は無用の長物として大半を海外に売却。同様に隣国オランダも同車を装備していたが、ドイツと二人三脚で外国に転売、その結果MBTは920台→0台に。MBTを全部手放し戦車部隊も解散した大陸国の例は世界でも極めて珍しい。

フランスも地上軍約29万人→約12万人、MBT約1340台→約220台、作戦機約690機→約250機と大軍縮。特に地上軍兵力は日本の陸上自衛隊約15万人をも下回り、かつての“陸軍大国”の面影はない。

イギリスは地上軍約16万人→約8万人、MBT約1300台→230台、作戦機約700機→230機と大ナタが。そもそも戦車を発明した国で、国産のチャレンジャー2戦車を装備するが、残念ながら後継戦車の独自開発を放棄する方向に。

つまりアメリカはともかく欧州のNATO主要国はいずれも兵力はギリギリの状態で、「とてもウクライナのために大部隊を動員など不可能」というホンネが聞こえてきそう。

ロシアのMBTは1万4000台以上

これに対し2020年のロシアは正規軍約90万人(うち地上軍約33万人)、準軍隊約55万人、予備役約200万人を加えた動員兵力約354万人、MBT約3400台、作戦機約1400機。この数字を見る限り、ロシアも陸空軍戦力を数分の1に落としたと見ていい。このため「NATO戦力が極端に弱小とは思えないが」と見る向きも。欧州のような広大な平地が続く地域での陸上戦ではMBT戦力がポイントとなるが、これを踏まえると、いくつかの但し書きが付く。

まずNATOの主軸、アメリカの欧州駐留部隊が大幅縮小された件。1989年に最前線の西ドイツに展開する米陸軍は20万人を超えMBT約5900台を配備。英陸軍も兵員約7万人、MBT約1000台を派遣した。だが現在、駐独米陸軍の規模は2万人強にまで減りMBTも推定50台レベル。イギリスもほぼ全面撤収の状況で現在の兵力は200人余り。

加えて現在でも米地上軍は約67万人、MBT約2500台を誇り、ロシアにとって侮れない存在だが、大部分は大西洋のはるか向こうの北米大陸に展開。それでも米英、カナダ(地上軍約77万人、MBT約2800台)を除いた欧州大陸のNATO戦力は地上軍約96万人+アメリカ約2万人、MBT約9800台で、ロシアに十分対抗可能に思える。

ところがNATO内でアメリカの次に地上戦力を有するのが実はトルコ(地上兵力約36万人、MBT約2400台+保管2000台)で、同国のエルドアン政権は人権問題で欧米諸国とギクシャクしている最中、万が一ロシアと対峙する東欧で有事となったとしても、トルコが積極的に部隊を同地に派遣するかどうかわからない。また、同国はNATO第2位のMBT数を誇るが、その大半が一世代前の旧式。

これに対しロシアのMBT戦力は前述した約3400台に加えて、実は1万台以上を保管中と見られ、合わせると約1万4000台に跳ね上がり、欧州にあるNATOのMBT戦力を軽く上回ってしまう。「仮にロシア軍戦車部隊をウクライナに攻め入らせてもNATOが戦車部隊で対抗できない」と、プーチンが読んだとしても不思議ではない。

実際、ロシアによる対ウクライナ軍事圧力に対しアメリカやNATO諸国は軍事的対抗策に及び腰で経済・金融制裁やプーチンの個人資産凍結などにとどまる。しかもその経済制裁の“目玉”は、ロシア~ドイツ間を結ぶ海底天然ガス・パイプライン「ノルドストリーム2」の稼働中止なのだが、まだ未稼働のパイプラインを稼働中止したところで、どれだけロシアにダメージを与えられるのかは不明だ。

いずれにせよ、21世紀になっても国際政治では最終的に軍事力がモノを言うという至極当然なリアリズムが実証されたと言えそうだ。