“ポスト黒田”の金融政策はマイナス金利の解除に期待

衆院予算委員会で答弁する黒田東彦日銀総裁 写真:つのだよしお/アフロ

経済

“ポスト黒田”の金融政策はマイナス金利の解除に期待

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2013年3月に日銀総裁に就任した黒田東彦氏は、大規模な金融緩和を実施し株価を押し上げた。一方で物価は目標まで上がらず、マイナス金利政策が長期化することで銀行は利益を圧迫される状態が続いている。その黒田総裁が2023年4月で任期満了となることで、“黒田総裁後”の金融政策の行方に注目が集まっている。

みずほは裏ワザで委員ポストを死守

日銀審議委員は日銀の政策決定を担う重要ポストで、黒田東彦総裁をはじめ副総裁および審議委員の9人で構成され、国会同意人事で国会承認を経て正式に発令される。

政府は3月1日、その日銀審議委員に高田創(岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長)と田村直樹(三井住友銀行上席顧問)の両氏を充てる国会同意人事案を提示した。

田村氏は2022年7月に5年の任期を迎える鈴木人司委員(元三菱UFJ銀行副頭取)の後任で、いわゆる都銀出身者の委員枠での任用だ。「この枠はメガ3行の輪番で回しており、次はみずほ銀行の順番だったのですが、2021年2月以降の相次ぐシステム障害とトップ辞任に伴い、みずほが辞退した格好です」(メガバンク幹部)という。そのためみずほの次の順番であった三井住友銀行出身者に御鉢が回ってきたわけだ。

しかし、みずほは表面的にはメガ3行の枠は辞退したものの、しっかりと裏ワザで委員ポストを死守した。実は高田氏は、みずほ銀行の前身である旧日本興業銀行出身で、みずほ証券で市場営業グループ執行役員などを歴任した後、みずほ総合研究所副理事長を務め、2020年1月に岡三証券に移った経緯がある。「出身母体はみずほで、みずほ総研を代表するエコノミストとして広く知られた存在だった」(メガバンク幹部)というのだ。7月に退任するエコノミストの片岡剛士氏(元三菱UFJリサーチコンサルティング上席主任研究員)の後任として、エコノミスト枠での任用となる。

“黒田総裁後”を見据えた金融政策の大転換

岸田政権によるメガバンク出身の有力2氏の日銀審議委員任命の意図はどこにあるのか。その答えは、2023年4月の任期まであと1年を残すのみとなった“黒田東彦総裁後”を見据えた、金融政策の大転換であろう。まず、異次元緩和にあって最も副作用の大きい「マイナス金利の解除」が俎上にのぼる可能性が高いと見られる。

現審議委員のうち、若田部昌澄副総裁(早稲田大学教授)、片岡剛士氏(三菱UFJリサーチコンサルティング上席主任研究員)、安達誠司審議委員(丸三証券調査部長)、野口旭氏(専修大経済学部教授)の4人は明確なリフレ派で、黒田総裁と雨宮正佳副総裁は金融緩和が好ましいとするハト派であることから、「コロナ後も大規模な金融緩和が維持される可能性が高く。日銀の出口戦略はまだ議論の俎上にも上っていない」(市場関係者)と見られている。

リフレ政策

リフレーション政策の略で「通貨再膨張」と邦訳される。ゆるやかなインフレーションを計画的に引き起こすことで、景気を刺激する政策で、具体的には、中央銀行が国債等を買い入れることで、マネーを市中に供給する。

一方、メガバンク出身の鈴木人司氏は、大規模な金融緩和、とりわけ金融機関の影響が大きいマイナス金利政策については消極的な立場で、7月に田村氏に交代してもその流れは強まることはあっても、弱まることはないだろう。「田村氏は三井住友銀行で、経営の中枢となる経営企画やリテール部門の役員を歴任、銀行界の調整役を担う全国銀行協会の企画委員長も経験している。マイナス金利の銀行経営に与える負の影響を実体験してきた人物」(メガバンク幹部)と言っていい。

同様に高田氏も財政・金融に精通したエコノミストであり、マイナス金利をはじめとする異次元緩和の副作用を注視する。『シナリオ分析 異次元緩和脱出 出口戦略のシミュレーション』(日本経済新聞出版)などの著書もある。2月1日には、自民党の「財政政策検討本部」で開催された「国債 X―Dayはあるのか」をテーマとした会合に呼ばれ講演している。

マイナス金利による収益圧迫とゼロフロア条項

日銀のマイナス金利政策は2016年1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」として導入されたが、当初より金融界ではその副作用が懸念された。最初に意識されたのは「貸出金利がマイナスになるのではないか」という恐怖だった。導入10カ月後の2016年10月にはメガバンクなど都銀の期間1年以上の長期貸出平均金利(ストック)が初めて1%を割り込む水準まで低下した。日銀によるマイナス金利の影響が長期の貸出金利にまで波及してきた証左だった。

しかし、マイナス金利で期待された貸出のボリュームは思うように伸びず。結果、マイナス金利はもっぱら銀行の利ザヤを縮小させ、収益を圧迫する要因となった。収益圧迫の最大の要因は貸出金利の指標となるTIBORの急低下だった。

TIBORとは東京銀行間取引レートのことで、銀行はTIBORに一定のスプレッド(手数料)を上乗せして企業に貸出する仕組みになっている。そのTIBORがマイナス金利の導入以降、連日のように過去最低を更新し、「日銀が追加緩和でマイナス金利幅をさらに拡大すればTIBORもマイナス圏に突入しかねない」(同)と懸念されたのだ。

銀行のスプレッド貸出は、メガバンクで全体の貸出の約半分、地銀で25%程度を占める。一方、信用金庫や信用組合などの中小金融機関は数%と割合が低い。マイナス金利の負の影響は大手銀行ほど高い。

三菱UFJフィナンシャル・グループの平野信行社長(当時)はマイナス金利政策について、「(家計や企業の)懸念を増大させているリスクに戸惑っている。(銀行は)マイナス金利を個人や法人の顧客に転嫁しにくい。体力勝負の厳しい持久戦が長期化する」と懸念を表明したほどだった。特に、力関係で勝る大企業ほど銀行に対し貸出金利を一段と低下させるよう要請してきており、「いずれ貸出金利をマイナスにするよう求めてくるだろう」(メガバンク幹部)とみられた。

そこで大手銀行は事前の予防策として、「取引企業に対して、貸出契約にTIBORがマイナスになっても貸出金利はマイナスを適用しない“ゼロフロア条項”を盛り込むよう働きかけを行った」(メガバンク幹部)という。日銀のマイナス金利政策下にあっても、貸出金利はゼロ%以下には下げないという約束を結ぶというものだ。

その法的な理論武装として全国銀行協会の金融法委員会は「貸出利息は借入人が貸出人に支払うもので、貸出金利はゼロ金利が下限となる」との見解を打ち出した。商慣行からみてもお金を借りた人が貸し手に利息を払うのが当たり前だが、マイナス金利下ではその常識は通用しないばかりか、貸し手と借り手の関係が逆転しかねない危うさがあるためだ。

聞き入れられなかった銀行側の切なる願い

銀行と日銀のマイナス金利をめぐる攻防は、黒田総裁の再任および若田部昌澄(早大教授)、雨宮正佳(日銀理事)両氏の副総裁就任に関する国会人事案が国会に提出された2018年3月に展開された。日銀の新体制スタートに合わせ、「マイナス金利政策を早期に解除してほしい」(地銀幹部)という切なる願いだった。

みずほフィナンシャルグループの佐藤康博社長(当時)は、全国紙のインタビューで「金融界で考えれば金利は経営上の大きな課題だ。数年続くと、いくつかの地方銀行は非常に苦しくなる。金融システムが大きく傷むとは思わないが、異常な状態を戻してほしいというのが正論だ」と強調した。

2016年1月に日銀がマイナス金利政策を導入して2年たったころ。この間、銀行の利鞘は減少を続け、収益は真綿で首を絞められるように低下している。中でも主たる営業基盤が地方で、国際部門収益が限られる地域銀行の収益は大きく圧迫されていた。

それを象徴するのが、銀行の融資金利の低下だ。2021年末時点で貸出金利が1%未満のいわゆるゼロ%台の融資の割合は6割強にまで上昇している。貸出競争の結果でもあるが、優良な資金需要が乏しいなか、銀行の多くはマイナス金利を回避するため、信用力の高い自治体や独立行政法人向けに「ゼロ金利貸出」をおこなっている。まさに苦肉の策だ。

だが、当時の黒田総裁は国会での所信表明で緩和の副作用について、地域金融機関の貸し出しは伸びており、「結構な利益が上がっている」と強気の見方を示した。また、2人の副総裁候補も、「(副作用は)顕在化していないし、それよりも効果の方があるかに上回っている」(若田部氏)、「副作用はあるが、全体として効果が上回っている」(雨宮氏)と意に介さなかった。金融機関の願いは雲散霧消した。

その後も銀行は日銀にマイナス金利の見直しを要望し続けた。2019年2月14日に全国銀行協会の藤原弘治会長(みずほ銀行頭取、当時)は、マイナス金利政策の負の副作用について、「コストすなわち副作用が、ベネフィットを凌駕してしまうような金利水準、すなわち『リバーサル・レート』になっていないかといった点や、金融緩和による需要の先食いが金融緩和の長期化を招き、低金利が低金利を生むといった状況に陥るリスクが高まっていないか、などについて精査されることを期待している」と強調したが、受け入れられなかった。

マイナス金利の副作用緩和を狙った施策を打つが…

ようやく日銀が重い腰を上げ出したのは2020年に入ってからだった。日銀は2020年11月に地銀などに対し「地域金融強化のための特別当座預金制度」を打ち出したのだ。経営改善がみられる地域金融機関を対象に日銀の当座預金残高への金利を最長3年間、年0.1%上乗せする優遇策である。

支援対象の条件は、①損益分岐点(経費を業務粗利益で割ったもの)を2020年度で2019年度比1%以上引き下げ、2021年度は同比3%以上引き下げ、2022年度は同比4%以上引き下げる、②経営統合などで経営基盤を強化したところ……となっている。

地域金融機関はこの制度に殺到した。制度設計された2020年秋の段階では、1割強の地域金融機関が対象になると見込まれたが、実際は地銀の8割、信用金庫など系統金融機関の7割程度が対象となり、かつ付利対象となる当座預金残高も急増。結果として支援総額が当初予想の700億円を大幅に超えたほどだった。いかに地域金融機関がマイナス金利をはじめとした超低金利政策に苦慮しているかがわかる数値だ。日銀も「地域金融強化のため」と銘打っているが、実際は、マイナス金利の副作用を緩和することに狙いの一端があることは明らかだった。

地域金融機関に対し、一部マイナス金利の副作用を緩和する救済策が打たれたものの、いまだマイナス金利は継続され、三菱UFJ銀行が当座預金に対し6年ぶりにマイナス金利の適用を受ける事態に陥っている。

一方、預金者にとっても、100万円を普通預金においても年10円も利息がつかないなか、紙の通帳が4月から有料化されたり、各種手数料などが引き上げられている。そもそもマイナス金利とはなんだったのか、国民目線で見直すべきときではなかろうか。