大相撲、これからの感染対策は現実に沿った対応を

2022.3.12

社会

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大相撲、これからの感染対策は現実に沿った対応を

新型コロナウイルスの感染者数はようやく減少に転じているが、東京では連日1万人前後で推移しており、なかなか出口が見えない。

ここまで感染対策については一定の成果を挙げてきた大相撲も例外ではない。

2020年5月場所は中止せざるを得なかったが、当時はあらゆるエンターテインメントが中止の流れだったことを考えると仕方が無かったと言えるのではないかと思う。その後地方巡業は中止しているものの年に6回の本場所についてはすべて15日間完走している。特筆すべきは本場所中に感染者がほぼ現れていない点だ。そのため15日間で優勝争いがコロナの影響で台無しになるという事態は今のところ避けられているのである。

ただ、そんな大相撲にもコロナウイルス感染の波が押し寄せてきている。

2022年初場所終了後から2月9日に掛けて累計で実に252人もの協会員が感染したというのだ。横綱照ノ富士を始めとした役力士(横綱・大関・関脇・小結)の全員が感染、幕内力士42人中半分の21人が感染したと言えばどれだけ多くの力士に影響が出ているかおわかりいただけるのではないかと思う。

コロナウイルス感染が拡大した2020年以降でこれまでに最も影響が出ているのは2021年初場所だが、この時は当時の横綱白鵬などが感染しているが濃厚接触者を含めて休場者は本場所開始時点で65名だった。幕内の取組は本来の21番から18番、十両の取組は14番から9番に激減している。65名の休場ですら当時は「異常事態」と評されていたのである。

ご存じの方も多いと思うが、大相撲というのは他の競技と比べて感染リスクが高い。相撲部屋ごとに力士たちは共同生活をしており、また相撲という競技の性格上力士同士の接触が避けられない。故に部屋の関係者から一人でも感染者が出てしまうとすべての力士・関係者が濃厚接触者になる可能性が非常に高い。

他の競技では選手と濃厚接触者が一定期間欠場しても控えの選手が出場するということも可能だし、集団感染が発覚した場合は試合を延期にするという方法もある。しかし大相撲は年6場所が予定されているためにある特定の取組だけを延期にすることは出来ないし、個人種目なので代わりの力士が闘う訳にもいかない。

このような特性から15日間の本場所を完遂するには本場所の直前から本場所が終了するまでの期間で感染者を極力ゼロに抑えるという難題をクリアすることが求められてきた。

今でも物議の対象になっているが、相撲協会が取った策は極めて厳しい感染対策を各部屋と関係者に求めるというものだった。感染対策ガイドラインを違反した力士は容赦無い処分が下され、朝乃山は6場所、阿炎(あび)と竜電は3場所出場停止処分が下された。違法賭博を行った英乃海は1場所の出場停止だったことを考えるとこの重さがおわかりいただけるのではないかと思う。

対応が厳し過ぎて逆に批判の対象になるというのは相撲協会という組織のこれまでの対応を見ていると記憶に無い。むしろ不祥事への対応がいつも後手で、身内に甘く、感覚が世間からズレているというのが相撲協会に対する一般的な評価だった。だからこそ批判を受け、改善を求められ、なかなかそこに応えることが出来ない、応える気が無いのではないとさえ思わされてきた。

相撲協会の対応は不満を抱かされることが多かったのだが、コロナウイルス感染対策については世間から何と言われようとも厳しい対応を一貫して進めることによって成果を挙げてきた。そのことは賞賛されるべきことだ。

ただ、この感染状況を考えると今までと同じ対応では本場所を15日間完遂出来ない可能性があることも事実だ。252人もの感染者を短期間で出している実情があるし、部屋から感染者が出れば基本的にはすべての力士が濃厚接触者になるため本場所期間とその付近で1人でも感染すれば大量の関係者が休場せざるを得ない状況になってしまう。

単に厳しい対応をしているだけでは誰かが感染してもおかしくはないだろう。今までと同じ対応で幸運にも感染者が出ないという可能性もあるが、少なくとも見直しを進める必要はあると思う。

基礎疾患がある場合が多いことなどから力士は相対的に重症化リスクが高いと言われており、現役力士だった勝武士(しょうぶし)が2020年5月にコロナウイルス感染後に死亡している。これは20代以下が死亡した国内初の事例であり、当時と比較するとワクチン接種が進んでいるとはいえ命を守るという観点は真摯に向き合わねばならないだろう。

だが収入を得なくては経済的に窮地に立たされることも事実だ。動員と感染リスクから当面地方巡業が出来ない以上本場所の開催と完遂は死守せねばならない。大事なのは現在の傾向を正しくとらえ今まで以上に厳しくする部分を見定めることもだが、同じくらい大事なのは緩和してもいいところを精査することではないかと思う。

例えば現状では感染者が部屋から出た場合は時期次第ですべての関係者が休場となるケースが多いが、果たして全員が濃厚接触者といえるのだろうか。例えば親方1人が感染した場合、接触していない関係者も存在するかもしれない。他の力士が感染している可能性を考慮すると一律全員休場という判断もあるが、本場所を維持するという意味でどこまでリスクを許容するかは再度検討すべきだ。

また、場所前に感染者が発生した場合は現状では感染者と濃厚接触者は全休しているが、果たして濃厚接触者は全休すべきなのだろうか。潜伏期間の短いオミクロン株が支配的な今、全休の場合は発症リスクの無い期間も休んでいる可能性があるかもしれない。途中出場では優勝争いする上で致命的な遅れを取る上に休場期間の扱い(敗戦扱いとするか、ノーカウントとするかなど)が難しいという事情もあるが、力士に出場機会を与える方向での検討は必要ではないかと思う。

厳しい対応に舵を切るのはある意味で簡単なことだ。組織的には不満が生まれる可能性もあるが、厳しくした上で問題が起きた場合は解決策に注力すれば良い。だが、緩和した場合は批判を受けることに繋がる場合が多く、対応次第では責任論に発展することもある。緩和措置は組織としてしづらいところではあるのだが、力士の生命を守りながら本場所を完走するという難題をクリアするには力士を出場させる選択肢として緩和も検討せねばならないだろう。

一つの失敗により責任を取らせたがる国民性があるのでリスクある決断が出来ない難しさはあるし、不祥事が続いていることから厳しい目で見られている部分はある。相撲協会の決定を保守に走らせる要素は整っているとは思うが、保守と保身だけでは立ち行かない局面に来ていることは事実だ。

これから始まる2022年大阪場所は恐らくコロナ蔓延以降最も難しい状況で迎える15日間になることだろう。途中で本場所が中止せざるを得ない状況にさえなるかもしれない。誰も答えが分かっていない中であらゆることを選択肢に入れ、覚悟を決めて判断していくことが大事だ。

そしてもう一つ大事なのは、ファンから支持を受けるためにも変化に対する明確な説明が必要だということである。思えば相撲協会が最も下手なのは説明することなのかもしれない。説明することによって更なる混乱を招くこともあるが、論理性があり覚悟が見えれば支持を集めることは可能だ。コロナ以降初の本場所である2020年大阪場所では八角理事長の異例の挨拶がファンの心を動かしたこともあった。相撲協会に出来ないことではないのだ。

この2年でさまざまな不祥事もあったが、難しい状況の中で本場所を続けるすべての相撲関係者には頭が下がる思いだ。最大の危機と言える状況を打開するためにも、伝わる対応を相撲協会には期待したい。