ソフトバンクグループが11月11日に発表した2022年9月期の連結決算(国際会計基準)は、最終利益が1290億円の赤字(前年同期3635億円の黒字)となった。同グループは投資するソフトバンク・ビジョン・ファンドが大幅な損失を抱えるなど4-6月期に四半期ベースで過去最大の3兆1627億円の赤字を計上、経営不振に陥っていた。このため8月にアリババグループ・ホールディングスの株式を売却し、再評価益4兆6000億円を計上したが、最終赤字から脱せなかった。最終赤字とともに投資家を驚かせたのは、毎四半期の決算発表で、投資家に自説を朗々とプレゼンテーションしてきた孫正義社長が冒頭30分足らずのあいさつだけで引っ込み、説明を後藤芳光最高税務責任者(CFO)に委ねたことだ。この孫氏の行動に、投資家の疑心暗鬼は深まっている。
「アームの爆発的な次の成長」とは
ソフトバンクグループは説明者の交代について事前に「(孫社長は)今季は(英半導体設計会社の)アーム(Arm)の将来の成長に関連するビジネス機会にさらなる時間とエネルギーを集中させることを決意した」ためと説明していた。実際、決算発表の席上、孫氏は今後の決算説明について、「守りに徹するため、攻めの男である自分は当分の間、かかわらない」と宣言、その代わり「数年の間、(NVIDIA(エヌビディアコーポレーション)への売却が破談になった)アームの爆発的な次の成長に私は没頭する」と強調した。
ソフトバンクグループはアーム買収後、アームを非上場化した上で、NVIDIAとアームの合併を進めようとしたが、イギリスなど複数の政府から認可が下りず断念した経緯がある。孫氏が言う「アームの爆発的な次の成長に私は没頭する」とは何を指すのか。単純に「再上場して利益を得る」ことだけが目標とは思えない。
アームは半導体設計で圧倒的なシェアを持つ。「ものすごい技術革新がある」(孫氏)と指摘するように、アームは高い収益力を保持している。今年4-9月期の売上高は1837億円と前年同期比14%も増えた。10月にはアームとサムスン電子の戦略的な提携について話し合うために、孫氏は韓国を訪問している。アームの「爆発的な次の成長」に向けて壮大な絵を描いているようにも見える。
累計投資損益がマイナスに転じたビジョン・ファンド
だが、孫氏がアームに心血を注ぐ背景には、主力のビジョン・ファンドの目を覆う惨状がある。人口知能(AI)など新興企業に投資するビジョン・ファンドは9月末時点で472社に投資しているが、世界的な株安の影響を受け「今の情勢は上場株であれ、未上場株であれ、投資していた会社はほとんど全滅に近い成績になっている」(孫氏)と語るように、巨額な損失を抱えている。
ビジョン・ファンドを組成した2017年からみた累計の投資損益は今年7-9月期には14億ドル(約2000億円)の損失に転じている。663億ドルの利益を上げていた2021年前半のピーク時からの落差はあまりに大きい。
ビジョン・ファンドの損益がこれほど急激に悪化したのは、孫氏の目利き力が低下したということではない。投資の銘柄云々を議論する余地もなく、世界的な市場全体が「リスクオン」から「リスクオフ」へと大きく転換したことにある。まさに「暴風雨が吹き荒れている」(孫氏)と言っていい。
「リスクオフ」へと潮目が転換した最大の要因は米連邦準備理事会(FRB)による急速な利上げだ。ビジョン・ファンドが投資を開始した2017年当時の米長期金利は2%程度であったが、足元では4%程度まで急上昇している。コロナ禍に伴う市場の混乱に続き、ロシアによるウクライナ侵攻が重なり、世界的にインフレが嵩じているためだ。物価上昇を抑え込むためFRBは矢継ぎ早に金利を引き上げてきたおり、いまだ収束の兆しは見えない。
ビジョン・ファンドが投資している暗号資産交換業大手のFTXドレーディングの経営破綻も利上げによる資金繰り難が引き金となった。ソフトバンクグループは同社の1億ドル弱(約140億円)を投資しており、損失計上は避けられない。
記者会見で後藤CFOは、このFTXドレーディングの破綻について、「全体の金額(投資額)に比べると極めて小さい」と指摘、業績への影響は限定的との見方を示したが、FTXの破綻は氷山の一角との市場の厳しい見方もある。「このまま金利上昇が続けば、ビジョン・ファンドが投資する新興企業のいくつかは資金繰りに窮して破綻しかねない」(市場関係者)というわけだ。
厳しい見方をするアナリストの中には「ビジョン・ファンドが投資するスタートアップ企業の持ち分の価値はさらに50~70%は低下しかねない」と分析する向きもある。
そもそもビジョン・ファンドの投資スキームは、低利で調達した資金を元手に、IT分野を中心とした新興企業に投資を行い、その企業価値の向上を果実として得るものだ。その根幹にある低利での資金調達が世界的な金利上昇で逆回転し始めているのが現状と言っていい。厳しい見方をすれば、ビジョン・ファンドのビジネスモデルは崩れつつあるようなものだ。
孫氏も決算会見で「この厳しい情勢の中で、ソフトバンクグループとして取るべき道は何か。ビジョン・ファンドでこのまま投資を続けるべきなのか、それとも、負債の比率を下げて、手元のキャッシュを厚くして、安全運転に舵を切るべきなのか、社内で議論した」と明かしている。ビジョン・ファンドが岐路に立たされていることは確かだ。
マネージド・バイアウトの噂
市場の見方は複雑だ。8月の決算説明で、3兆円を超す純損失を計上したことに孫氏は「しっかりと反省し、戒めにしたい」と語っていたが、それから市場は好転するどころか、GAFAに代表されるIT関連企業の株価が大幅に下落している。「足元の米中間選挙後の市場動向も不透明で、孫氏は説明する意欲を失っているんじゃないか」(大手証券幹部)という見方や、「後継者問題に切り込まれるのが嫌なのではないか」(市場関係者)という見方が浮上している。
SNS上では孫氏の健康を不安視する書き込みもみられる。決算発表で孫氏は元気な姿を見せ、「健康を害したのか」「引退でもするのか」という質問に対して、「決してそうではない。健康そのものでやりがいも気合も十分」と意気込んで見せたが……。
そうしたなか、市場が最も注視するのは、孫氏がマネージド・バイアウト(MBO)するのではないかという懸念だ。「ソフトバンクグループはアリババ株など資産売却を急ぐ一方、その現金収入で自社株買いを加速させている。結果、そう遠くない時期にMBOによって企業としての在り方を見直す可能性がある」(証券アナリスト)というわけだ。MBOによる非上場化する可能性もささやかれている。
ソフトバンクグループのアンカーとしてお宝となっているアリババ株だが、その出資比率は相次ぐ売却により、9月末時点で14.6%まで低下している。さらに、中国政府によるIT企業への規制強化の影響もあり、アリババ株の価値は大幅に減価している。
ソフトバンクグループの財務状況は保有株の売却などで手元流動性は9月末時点で約4兆3000億円もあり、資金繰りに不安はない。しかし、今回のようにアリババ株で4兆6000億円もの利益を計上して決算を調整する余地が狭まっている。
家康の「しかみ像」で復調を誓った孫氏は…
孫氏は8月の決算会見で、徳川家康の「しかみ像」をスクリーンに映し出し、自身も家康のように捲土重来(けんどちょうらい)を期すと強調した。「しかみ像」とは、家康が三方ヶ原の戦いで敗れた姿を描かせ、慢心の戒めとしたとされる絵だ。家康は自身が最も苦しかったときのこの絵を終生忘れることなく、最後は天下人になった。
ソフトバンクの創業以来、数々の窮地に立たされながら、それを見事に跳ね返してきた孫氏。常に「狭い塀の上を歩き続けることに生きがいを見出す」稀有のアントレプレナー孫氏は果たして家康のようになれるだろうか。
大企業の社長になると宣言する。
孫さんの徳川家康象を肝に命じます
2022.12.18 00:40