コロナ禍によるニューノーマル、DX、脱炭素社会、SDGs、国家間紛争など、世界はさまざまな要因により大きく変容しつつある。国内においてもデフレ、超高齢化、人口減少を背景に企業が抱える課題は多く、組織継続のために事業転換や新しい事業を必要とする企業も少なくない。ただ、それが簡単ではないことは会社員なら誰もがわかっている。どのような環境が有効な新規事業を実現できるのか。事業構想大学院大学 専務理事・事業構想研究所の小端進所長に聞いた。
学校法人先端教育機構 事業構想大学院大学 専務理事
小端 進 おばた すすむ
どんな企業にも新規事業は必要
事業構想大学院大学は2012年に東京・南青山に開学して以来、事業承継や新規事業の必要性を説き、その方法論を研究・実践してきた。同校では大学院の修士課程として2年間かけて研究し、「MPD(事業構想修士)」という学位を取得できるほか、事業構想修士課程のカリキュラムのエッセンスを生かした1年間の「プロジェクト研究」を行っている。
長年、事業構想大学院大学に携わってきた小端所長はあらゆる企業が新規事業を考えていくべきだと語る。
「現代社会は大きく、激しく変化していっています。特に今はビジネスに国境が無くなってきているなかで、ITの世界はGAFAMなど世界の企業に席巻されてしまっている。日本国内だけ考えてみても、人口減少をはじめとして大きな課題をたくさんはらんでいます。既存のビジネスモデルというのはどんどん劣化していくだけで、これまでのやり方では企業の存続は難しくなっていきます。
企業は社会の変容に合わせて事業モデルの見直しを常に考えていかなければなりません。新規事業といってもSDGsといったトレンドだけが全てではなく、企業に潜む問題に向き合い解決していくことでイノベーションにつながる可能性は十分あります」(小端進所長、以下同)
日本の企業にはモチベーションが不足している
新規事業の重要性の一方、小端さんは「数はまだまだ足りない」と言う。
「日本において新規事業が生まれづらいのは、モチベーションと組織の問題があるのかなと思います」
世論調査や人材コンサルティングを手掛ける米ギャラップ社が企業に対して行っている従業員のエンゲージメント調査では、日本は「熱意あふれる社員」の割合が5%で129カ国中128位(2022年)という結果だった。
「そういうところから新規事業が生まれるのか、といったらなかなか生まれないのではないかと思います。会社に命じられて“やらされ感”で新規事業に取り組んでも、すぐに挫折して、できない理由を挙げるだけでしょう。組織の問題も同様で、新しいことについて過去の成功体験に縛られた人たちができない理由をあげつらって、新規事業の芽を潰していくことは非常に多いのではと考えています。
本学の説明会などで聞く話ですが、事業計画を出しても、上司から言われるのは『どれぐらいで黒字になるんだ』とか『うまくいく根拠はなんだ』とか『数字はあるのか』、『データをそろえろ』といったことばかりだそうです。数字信仰ともいえますが、上司の方がなぜそういうことを言うのかというと、失敗したときの言い訳作りが大きいんじゃないかと思います。でも、新しいことは過去にやったことがないわけですから、裏付けと言われても無いわけです。これではモチベーションはなかなか上がらないでしょう」
特に新規事業に関しては時間を与えることも重要だ。
「そもそも新規事業がうまくいくためにはいくつもの壁があって、推進する人の熱意が無ければ突破できません。また、実現するためには考え抜くことが大事で、その先にいろいろなアイデアが出てくるんです。でも、大概の人はその手前であきらめてしまいます。発明王のエジソンも『ほとんどすべての人間は、もうこれ以上アイデアを考えるのは不可能だというところまで行きつき、そこでやる気をなくしてしまう。勝負はそこからだというのに』と言っていますしね。
企業がよく言う3カ月程度のスパンではなかなか良いアイデアは出てこないかもしれませんし、いろいろな知見を獲得したり、観察したりする、ある程度の時間が必要です」
キーワードは社員の“自育”
社員のモチベーションを上げ、維持するためには何が必要だろうか。
「事業構想大学院大学の東英弥理事長は『企業の中核を担うようなモチベーションの高い社員というのは決して育てることはできません。自ら育っていくしかない』と言っています。つまり、企業ができることは、社員自らが育つことができる環境を作ってあげることです。それは、ある程度の失敗は許容して任せ、本気で考えさせること。しかし、この“任せる”ということが今の日本の企業はできていない。チャレンジする土壌が十分でないのかなとも思います」
2022年5月、経済産業省が発表したレポート「未来人材ビジョン」によると、投資家が中長期的な投資・財務戦略において最も重視すべきだと考えているものは「人材投資」67%、次いで「IT投資(デジタル化)」66%であったが、企業は第一に「設備投資」55%、次いで「株主還元」41%。「人材投資」は32%と、投資家との間で大きな開きがあった。
「企業にとって人材投資とは利益を圧縮するもの、つまり経費なんです。それよりも大切なのは設備投資や株主への配当なんですね。これはこの20年ぐらい続いてきた株主至上主義の結果だと言えます。そういうところから人材投資を怠ってきたツケがいま出ている一方、企業を作るのは人なんだと見直す機運が出てきています」
事業構想大学院大学が重視しているのは、これまで多くの企業が怠ってきた人材投資に代わる場として“自育”環境を提供することだという。
「事業構想大学院大学では2年間の修士課程の中に、新しい事業を考えていく知識を得るためのノウハウを蓄積させているだけでなく、教員も各界を代表する実業家やプロフェッショナルを招いています。その教員の特徴は『事業構想は決して教えることはできない』と自覚していることです。
というのも、新しい事業はやってみないとわかりませんし、教員が正解を持っているわけではありません。教員が与えられるのは、経験から得られた、事業を考えていくための知識や“刺激”です。刺激はモチベーションアップにもつながりますし、発想の転換を起こすこともある。院生が生み出したアイデアに対して経験豊富な教員たちからアドバイスすることもあります。
教員も、本気で何かを始めてみたいという学生の方たちの思いに刺激を受けて、本気で返す方たちが揃っています」
企業単位のプロジェクト研究が人気
プロジェクト研究は大きく2種類あって、①一つのテーマを定めていろいろな企業の担当者が集まって行うものと、②一つの企業から複数の部署の担当者が集まって自分たちの新規事業を考えるというものがある。現在は後者の一社型の要望が非常に多く、年間で約50社。全体で60~70程のプロジェクト研究が進められているという。
「プロジェクト研究は、自費で来る方が多い修士課程に比べて、企業のお金で来る方がほとんどです。そうなると、どうしても会社のために何かやらないといけないという“やらされ感”を持っている方が多い。研究も最初は正解探し、模範解答探しから始まります。『うちの社長は何を望んでいるんだろう』とか『担当教員に何を言えば褒めてくれるんだろうか』とか顔色をうかがうような傾向が強い。
しかし、プロジェクト研究を進めるなかで周りからの刺激でどんどんアイデアを出し合っていけるようになる。どこかに『何かやってみたいな』という気持ちは潜んでいるものなのです。そういう意味で企業には“自育の場”として事業構想大学院大学を使っていただいているということが、大きいのかなと思います」
落ちている“事業の種”に気づくための発想サイクル
さらに、新規事業を構想するには、自分に制約をかけないことが大事だと小端所長は言う。
「最初は、自分はこういう人間だとか、そういうのはできないんだとか枠にはめて、むしろ自己制約してしまっている人が多いと感じます。しかし、本学の修了生はそれを突破していろいろな新しいことを始めて、実績もたくさん作ってきています。
実は“事業の種”は至るところに落ちているものなのですが、ほとんどの人が気づかないで通り過ぎ、一部の運の良い人だけのものに見えている。問題意識が無いので気づかないのです。常識を疑うとか視点を変えて見るといった、物事をちょっと深く考えてみることを続けていくと、いろいろなところに事業の種やヒントが見えてきます。
これも東理事長の言葉になりますが、『事業構想は誰でもできるようになる。決して天才のものではない。でも、本気でなければできない』と言っています。漠然とでも何かやってみたいという意欲を持っているとか、あるいは自分はやらないといけないんだという使命感を持っているとか、そういう人が本気になれば、必ずアイデアが出てくるようになります。
事業構想大学院大学では、アイデアは思いついたらそれをすぐ人に話すように言っています。周りはできない理由ではなく“できる方法”で返す。それを繰り返すことでさらにアイデアが出てくるようになります。アイデアを出せるか出せないかというのは決して才能ではなく、やはり習慣づけです」
企業にもステージはいろいろあるが、新規事業が生まれづらいという問題は共通する。“自育の場”を社内に作りづらい企業にとって、事業構想大学院大学が提供する“自育の場”は有効な一手になりそうだ。
学校法人先端教育機構 事業構想大学院大学
- 学科・専攻:事業構想研究科 事業構想専攻
- 授与学位:事業構想修⼠(専⾨職)
- 標準修業年限:2年
- 修了要件:本学に2年以上在学し、必修単位を含む34単位以上の単位修得及び事業構想計画書の審査等に合格すること
- 校舎:東京・仙台・名古屋・⼤阪・福岡
- ⼊学定員:120 名(全校舎合計)