大阪府・箕面市(みのおし)は、自治体DXの分野において相互に連携するため、IT企業の株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)と2年間の包括連携協定を結んでいる。内容は、「自治体DXの推進に関わること」と「健康寿命の延伸のためのヘルスケア事業の推進に関わること」の2点で、市民サービスの向上を図るのが目的だ。2021年10月から自治体DXの課題解決に向けて共にプロジェクトを進めてきたDeNAのIT本部IT戦略部の大脇智洋さんと、箕面市の行政改革・DX推進室の吉川顕正さんにこの1年を振り返ってもらった。
大阪府箕面市 行政改革・DX推進室室長
吉川顕正 よしかわ けんせい
3 つの軸でDXを推進
箕面市は大阪の北部に位置し、子育て世帯を中心に約14万人の人口を有する住宅都市だ。今回DeNAとの包括連携協定が結ばれたのには、どのような背景があったのだろうか。
「自治体のDX(デジタルトランスフォーメーション)は近年、国全体で推進の方向性が示されてきましたが、2021年秋の段階で、箕面市ではなかなか進められておらず、専門人材をという声がありました。実はDeNAとは、岡村信悟社長が総務省時代に箕面市に出向されていたというつながりがあり、そのご縁で協力を求めたという形です」(箕面市 吉川さん)
大脇さんを中心としたDeNAの担当者が月に1回箕面市に行き、DX改革を進めるサポートをする形。2022年9月には、「箕面市DX推進方針(案)」がまとめられ、副市長をトップに据え、庁内の各部局長が参画する「DX推進本部」が立ち上げられた。推進方針(案)は、「暮らしのDX」、「教育のDX」、「市役所のDX」の3つを主軸とし、住民サービスの改善や庁内の働き方改革、生産性の向上などを目指している。
具体的にその内容を見ていくと、「暮らしのDX」では、行政手続きのオンライン化、マイナンバーカードの普及促進などを掲げ、令和5年度中に行政手続きのオンライン化を目指す。「教育のDX」では、児童生徒へのタブレット端末の配布、オンライン授業、デジタル学習の促進、家庭との連絡ツールのデジタル化などに取り組む。「市役所のDX」では、働き方や庁内業務の効率化を目指し、電子決裁を含むペーパーレス化やRPAの活用、議事録作成の自動化などが盛り込まれている。
「このDX推進方針(案)には、例えばRPA(Robotic Process Automation)など、今、人がやっている仕事を自動化していくなどの施策がたくさん盛り込まれています。方針案の骨子が今年の8月から9月くらいの間にできて、今まさに動き始めたところです」(DeNA 大脇さん)
「行政のデジタル化に向けての大きな課題は、まずペーパーレス化です。役所は、とにかく紙が多い。大脇さんも市役所に来たとき一番驚いていたのは、紙の多さだったと思います」(吉川さん)
会議室のモニターから整備、見えてきた課題
しかし公民連携のこの試みは、初めからスムーズに動いたわけではない。まずは庁舎の環境づくりから、例えば会議室にモニターを設置したり、Wi-Fi環境を強化したりといった、初歩的な段階から改革を進めていかなければならなかったのだ。また、自治体という特殊な組織ゆえの課題もあった。
「市役所は法令を基にサービスを提供しているので、法令を変えなければできないことは、どうしても後回しになってしまいますね。例えば、民間だと今は電子契約なども普及してきていますが、それを役所で導入するには法令上のルールに則ったやり方や例規改正が必要になります。また、さまざま部署間の調整も民間の会社と比べると、どうしても時間がかかるという印象がありますね」(大脇さん)
大きな組織を変革していくことの難しさについて、大脇さんはこう語る。
「現状業務を続けながら仕事のやり方を変えてもらうのは、現場から協力が得づらいこともあります。これは民間でも同じだとは思いますが、トップダウンで推進するような体制でないと、こうした改革というのはなかなか時間がかかるものなのかもしれません。
また、これは仕事を自動化する際によく言われることなのですが、自分の仕事を奪われるのではないか、と心配する人が出てきます。DeNAでは2017年ぐらいからRPAを導入していますが、結果的に、自分たちがやりたい仕事により注力できるようになったとポジティブに受け止められていますよ」(大脇さん)
IT・デジタル人材育成の必要性
では、自治体のような組織を改革していくためにはどんなことが重要になるのだろうか。
「雇用形態にも変化が必要です。DXを推進するには、やはりITの専門的な知識を持った人が中心となって、データを活用しながら、こうやってみましょうと提案していくことが重要になる。現にDeNAのような会社は、中途採用も多く、大多数が専門職の『ジョブ型』雇用です。
でも市役所は、いわゆる『メンバーシップ型』の雇用形態が多くて、3年くらいで定期的に異動になります。そうすると専門家が育たず、デジタル分野は外部に依頼しなくてはならなくなる。そこを内製化するのは必要になってくると思います。専門職を育て、ジョブ型雇用を取り入れる。そういうことができる自治体は今後、強いだろうと思います」(大脇さん)
箕面市でも取り組みが始まっている。2022年4月、箕面市からDeNAのIT戦略部に一人の人材が派遣された。2年間出向し、DeNAの社内システム部門で勤務することで、DXやIT技術について学ぶ予定だという。
「デジタルの発想や、最低限の知識や考え方を学んでもらって、デジタルを活用した施策・政策の立案ができるような人材として戻ってきてほしいと思っています」(吉川さん)
「2年間ではコードを書いてもらうところまでは難しいかもしれませんが、ネットワークやPCについてなど初歩的なところから一緒に経験して学んでもらっています。
例えば僕たちは、会議の議事録はクラウドのドキュメントなどにメモ、共同編集で書いて、それをチャットツールで送って共有することなどが当たり前になっていますが、そういう手法を吸収してもらい、市役所でも良い部分を取り入れてもらえたらとは思います。また、現在はノーコード・ローコードというコードを書かなくても自動化できるツールがあるので、そういったツールもぜひ学んで還元してもらえたらと思っています」(大脇さん)
公民連携で社会課題解決へ
箕面市とDeNAの包括連携協定が結ばれてから、11月で1年。手応えはどうだろうか。
「まだまだ加速していかないといけませんが、最低ラインは整備できたという手応えはあります。実は隣の豊中市は、本市とは自治体の規模は違いますが、DXにおいて進んでいて、日経グローカルが2020年に発表した『電子化推進度ランキング』では全国市区町村ランキング1位でした。そこに追いつけというようなスタートでもありました。
それでも『教育のDX』の面では、これまでも力を入れていたこともあり、おそらく日本でも進んでいる方だと思います。今後は『暮らし』と『市役所』のDXを加速させ、そこに追いついていきたい」(吉川さん)
一方DeNA側は、こうした連携にどのような意義を見出しているのか。
「DeNAは、もともとエンターテインメントを主軸としていましたが、2021年4月に岡村社長の体制になり、エンターテインメントに『社会課題解決』を加えて2つの軸とし、事業展開していく方針となりました。その中にヘルスケア・メディカルもあります。また、今は事業として行っているわけではありませんが、こうして自治体にDXを推進するようなことも含まれていくかもしれません。自治体が抱えている課題を自分たちも学び、より良いサービスを提供していくことに今後つなげていけたらと考えています」(大脇さん)
国が推奨している自治体のDXだが、各自治体だけで進めるにはなかなか荷が重く、課題が多いようだ。こうした形での公民連携が、DX推進に悩む自治体への救いの手となるか。