軍事兵器のみならず日常で使うクルマ、スマートフォン、パソコン、デジタルカメラ、エアコン、炊飯器などにも使われている半導体は、今や社会のインフラも支える存在となっている。中でも先端半導体の製造装置で、世界をリードしているのが日本だ。しかし現在、その半導体製造装置にはアメリカの政治的思惑も絡み、日中対立の要因にもなってきている。一体、何が起きているのだろうか。
アメリカの要請で日本も対中輸出規制を発動
アメリカのバイデン政権は2022年秋、先端半導体関連の技術が人民解放軍のハイテク化など軍事転用される恐れを警戒し、中国への半導体輸出規制を強化した。しかし、アメリカ独自の規制では効果が出ないと判断したバイデン政権は2023年1月、訪米した岸田文雄首相に対し米主導の対中規制に日本とオランダも参加するよう要請した。先端半導体の製造装置で両国は世界的に高いシェアを持つからだ。
これまで日本の半導体製造装置の輸出先として、中国は大きなシェアを占めていたが、アメリカの要請を受けて、日本は2023年3月までに、幅が14ナノメートル以下の先端半導体を製造する際に重要な装備品23品目(繊細な回路パターンを基板に記録する露光装置、洗浄・検査に用いる装備など)で、対中輸出を規制する方針を発表した。
日本側のこの決定に中国は当然のように反発。アメリカに加え、日本とオランダが同規制に加わることで、中国は先端半導体の製造に必要な装置を入手することが極めて難しくなり、軍の近代化を進める習近平政権にとっては大きな痛手となるからだ。中国は今後、国益を守るために断固とした対抗措置を取ると日本を強くけん制した。すでに、電気自動車や風力発電用モーターなどに欠かせない高性能レアアース磁石の製造技術の禁輸を検討しているとみられる。
中国の苛立ちは日本の“アメリカ追随外交”
実際、中国がどのような対抗措置を取ってくるのかはわからない。しかし、安全保障や経済・貿易、サイバーや宇宙、そして今回の先端技術など多方面で米中対立が繰り広げられるなか、中国は日本に対する不満や苛立ちを強めているのは確かだ。その不満や苛立ちは一言で言うと、日本のアメリカ追随である。
最近も中国の「反スパイ法」によって新たに邦人が拘束された件で日本に動揺が走ったが、その後、中国側から「日本がアメリカの手先とならないことが建設的かつ安定的な日中関係の構築のための前提条件になる」、「日本国内の一部勢力がアメリカ追随外交を徹底し、中国の核心的利益に触れる問題でわれわれを挑発している」など強い不満が示された。
今後のポイントとなるのは、日本がアメリカと足並みを揃えることに、中国がどこまで我慢するかだ。米中対立や台湾情勢で緊張が続くなか、日本は外交・安全保障的に日米関係を軸として中国に対応することになる。このスタンスは絶対に変わらない。よって、アメリカと中国の力の拮抗が顕著になるなかでは双方の対立はいっそう激しくなり、それによって日中関係も冷え込んでいくというシナリオをわれわれは現実の問題として考えておく必要がある。そして、その際、今回の日中半導体摩擦はひとつのトリガーになる恐れがある。
繰り返される日中間の貿易摩擦の歴史
振り返れば、これまでも日中間で大きな問題が生じた際、中国側が率先して対抗措置を取ってきたことがある。2005年4月には当時の小泉首相による靖国神社参拝より、中国国内では反日感情の高まりによって日本製品の不買運動が起こった。2010年9月には、尖閣諸島で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突して中国人船長が逮捕されたことがきっかけで、中国は対抗措置として日本向けのレアアースの輸出を突然停止した。2012年9月には当時の野田政権が尖閣諸島の国有化を宣言したことがきっかけとなり、その後中国メディアが一斉に対日批判を展開し、中国各地では反日デモが拡大。日本企業の工場や販売店が破壊や略奪、放火などの被害に遭った。また、中国政府は日本からの輸入品の通関を厳格化させ、遅滞させるなどした。
しかし、これらの対抗措置は、外見上は“政治問題が発生したことで経済的な対抗措置が取られた”というケースである。換言すれば、中国にとっては、「日本側が政治問題を生じさせ、われわれは経済の領域で対抗措置を取った」となる。
今回の日本による対中半導体輸出規制は、その背景に中国による軍事転用を防止するという安全保障上の目的があったとしても、中国には“日本側が経済問題を生じさせた(純粋な日中貿易のなか、日本が勝手に半導体分野で貿易規制を仕掛けた)と映るだろう。さらに中国側が、「日本はこれまで政冷経熱(政治は冷え込んでも経済関係は重視する)に徹してきたはずだが、遂には経済・貿易の領域を安全保障化、紛争化させようとしている」ととらえる可能性もあろう。
そうなれば、中国は日本を経済・貿易の領域を政治紛争化させるアメリカと同じようにとらえ、日中間でも貿易摩擦が今後白熱する恐れがある。もっと言えば、中国が率先して日本への経済攻撃をエスカレートさせてくるかもしれない。
今日、日本は輸入する1000以上の品目で輸入額に占める中国シェアが5割を超え、特にコンピューター関連の部品、ノートパソコンやタブレット端末での対中依存度が高い。中国は日本の対中依存度の強い分野を中心に、輸出停止や関税の大幅な引き上げなどで対抗してくる恐れがある。