トレーニングにイノベーションを起こす!ファンケルの「体力を見える化する技術」

写真:芹澤裕介

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トレーニングにイノベーションを起こす!ファンケルの「体力を見える化する技術」

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令和元年に厚生労働省が発表した「国民健康・栄養調査」によると、国民の3~4人に一人は日頃から運動習慣(1回30分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上継続している人)があるという。しかし、その中で“自分に合った効果的なトレーニング”ができている人はどれくらいいるのだろうか。株式会社ファンケルは、それを簡易かつ正確に推定することができる「体力を見える化する技術」を開発。医療分野やスポーツ分野への応用が期待されている。同社の開発担当者に聞いた。

株式会社ファンケル 新規事業本部 ヘルステック事業開発準備室

阿部征次 あべ まさつぐ

岩手県釜石市出身。幼少期より柔道の道に邁進し、北京オリンピック2008にてフィジーの代表監督も経験。その後、柔道家兼研究者として機能性原料の開発に従事。ファンケル入社後は血圧/コレステサポートなどのサプリ開発をし2022年より本技術の研究/製品開発/事業化を進めている。

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効果を得るには「中強度」以上のトレーニングが大事

「体力を見える化する技術」を開発したのは、ファンケルで新規事業を立ち上げに従事する阿部征次さん。きっかけになったのは、マラソン好きの同僚から「トレーニング効果を高めたい。私に合ったトレーニングが知りたい」という相談をされたことだったという。

一般的なトレーニングの指導では、「あなたは30代だから1㎞○分で走りましょう」というように、年齢や性別などの一定の条件に対して一律で指導されることが多い。しかし、体力というのは個人差が大きく、同じ運動でもきつく感じる人もいれば、楽々こなせてしまう人もいる。体力のある人が軽い負荷でトレーニングをしても、体力強化の効果は見込めない。逆に、体力の無い人が強い負荷でトレーニングしてしまうと、ケガのリスクが高まる。つまり、トレーニング効果を得るためには、その人に合った負荷レベルを個別に設定していく必要があるのだ。

株式会社ファンケル 新規事業本部ヘルステック事業開発準備室 阿部征次さん

運動によって身体にどのような変化が生じるのか、その現象と仕組みを理解する学問である「運動生理学」を専門とする阿部さんは、先の同僚へ「中強度のトレーニングを週3回、1回30分以上するといいよ」とアドバイスをしたが、今度は “中強度”の程度について質問されたという。

「中強度というのは、有酸素運動から無酸素運動に切り替わり始める転換点のことです。中強度の負荷でトレーニングをすると、生活習慣病の改善や骨量・筋量の維持、スポーツのパフォーマンス向上などの効果が得られることがわかっています」(阿部さん、以下同)

中強度というのは少し息が弾み、ややきついと感じる程度の運動をいうが、あくまで主観なので正確な把握が難しい。もっと簡単に運動強度が測れる技術を開発できないか――。これが今回の「体力を見える化する技術」誕生の出発点となる。

50年前からある体力測定の技術「呼気ガス分析法」の課題

運動強度は、運動する人の呼気中に含まれるO2(酸素)、CO2(二酸化炭素)の濃度と換気量(VE)を測定することでわかる。楽な運動をしているときはO2の必要量は低く、きつい運動をするとO2の必要量が増えていく。グラフにするとO2の必要量は単純な右肩上がりではなく、ある時点から2段階で急激に上昇する。

運動強度を上げていくと、ある時点から酸素の必要度が2段階で急上昇する(グラフ提供:株式会社ファンケル)

「1つめの折れ目が、有酸素運動から無酸素運動に切り替わり始める閾値(AT)です。ATのときの運動が、その人にとっての“中強度”となります。2つめの折れ目は、完全な無酸素運動に切り替わる閾値(RCP)で、強強度の運動を示します。アスリートのように競技力を高めたい場合は、強強度でのトレーニングも必要になってきます」

運動強度を測定する方法としては、従来から「呼気ガス分析法」というのがあり、50年前に誕生した測定法で高い精度を誇る。これを使えば正確な運動強度を評価することができるが、問題点もある。

1つは、病院やリハビリ施設、研究機関などの限られた場所にしか測定機がなく、誰でも気軽に受けられるものではないこと。2つめは、医師や理学療法士などの専門家の立ち合いが必要であること。3つめは、本来は患者のリハビリ目的で使用される機器のため、健康な人は対象にならないこと(施設によっては健康な人も自己負担で受けられるが、費用が高くなる)。4つめとして、専用のマスクを装着してエアロバイクを漕ぐなど測定が大掛かりで、測定時間も1時間程度かかること。呼気ガス分析法のほかに、血中の乳酸値を測定する方法もあるのだが、こちらも保険対象外のため費用が高く、指先などに針を刺して血液を採らないといけないので、痛みを伴うなどのデメリットがある。

呼気ガス分析法に使用する特殊なマスクやバイク。機器自体も高額だ

ファンケルが開発した「体力を見える化する技術」とは

従来の測定法にあったこれらのデメリットを一掃するのが、「体力を見える化する技術」だ。

「一番の特長は、パルスオキシメーターという装置を使って簡単に測定できる点です。パルスオキシメーターはコロナ禍で身近になりましたが、指先の血流から酸素飽和度(SpO2)と脈拍を測定するものです。呼気ガス分析法で呼吸中のO2の必要量からATやRCPがわかるなら、血液中のO2(酸素)濃度からも測定できるのではないかと仮説を立てました。というのも、血中ではCO2とO2が拮抗しているので、呼吸中のO2の必要量が増えるということは血液中のO2が減るということではないかと考えたのです」

実際に20名の被検者を対象にパルスオキシメーターで測定し、呼気ガス分析法と比べてみると、阿部さんの仮説通りの結果が得られた。下図のように呼吸中のO2の必要量と血液中のO2の不足量のグラフはきれいに反転したのだ。阿部さんは血液中のO2濃度から運動負荷を割り出す計算式を作り上げ、仮説を理論として確立させることに成功した。

同じ運動強度で呼気ガス分析法と新開発の測定法を比較すると、血中のO2必要量と不足量のグラフはきれいに反転した(グラフ提供:株式会社ファンケル)

従来の呼気ガス分析法に比べて、新開発の測定法(酸素飽和度法)はメリットが多いと阿部さんは自信を見せる。

「酸素飽和度法はパルスオキシメーターを装着するだけなので、医師などの専門家がいなくてもユーザー自身で測定できます。費用負担も軽く、身体への侵襲(しんしゅう)もありません。しかも屋外を走ったり水中を泳いだり自由に運動しながら、リアルタイムでの測定が可能なので、ユーザーはその日そのときのコンディションに合わせて最適なトレーニングをすることが可能となります。つまり、負荷のかけ過ぎによるケガや病気のリスクを予防しながら、期待するトレーニング効果を効率的に得ることができるのです」

この画期的な技術は、2021年12月に特許を取得。2022年11月には自然科学系の最新研究を集めた電子ジャーナル「Scientific Reports」にも掲載された。阿部さんは自身の成果をこう評価する。

「50年間も不変だった呼気ガス分析法の歴史を塗り替え、何歩も発展させることができたのかなと思っています。この技術を応用して多くの人が運動を適切に行い、健康づくりや競技パフォーマンスアップを実現してもらえればうれしいですね」

阿部さんが市販のパルスオキシメーターを改造して作ったという酸素飽和度法の測定機器。改良中で、製品化される際はさらに洗練される

“体力の見える化”がもたらす運動習慣のイノベーション

「体力を見える化する技術」は2022年11月に報道発表されるや否や、産・官・学の多方面からの問い合わせが来るなど、早くも注目を集めている。今後の技術の応用シーンとして、阿部さんは大きく3つを想定している。

「1つめは医療分野。病院や施設内でのリハビリやその評価が簡便になります。退院後も患者さんが自分で測定しながら安全にリハビリが継続できるので、病気再発の予防にも役立ちます。2つめはアスリートの競技力アップです。効率的なトレーニングおよび過負荷による怪我を予防することで、競技パフォーマンスの最大化と、選手生命の延伸が可能になると考えます。3つめは一般の人たちの健康づくり。生活習慣病や寝たきりの予防、ダイエットやボディメイクなどに幅広く役立ちます。健康診断や人間ドックの検査項目に組み込むことができれば、適切な運動指導に繋げることができ、健康寿命の延伸になるかもしれません。ひいては国の医療費の削減にも貢献します」

阿部さんによれば、すでに大学や自治体との連携が進み、事業化も視野に入っているという。例えば大学機関と共同で臨床での実証実験や、横浜市やスポーツ庁と連携し、市民の健康づくりに応用するなど活用シーンの可能性は無限大だ。

期待される実用化 2024年中のリリースを目指して

さて、実際に私たち一般人がいつ、この画期的な技術を使えるようになるか。阿部さんは「2024年内の実用化を目指して目下、測定用のデバイスおよびデータ解析アプリの開発中」と計画を語る。

これが完成すれば私たちのトレーニングシーンが大きく変わるに違いない。もはや、がむしゃらにトレーニングすることも、手応えのないトレーニングに終始する必要もなくなる。誰もが手軽にベストな運動を実現できる未来が、もうすぐそこまで来ているのだ。