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がん治療中の外見の変化の悩みに寄り添う ファンケルのアピアランスケア情報サイト「Nagomi time」

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がんやがんの治療によっては、さまざまな外見の変化が現れることがある。脱毛、肌や爪のトラブルなど、外見の変化は社会生活を送る上で大きな悩みになりがちだ。ファンケルでは、こうした見た目の悩みを軽減し、その人らしくいるための「アピアランス(外見)ケア」について情報発信を行っている。「がんになっても自分らしく過ごしてほしい」との想いから発足したアピアランスケアの取り組みについて、プロジェクトの実行責任者の秋山裕香さんに取材した。

株式会社ファンケル 経営企画本部 メディカルコーディネートグループ 

秋山裕香

キリングループの製薬会社にてMR※を3年半経験したのち、がん領域におけるマーケティング業務に10年以上従事する。23年12月より、がん治療中の課題解決に取り組むキリングループの横断プロジェクトに参画。2024年4月、ファンケルに出向する形でプロジェクトの実行責任者に就任し、アピアランスケアの情報発信に取り組んでいる。
※医薬情報担当者(Medical Representative):製薬会社に所属し、病院や薬局を訪問して、医師や薬剤師などの医療従事者に自社の医薬品の有効性、安全性、使用法などの情報を提供する

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がん患者の6割が「治療によって外見が変化した」

厚生労働省の「がん治療に伴う外見の変化とその対処に関する実態調査」によると、がんの治療によって外見が変化したと答えた人は全体の6割。女性では7割、男性も約半数が、図1に示したような苦痛を経験している。

こうした外見の変化は、肉体的な苦痛はもとより精神面への影響も小さくない。多くのがん患者が、外見が変わったことで人目が気になり、「外出の機会が減った」「人と会うのがおっくうになった」「仕事や学校を辞めた・休んだ」などと回答している。

厚生労働省「がん治療に伴う外見の変化とその対処に関する実態調査」

アピアランスケアが抱えている課題

多くのがん患者が見た目の悩みを抱えている一方で、アピアランスケアの情報ががん患者に十分に届いていない現状がある。

日本では、2000年代に抗がん剤治療が入院中心から外来中心へ移行したことで、「髪が抜けた姿で職場に行きたくない」「変化した姿を見せたら、がんだと気づかれてしまう」「外見が変化した自分は、自分らしくない」など、見た目の問題を抱えるがん患者が増えてきた。

それに応じて、治療による外見の変化に対する製品やケアの方法などに関する情報がインターネットや広告メディアで多く発信されるようになっていく。しかしながら、そのすべてが安全かつ正確な情報とは限らない。かえって情報に惑わされたり、誤った情報によって苦悩が深まったりといった問題も生じていた。

そこで、2013年、国立がん研究センターはがんにかかわる外見の問題について、正しく、公平で、最新の知見を提供し、研究・教育・臨床を通じて患者がいつもと同じ日常生活を送れるように支援するため、中央病院に「アピアランス支援センター」を新設。その後、がん診療連携拠点病院などでアピアランス支援の相談窓口を設けるところが増えてきた。

2025年の現在は、全国どこの医療機関でもアピアランスケアの支援を患者に提供できるよう体制を整えることが喫緊の課題となっている。

秋山さんは「アピアランスケアについての情報が欲しいがん患者さんに、安全で正しい情報を届ける仕組みづくりが急務です」と言葉に力を込める。

※資料:ファンケル者提供

22年12月、キリングループでアピアランスケアのプロジェクトが発足

2023年の「第4期がん対策推進基本計画」では、アピアランスケアの推進が重要課題の1つに挙げられた。

ファンケルを含むキリングループでは、CSV経営の一環としてアピアランス支援に注目。2022年12月にプロジェクトを立ち上げ、「キリングループとして何ができるか」の検討に入った。

秋山さんは2023年12月から本プロジェクトに参画しているが、「実は、私がアピアランスケアという言葉を知ったのも、上司からプロジェクトに参画しないかと打診されたときが初めてでした。10年以上もがん領域で仕事をしていたのに、まったく知らなかったんです」と打ち明ける。それくらい日本ではアピアランスケアの認知がされていないということだ。

アピアランスの支援は大事だけれど……治療で精一杯の主治医

秋山さんは患者のニーズや医療現場の実態を把握するため、がん患者や医療従事者へのヒアリングを行った。

「その中で見えてきたのは、1つは、がんの中でも特に乳がんは乳房の喪失や脱毛、むくみなど外見変化の問題を抱えやすいことです。本プロジェクトのメインターゲットになると考えました。

もう1つは、がん治療に関わる医師たちの葛藤です。がんの治療にあたる主治医からは、『アピアランス支援も大事だけれど、まず命を救う治療を優先せざるを得ない。限られた診療時間でアピアランス支援まで手が回らないのが実情』というもどかしさを訴える声が多く聞かれました。

また、がん患者の皮膚トラブルの診療にあたることの多い皮膚科の医師からは、『がん治療の早い段階で主治医との情報共有がもっと進むと良い。そうすれば肌トラブルを起こさないための予防的ケアや軽症のうちの治療が望める』という意見が多く挙がりました。」(以下、「」は秋山さんの発言)

アピアランスケアの総合情報サイト開設と冊子づくり

こうした貴重な意見を踏まえて、「がん患者はもとより、がん治療に関わる医療従事者にも活用してもらえるような情報発信の場が必要」と考えた秋山さんは、2024年10月、アピアランスケアの総合情報サイト「Nagomi time」の開設と配布用冊子の制作に乗り出す。

プロジェクトの拠点はファンケルに設置された。キリングループの中でもファンケルには、スキンケアやメイクに関する知見やノウハウが豊富に蓄積されているためだ。現在、秋山さんはファンケルに出向という形で移籍し、プロジェクトを率いている。

サイトおよび冊子の制作を進めるにあたって、秋山さんが大事にしたことは主に3つある。1つめは「正しい情報を提供すること」、2つめは「アピアランスケアに関する包括的な情報を提供すること」、3つめは「性別・年齢・がん種を問わず情報を提供すること」。

Nagomi timeの3つのこだわり

まず、1つめの「正しい情報」については、「がん治療におけるアピアランスケアガイドライン2021年版」(日本がんサポーティブケア学会)や「臨床で活かす がん患者のアピアランスケア 改訂2版」(南山堂)に基づくコンテンツづくりを行い、さらに医療従事者による監修による監修を受けている。

「医療従事者に監修をいただくことで、信頼性の高い最新情報を提供できています」

2つめの「包括的な情報提供」については、外見のケアだけでなく食事や運動のアドバイス、助成金の情報などを幅広くカバーしている。秋山さんが包括的な情報提供にこだわる理由を聞いた。

「アピアランスケアに関する情報サイトはさまざまありますが、各社得意な分野の情報に偏る傾向があり、それ以外の情報が薄いなどの偏りがあります。すると、がん患者さんたちは体調が優れない中で、自分に必要な情報を探す手間がかかってしまいます。中には必要な情報にアクセスできず、諦めてしまうケースもでてくるかもしれません。そうならないために、必要な情報が1つのサイトでカバーされているということが重要だと考えます。」

とはいえ、ファンケルはスキンケアやメイクは得意分野だが、ウィッグや医療用下着などは専門外だ。そのため、それぞれの専門企業から協力を得て情報を載せたり、各企業サイトへのリンクを貼ったりしている。

「Nagomi timeを入口にして基本情報を知り、そこからもっと詳しく知りたい場合は専門のサイトにアクセスしていけるようになるといい。ですから、Nagomi timeは将来的に“アピアランスケアの情報を網羅したポータルサイト”になってくことを目指して設計しています。」

3つめの「性別・年齢・がん種を問わず情報を提供すること」だが、外見の問題はどうしても“女性の問題”として扱われがちで、男性は置いてけぼりになりやすい。しかし、冒頭でもデータで示したとおり、男性患者にもアピアランスの問題を抱える人は決して少なくない。

「相談先が分からない、化粧品も女性向けばかりで何を使って良いか分からないという悩みを人知れず抱える男性患者さんが多くいるのです。」

男女とも多い悩みとしては、爪の変色や変形、爪囲炎がある。仕事などで人と接するときに手元が見られやすいためだ。また、男性ならではの悩みとしては、男らしい眉の書き方を知りたいというニーズが多い。

Nagomi timeでは、そうした男性の声にも寄り添い、性別に関係なく使える爪の手入れの仕方や男性用の眉の書き方のレクチャー動画などを掲載している。また、全体のデザインや写真・イラストも中性的であることを意識してつくられている。

「プロジェクトの一環で、男性向けの眉の書き方をセミナーで教えたことがあるのですが、参加者の男性たちから『こういう情報が欲しかった。ありがとう』との反響をいただきました。」

必要十分な情報をあつめた冊子を医療機関に配布

冊子については、医療機関に置いてあり、患者が自由に手に取れるようになっている。要望があれば、ファンケルから直接郵送も行っている。

「冊子づくりでは、必要最低限の情報を網羅しつつコンパクトにまとめることを意識して、手に取りやすく邪魔にならないボリュームにこだわりました。」

もう1つのこだわりとして、見開きの最初のページに「がん治療で予想される外見の変化をチェックできる項目」が設けてある。これは患者へのヒアリングで、「これから起きる外見の変化を予め教えてもらえていたら準備ができた」という声があったためだ。

冊子はその使いやすさから、医療従事者の研修用のテキストとしても活用されている。

「医療従事者にアピアランスケアについて知ってもらい、積極的にがん患者さんに伝えてもらえれば嬉しいです。担当の患者さんに一言でもいいから『今はアピアランスケアっていうのがあるんだよ。気になることがあったらネットでも調べてごらん』のように声掛けをしてもらえると、救われる患者さんが増えるに違いありません。そのきっかけづくりとして、まず冊子でアピアランスケアの概要を掴んでいただければと思っています。」

アピアランスケアはすべての人にとって役立つ

がんは2人に1人がかかる病気で、いつ自分や家族が当事者になるか分からない。誰にとってもアピアランスの問題は他人事でないからこそ、正しい情報のありかを知っておくことは大事だ。もし自分の大切な人ががんになり、外見の変化で困っていたら、「こんなサイトもあるよ」と教えてあげられる。

それに、Nagomi timeで紹介されているケアは、がん以外の病気で悩む人や健康な人にもそのまま使えるものばかりだ。

「肌に優しいスキンケアも髪や爪のお手入れも、食事や運動の習慣についても、ここに書いてある情報は健やかな心と体をつくる上での基本となるものです。すべての人に活用してもらえると嬉しいです。」