2016年2月16日に日銀が導入したマイナス金利の余波が広がっている。市場では無きに等しい金利を揶揄する”ナノ金利”なる呼称も生まれた。笑えない状況に陥った金融業界はどこに向かうのだろうか。
このままでは金融機関は構造不況業種に
普通預金金利は0.001%まで低下し、100万円を1年間、普通預金においていても利息は10円しかつかない。もはや金利と呼べる水準ではない。
「1980年代の高金利時代にはワイド(利付金融債)やビッグ(貸付信託)は年8%の高利回りで、複利で運用されるため10年で元本がほぼ倍になった。それがいまやマイナス金利の導入で定期預金金利は1カ月物から10年物まで同じ年0.025%で並ぶ。元本が倍になるには2000年もかかる」(メガバンク幹部)という状況だ。
さらに、市場金利(金融機関同士の貸借に適用される金利)が低下するか、日銀のマイナス金利が拡大されれば、預金金利を引き下げなければならないが、「現行の金融機関のシステムでは預金金利を小数点第4位までしか設定できない。普通預金金利を0.001%以下に引きさげようにもシステム上の制約から、これ以上の利下げは難しい」(同)という悩ましい問題も浮上している。
預金を集め、貸出や有価証券等の運用で利ザヤを得ている金融機関にとって、預金金利は限りなくゼロ%に近づく一方、国債の利回りはマイナス幅が拡大する状況は危機的と言わざるを得ない。利回りがマイナスとなった国債を満期まで保有すると損が出る格好だ。利ザヤの縮小は避けられず、「このままでは金融機関は構造不況業種になってしまう」(メガバンク幹部)との怨嗟の声が聞かれるほどだ。
格好の儲け場所に群がる外国人投資家
日本商工会議所の三村明夫会頭は2月9日、マイナス金利政策の市場への影響について、「マイナス金利の効果が非常にわかりにくいことによるマーケットの動揺もあると思う。政策の狙いや意図を明快に説明してほしい」と注文をつけた。産業界が懸念しているのはマイナス金利を契機とした為替の想定外の変動と株価の乱高下にほかならない。
マイナス金利により期待された円安、株高は、1月29日の政策決定直後こそ1ドル=118円台から121円まで円安が進み、株価も上昇したものの、1週間もしないうちに効果は剥落し、円高圧力が再燃、円・ドルレートは2月11日に一時110円台と約1年3カ月ぶり高値を付けた。株価も同12日に1万5000円台を割り込む局面がみられた。まさに想定外の市場の混乱だ。
その後も一日に日経平均株価が1000円近くも乱高下するのも珍しくない荒れた市況が続いている。市場の乱高下を助長しているのは外国人投資家の面々だ。2月第2週の委託取引の売買代金に占める外人投資家のシェアは75%まで上昇した。
「高速売買を利用した短期トレードがほとんどで、デリバティブを駆使したヘッジファンドが跋扈(ばっこ)している」(大手証券幹部)という。対照的に個人を除く国内投資家の売買シェアは8%強にすぎない。乱高下する市場を格好の儲け場とみる海外ヘッジファンドが為替と株価をもてあそんでいるようなものだ。
日銀の市場混乱シミュレーション
では、なぜこのタイミングで日銀はあえて副作用の強いマイナス金利という荒業に打ってでたのだろうか。鍵は2015年10月23日に日銀が公表した「金融システムレポート」にある。この中で、日銀は「マクロ・リスク指標とマクロ・ストレス・テスト」として、いくつかの前提を置いたシミュレーションを行っている。
そのひとつ「テールイベント・シナリオ」では、リーマン・ショック直後の景気後退を想定した場合、株価は9月末から1年間で55%下落し、名目為替レートは2016年度にかけて1ドル=93円と23%の円高ドル安が進むと想定している。
また、「特定イベント・シナリオ」では、90年代のアジア通貨危機時とほぼ同程度の成長率を想定した場合、株価は2015年9月末から1年間かけて23%下落し、名目為替レートは1ドル=104円まで円高ドル安が進むと試算している。先行きの市場の混乱を日銀は予見していたと見ていい。
実際、日銀が次なる追加緩和策の検討を始めたのは半年前の2015年夏。「中国発の世界的な株価暴落を受けて追加緩和策のメニューを準備しておこうとなった」(日銀関係者)という。事務方が俎上(そじょう)に挙げたメニューは5種類。マイナス金利もそのひとつだった。
日銀はマイナス2%まで金利を下げられる?
黒田東彦総裁は、2016年1月20~23日のスイス・ダボス会議出席のため離日する直前に、事務方に緩和策の最終的な絞り込みを指示し、帰国後の1月28、29日の政策決定会合に満を持してマイナス金利を提案した。
日銀関係者によると、「1月25日の幹部会議で事務方の内田眞一企画局長が複数の緩和メニュー案を提示し、黒田総裁と雨宮正佳理事がマイナス金利策を強く推したようだ。慎重な中曽宏副総裁は黒田総裁の意見に従った」というのが舞台裏だ。2%の物価上昇率を是が非でも実現したい黒田総裁の心中を忖度(そんたく)した雨宮氏がマイナス金利を推奨したと見られている。
先行きマイナス金利の幅は拡大しかねない。日銀の黒田総裁は2月3日の講演で、「必要なら量・質・金利の3つの次元で躊躇なく追加緩和を講じる」と明言している。「先発3事例」と呼ばれるスイスではマイナス0.75%、スウェーデンではマイナス1.1%、デンマークではマイナス0.65%まで引き下げられている。著名な学者の中には、日銀はマイナス2%まで引き下げることが可能だとする意見もある。
日銀が繰り出す次なる一手は、月間80兆円の国債購入枠を100兆円まで拡大すると同時に、マイナス金利幅を拡大する合わせ技となるのではないかと見られている。しかし、マイナス金利が拡大されたからといって円安・株高が進む保証はない。市場の疑心暗鬼は深い。
2016年は世界経済の正念場
お金を預けたら、逆に金利を取られるマイナス金利はやはり異常な政策だと思う。倉庫にモノを預かってもらえば手数料が取られるのだから、お金も同様だと言われればそうかもしれないが、要するにお金を眠らせないで強制的に市中で使いなさい、という政策だ。
海外との金利差によって、円安効果を狙ったのだろうが、思惑は見事に外れて、逆に円高、株安に振れてしまった。市場が小手先の政策だと見透かしたとみるべきだろう。金融政策のみで市場をコントロールできるはずがないし、その臨界点に達したということだ。
今後も、当局の意図とは別に市場は乱高下して、一旦は危機的な状況になると予想する。今までも、ジャブジャブに市場にマネーを供給して作為的に市場を支えていたのだが、副作用の強い劇薬であるマイナス金利導入でいよいよ打てる手が無くなってきた。
一度マネーが逆流し出したら、止める手立てはない。アメリカの利上げをきっかけに、マネーが巻き戻しを開始したので、それに引っ張られて中国の市場も冷えるだろうし、中東の原油も下落し、世界経済は今後さらに厳しい状況にさらされると思う。2016年は世界経済の正念場だ。